SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

常磁性物質CaRuO3における局所歪みがもたらす強磁性クラスターの直接観測
Direct Observation of Ferromagnetic Clusters by Local Distortion in a Paramagnetic Material CaRuO3

DOI:10.18957/rr.7.2.212
2016B1707 / BL39XU

山本 貴史, 戸田 康介, 寺崎 一郎

T. D. Yamamoto, K. Toda, I. Terasaki

名古屋大学

Nagoya University

Abstract

 不純物誘起強磁性を示す CaRu1-xFexO3 (x = 0.10, 0.20)における Fe イオン周りの結晶構造・磁気構造を調べるために、Fe K-吸収端でのX線吸収微細構造(XAFS)測定およびX線磁気円二色性(XMCD)測定を行った。XAFS スペクトルの形状および温度・磁場依存性から、強磁性相関の発現に関連した RuO6 八面体の持つ結晶場の対称性の変化はないと示唆される。強磁性状態にある 2 K において XMCD スペクトルが観測されたが、信号強度が非常に弱く、磁気構造解析に耐えうる実験データを得るには至らなかった。


Keywords: 4d 電子系、不純物誘起強磁性、局所歪み、スピン-軌道相関


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背景と研究目的:

 遷移金属酸化物に代表される強相関電子系は、電子がもつ電荷、スピン、軌道の内部自由度の協奏による豊かな機能性を示すことから長らく注目を集めてきた。特に近年、スピンと軌道の自由度の相関がもたらす新奇物性を示す物質群への関心が高まっている。中でも、4価のルテニウム(Ru)イオンを含む Ru 酸化物は L = 1 の軌道自由度を持つ多軌道モット系の一つとして理論的に注目されており[1, 2]、物性現象とスピン-軌道相関との関連性について盛んに議論されている。

 本研究で対象とした CaRuO3 は直方晶構造(空間群:Pbnm)を有するペロブスカイト酸化物であり、最低温度まで磁気秩序を示さない常磁性体である。一方、Ru サイトを他の遷移金属元素で部分置換すると強磁性が誘起されるという特異な不純物効果を示すことで知られる。この不純物誘起強磁性の解明に向けて、我々はこれまでにマクロ物性の観点から調査を行い[3, 4]、強磁性の実体が強磁性クラスターのつくる磁気的なガラス状態(クラスターグラス状態)であることを明らかにしている。ここで特筆すべき点は、この不純物誘起強磁性が非磁性不純物置換でも現れることであり、その発現機構をスピンの自由度だけで説明できるかは疑問が残る。

 我々は、CaRuO3 の不純物効果では、不純物周りの局所構造が大きく歪むことで隣接する RuO6 八面体が歪み、その結果生じる軌道自由度の変化がスピン-軌道相関を介して強磁性クラスターを誘起するのではないかと考えた。このような軌道自由度の変化は RuO6 八面体の持つ結晶場の対称性の変化によりもたらされると期待される。そこで本研究では、置換による強磁性相関の発現と軌道状態の変化との関連を検証することを目的とし、不純物をX線吸収元素とした XAFS 測定および XMCD 測定を行い、不純物周りの局所的な結晶構造および磁気構造について調査した。

 

実験:

 我々はこれまで Sc (非磁性元素)を置換した試料における研究を行ってきたが、Sc K-吸収端のエネルギーはBL39XUビームラインでは対象外であった。そのため本研究では、Fe (磁性元素)を置換した多結晶試料 CaRu1-xFexO3 (x = 0.10, 0.20)を対象とした。試料は大気中における固相反応法により作成した。また、参照試料として LaFeO3 を同様の方法で作成した。作成した全ての試料について、実験室系の粉末X線回折実験から単相であることを確認した。磁化率測定から、どちらの Fe 置換試料も 90 K 以下で強磁性的な特徴を示すことを確認した。BL39XUビームラインにおいて透過法による XAFS 測定、XMCD 測定を行った。この際、各試料は粉末状にしたものを用い、Fe の K-吸収端を対象とした。XAFS 測定は室温(ゼロ磁場)および 2 K (ゼロ磁場および 7 T の磁場下)にて実施した。XMCD 測定では、微小なシグナルを効率的に検出するために偏光変調法を採用し、±7 T の磁場を印加した状態で 2 K における実験を行った。磁場印加にはBL39XUに実装されている 7 T 超伝導マグネットを用いた。また、Fe 置換試料との比較のために、室温における LaFeO3 の XAFS 測定を行った。XAFS スペクトル、XMCD スペクトルからの EXAFS (広域X線吸収微細構造)振動 kχ(k)、磁気 EXAFS 振動 kχm(k)の抽出とフーリエ変換 はAthena [5]により行った。

 

結果および考察:

 図1に CaRu1-xFexO3 (x = 0.10, 0.20) および LaFeO3 において室温で測定した Fe K-吸収端近傍での XAFS スペクトルを示す。Fe 置換試料の XAFS スペクトルの形状は LaFeO3 のものと酷似しており、これらの物質における Fe イオン周りの局所対称性が同じであることを示している。ところで、LaFeO3 のFeサイトと CaRuO3 の Ru サイトは同じ局所対称性を持つ。よって、図1より CaRu1-xFexO3 中の Fe 周りの局所対称性は元の Ru サイトのものと同じであり、顕著な局所歪みは生じていないと推測される。加えて、温度変化、磁場印加によるスペクトルの変化も観測されなかった。以上のことから、強磁性相関の発現に関連した RuO6 八面体の結晶場の対称性の変化を示唆する結果は得られなかった。また、本実験におけるエネルギー分解能(0.7 eV)の範囲内で、Fe 置換試料と LaFeO3 における吸収端の違いは見られなかった。これは、Ru サイトに置換された Fe イオンの形式価数が3価であることを示しており、メスバウアー分光実験において報告されている結果と矛盾しない[6]。

図 1. CaRu1-xFexO3 (x = 0.10, 0.20), LaFeO3 における室温での Fe K-吸収端近傍の XAFS スペクトル

 

 図2(a)に 2 K で測定した CaRu0.8Fe0.2O3 における Fe K-吸収端近傍での XMCD スペクトル(左軸)を XAFS スペクトル(右軸)とともに示す。ここで XMCD スペクトルは、+7 T、-7 T の磁場下で得られた信号の差分平均をとり、磁気成分とは関係のない信号を差し引くことで算出している。2 K、7 T において吸収端近傍で有意な XMCD スペクトルが観測された。

図 2. (a) CaRu0.8Fe0.2O3 における Fe K-吸収端近傍での XMCD スペクトル(左軸)および XAFS スペクトル(右軸). (b) 高エネルギー領域を含む XMCD スペクトル

 

 しかし、その信号強度は XAFS スペクトルの示すエッジジャンプの 0.01% 程度以下 (≦1×10-4)と極めて微弱である。これは、Fe 置換量が 20% と少量なことに加え、試料の 2 K、7 T での磁化が化学式あたり 0.2 μB と小さいことを反映したものと考えられる。そこで解析可能なスペクトルを得るために長時間スキャンを行い、950 回分のデータを積算することで統計精度の向上を試みた。その結果得られた高エネルギー領域を含む XMCD スペクトルを図2(b)に示す。信号強度が非常に弱いものの、7350 eV 程度までスペクトルの振動が観測されていることが分かる。

 図3は CaRu0.8Fe0.2O3 において 2 K で測定した XAFS スペクトル、XMCD スペクトルから求めた(a) EXAFS 振動 kχ(k)、(b) 磁気 EXAFS 振動 kχm(k)、および、これらをフーリエ変換して得た(c)動径分布関数 FT[kχ(k)]、(d) 磁気動径分布関数 FT[kχm(k)]である。なお、FT はフーリエ変換を表し、フーリエ変換を行った波数 k の範囲を図3(c)および3(d)に示している。本実験において FT[kχ(k)]と FT[kχm(k)]はそれぞれ、Fe 原子を中心とした原子の分布と磁気モーメント(磁性原子)の分布に関する情報を与える。

図 3. CaRu0.8Fe0.2O3 における(a) EXAFS振動 kχ(k)、(b) 磁気 EXAFS 振動 kχm(k)、(c) 動径分布関数 FT[kχ(k)]、および (d)磁気動径分布関数 FT[kχm(k)]

 

 図3(c)に示すように、動径分布関数において 1.5 Å を中心とした目立ったピーク構造が観測される。また、同じピーク構造が LaFeO3 の動径分布関数においてもみられることを確認した。LaFeO3 における Fe-O 平均ボンド長は約 2.00 Å であるが、XAFS 測定から得られる原子間距離が実際より短く見積もられることを考慮すると、この 1.5 Å に位置するピークは最近接の酸素原子に対応するものだと判断できる。よって、CaRu0.8Fe0.2O3 における Fe-O 平均ボンド長は LaFeO3 と同じく約 2.00 Å であると推察される。一方、CaRuO3 の Ru-O 平均ボンド長(~1.99 Å)は LaFeO3 の Fe-O 平均ボンド長とほとんど同じである。したがって、EXAFS 測定の結果は Ru サイトに置換した Fe 周りでの局所構造の大きな変化はないことを示していると考えられ、これは図1の結果と矛盾しないものである。

 磁気動径分布関数のプロファイルは動径分布関数と大きく異なっており、2.5 Å 以下に複数のピーク構造が確認される。しかし、CaRu0.8Fe0.2O3 では、Fe からみた最近接磁性原子(Ru あるいは Fe)は約 3.85 Å に位置すると期待されるため、これらのピークが有意なものであるとは考えにくい。特に、最近接原子間距離よりも短い位置に磁性イオンは存在し得ないことから、0.9 Å に位置するピークは解析の過程で生じた見かけ上のピークだと思われる。この原因として、特に高エネルギー側での統計精度が悪いためにノイズ成分が重畳したことが挙げられる。現段階では、その他のピークに関しても本質的なものか見かけ上のものかを判断することは難しいが、少なくとも、図3(d)において最近接の磁性原子に対応すると予想される領域(3~4 Å)に有意な構造は認められない。以上の結果から、本実験で観測された XMCD スペクトルでは十分なS/N比を得られておらず、局所的な磁気構造を決定することは困難であると判断した。

 

今後の課題:

 磁気構造の解析に耐えうる磁気動径分布関数を得るには、XMCD スペクトルの積算時間をさらに増やすことに加え、信号強度自体をより増強する必要がある。そのためには、吸収元素とする不純物の置換量(体積分率)を増やした試料での測定が望ましい。一方、置換量を増やすことで、試料の磁化が減少する、あるいは、別の磁気状態が発現するといったことも予想される。今後の課題として、本研究で用いた Fe に限らず様々な元素を対象に、不純物誘起強磁性を示しつつ置換量と磁化がともに最大となるような置換試料の探索し、妥当な結果が得られる条件での実験を行いたいと考えている。

 

謝辞:

 本研究の遂行および結果の解析にあたり、BL39XUビームライン担当者の水牧仁一朗氏には多大なご尽力を頂いた。この場を借りて深く感謝申し上げる。また本研究の一部は文部科学省博士課程教育リーディングプログラム「グリーン自然科学国際教育研究プログラム」および日本学術振興会特別研究員 DC2 特別研究員奨励費 (No. 17J04840)によって支援を受けたことを付記する。

 

参考文献:

[1] G. Khaliullin, Phys. Rev. Lett., 111, 197201 (2013).

[2] O. N. Meetei et al., Phys. Rev. B, 91, 054412 (2015).

[3] T. D. Yamamoto et al., J. Phys. Soc. Jpn., 84, 014708 (2015).

[4] T. D. Yamamoto et al., J. Phys. Soc. Jpn., 85, 034711 (2016).

[5] B. Ravel and M. Newville, J. Synchrotron Rad., 12, 537 (2005).

[6] S. Mizusaki et al., J. Appl. Phys., 99, 08F703 (2006).

 

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(Received: February 22, 2019; Early edition: May 30, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)