Volume7 No.2
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
科学鑑定のための銃発射残渣(GSR)の放射光FTIR分析
Synchrotron Radiation Fourier Transform Infrared Spectrometer(FTIR) Microscopy Analysis of GSR(Gunshot Residue) for Criminal Investigation
a(公財)高輝度光科学研究センター, b高知大学, c広島大学
a JASRI , bKochi University, cHiroshima University
- Abstract
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銃から弾丸を発射する際、主として雷管の成分が熱を受けて飛散し、銃を発射した人の手や袖等に多数付着する。これが銃発射残渣(GSR)である。容疑者の手等から付着物を採取し、Pb、Sb、Ba のすべてを含む 1μm 程度の球形微粒子を多数検出することにより銃発射の客観的な証拠としている。しかし、1990年代から重金属フリーの雷管を使用した弾丸カートリッジが登場し[1]、その場合には上記成分は検出されない。そこで、赤外放射光分光分析により有機化合物を検出することにより、銃発射の証明を目指すものである。
Keywords: 科学捜査、法科学、微細証拠物件、赤外放射光、顕微FTIR、銃発射残渣 GSR
背景と研究目的:
実包は、図1に示したような構造をしている。銃から弾丸を発射するプロセスは、実包の雷管を撃鉄で叩くことにより発火して推進薬(主としてニトロセルロース)が爆発し、弾丸が飛び出すというものである。この時に、銃の近傍では主として雷管の成分が熱を受けて飛散し、銃を発射した人の手や袖等に微粒子が付着するが、銃を発射したことを立証するための銃発射残渣(GSR)の鑑定が重要な項目となっている。一方、銃口から前方へは、弾丸に由来する成分が熱を受けて飛散したり、推進薬の未燃焼物が飛び出すことになる。
図1. 実包の構造
かなり以前には、ジフェニルアミン等の試薬で発色させる硝煙反応検査が実施されていたが、花火やライター等に由来する環境汚染物質により陽性を示すため、現在では行われていない。
通常の雷管はスチフェニン酸鉛 (lead styphnate)、燃料として硫化アンチモン、酸化剤として硝酸バリウムを用いるので[2]、銃を発射した疑いのある容疑者の手等から付着物を粘着テープ等で採取し、雷管由来の Pb、Sb、Ba のすべてを含む 1μm 程度の球形微粒子をエネルギー分散型電子顕微鏡等で多数検出することにより GSR であることを証明して、銃発射の客観的な証拠としている。その背景には、これら3成分を同時に含む環境汚染物質が存在しないと長らく考えられてきたことがあった。けれども、車両のブレーキからこれら3成分を同時に含有する球形微粒子が環境汚染物質として存在していることが報告され、これら3成分を含む微粒子の検出による GSR の証明は難しくなってきている[3]。
ところで、1990年代から銃を発射する人の健康面への影響や環境汚染を回避するため、重金属フリーの有機ニトロ化合物ジアゾジニトロフェノール(DDNP)を使用した雷管を用いた実包が登場した。この場合、GSR から Pb、Sb、Ba は検出されない。Ti、Zn、Sr、K、Al、Si 等の様々な成分が検出されるとの報告があるが[1]、製造メーカーによって検出される成分も異なり、これらの成分を検出しても銃を発射した証明にはなり得ない。
このような状況を踏まえ、GSR の有機分析が必要不可欠になってくる。採取した付着物を溶液にして GCMS(Gas Chromatography Mass Spectrometry )、HPLC(High Performance Liquid Chromatography)、TOF-MS(Time-of-Flight Mass Spectrometry)、CE(Capillary Electrophoresis)等による有機分析を実施した報告がある[4]。また FT-IR 分析の報告もあるが、弾丸推進方向に飛散する未燃焼火薬成分を対象としたもので、銃発射の証明を目的とした手等から採取したものに関する報告を見つけることはできなかった。
そこで、ラボ機 FTIR のグローバー光源に比較して広がりが小さく、顕微鏡の集光分析位置で輝度が二桁程度高い赤外放射光を用い、透過法による顕微 FTIR 分析を試みた。雷管由来の微粒子状有機ニトロ化合物や推進薬を検出することにより、銃の発射を証明することを目的とする。
実験:
来歴の判明している GSR を入手するために、米国領グアム島の民間射撃場に弾丸の購入を依頼した。入手できた重金属フリー雷管を使用した実包は、次の2種である。
1 Remington 社製 38 SPECIAL 用 UMC 125Gr. FNEB LEADLESS
2 Remington 社製 9mm Luger 用 UMC 147Gr. FNEB LEADLESS
なお、実包自体の構成物に関する観察等は行っていない。
現地でこれらに適合する拳銃により発射したが、この際、プラスチック手袋を着用し、それぞれ10発を発射したのち、これらの手袋を汚染に気をつけて国内に持ち帰った。それぞれの手袋から IR 測定用窓板にそれぞれ採取し、試料1、2とした。これらについてSPring-8のBL43IRに設置されている Bruker 社製 VERTEX70&HYPERION2000 赤外顕微装置を使用し、赤外放射光を光源として測定を実施した。測定条件は、次のとおりである。
測定条件
・ 対物レンズ:カセグレン 36倍
・ 分解能:4 cm-1
・ スキャン回数:64 scan(4000~1000 cm-1)
・ アパーチャ:2~10 μm 角
結果および考察:
まず、顕微鏡で全般を観察したところ、試料1、2共通して 4~10 μm 程度の無色透明の粒子が多数認められた。これらのうち代表的なものを図2に示した。
図2. 認められた無色透明粒子
これらについて IR 測定したところ、図3に示したようにポリアミド樹脂(商品名ナイロン等)と判断され、BL43IR の IR スペクトルデータベースで照合したところ、polyamide-6- polyethlnene -mixture (90:19)に類似した化合物であることが示唆された。
図3. 認められた無色透明粒子の IR スペクトル及びデータベースの IR スペクトル
射撃訓練用にナイロン製弾丸が使用されていることは知られており、また警察庁長官狙撃でナイロンコーティングの特殊な弾丸が使われたことも知られているが、今回使用したものはそのいずれでもない。GSR でナイロンを検出した報告も見つけることはできなかった。したがって来歴は不明である。
次に、試料1、2について探索したところ、2~10 μm 程度の黒色粒子が多数認められ、IR 測定を実施したが、大部分は明瞭なスペクトルが得られず、帰属が困難であった。
ただ、試料1からは比較的明瞭なスペクトルを示すものが複数個認められた。これらのうち代表的なものをを図4に示し、また IR スペクトルを図5(下)に示した。
図4. 試料1から認められた黒色粒子
図5. 得られた IR スペクトル(下) 及びニトロセルロースの IR スペクトル(上)[5]
IR スペクトルデータベースで照合したところ、類似する化合物は認められなかった。しかし、2900 cm-1 付近に C-H 伸縮由来の強い吸収が見られることから、燃焼により変化した物質と考えられる。
詳細に解析したところ、1284 cm-1 の NO2 対称伸縮、1670 cm-1 の NO2 非対称伸縮由来の吸収が認められ、さらに 1072 cm-1 にも吸収がみられることから、図5(上)に示した推進薬として用いられるニトロセルロースの変化したものである可能性があると判断された。
さらに試料1、2について探索を実施したところ、双方に 1~3 μm 程度の粒子について IR 分析したところ、比較的明瞭なスペクトルを示すものが複数個認められた。これらのうち代表的なものを図6に示し、また IR スペクトルを図7に示した。IR スペクトルデータベースで照合したところ、類似する化合物は認められなかった。2900 cm-1 付近に C-H 伸縮由来の強い吸収が見られることから、燃焼により変化した物質と考えられるが、帰属はできなかった。
図6. 認められた黒色粒子
図7. 認められた黒色粒子の IR スペクトル
今後の課題:
試料1、2の双方から発見された多くの微粒子が未同定の状態である。
なお、鉛フリー雷管の特許には、スチレン酸、テトラゼン、ポリニトロフェニルエーテル、ポリニトロポリフェニレン、ポリ酢酸ビニル、ヘキソゲン、アクトジェニック等の成分が記載されていて[5]、未同定の粒子がこれらの成分と同定できれば、放射光赤外分析による GSR 分析が実用になると考えられる。
参考文献:
[1] Zachariah Oommen, Scott M. Pierce, J. Forensic Sci., 51, 509 (2006).
[2] Oliver Dalby, David Butler, Jason W. Birkett, J. Forensic Sci., 55, 924 (2010).
[3] Michael Trimpe, FBI Law Enforcement Bulletin, May 2011.
[4] Ellen Goudsmits, George P. Sharples, Jason W. Birkett, Trends in Analytical Chemistry, 74, 46 (2015).
[5] Alexander Beveridge, Forensic Investigation of Explosion 2nd. Edition, CRC Press, New York, 2012, 677p, 679p
(Received: March 31, 2019; Early edition: May 30, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)