Volume7 No.2
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
還元型酸化グラフェン上に固定化したスピネルフェライトナノ粒子の構造解析と電極触媒特性
Structural Analysis and Electrocatalytic Performances of Spinel Ferrite Nanoparticles Immobilized on Reduced Graphene Oxide
大阪府立大学
Osaka Prefecture University
- Abstract
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還元型酸化グラフェン(rGO)に固定化したマンガン置換スピネルフェライトナノ粒子((Mn,Fe)3O4/rGO)を調製し、電極触媒として酸素還元反応へと応用した。本電極は未置換の Fe3O4/rGO 電極と比較して優れたオンセット電位と高い電流値を示した。XAFSおよびXRD測定の結果、合成した(Mn,Fe)3O4/rGO 電極では、Fe3O4 をベースに酸素の吸着過程に対して優れた特性を持つ Mn2+ がドープされた複合状態を形成したことが電極の高い活性に寄与していることが示唆された。
背景と研究目的:
近年、深刻化するエネルギー・環境問題を背景に、水素社会の実現に向けた研究が幅広く進められている。特に、水素の持つ化学エネルギーを電気エネルギーへと変換する中核技術を担う燃料電池の開発への関心は大きい。燃料電池の高効率化に向けては過電圧の大きいカソードでの酸素還元反応の反応速度を向上させることが重要であるため、これまでその触媒として高活性な白金系触媒が用いられてきた。しかし、白金は希少金属であり、また、溶液中での安定性に乏しいことから、燃料電池の本格普及に向けては、高い安定性を有する非白金系カソード触媒の開発が求められる。このような背景の下、豊富な資源量があり、化学的に安定な遷移金属酸化物をカソード触媒に用いる研究が進められているが、酸化物の高い電気抵抗がその応用を困難にしており、今なお実用化に資する非白金カソード触媒の開発には至っていない。
本研究では、遷移金属酸化物の中でも優れた電気伝導性を示すマグネタイト(Fe3O4)ナノ粒子に着目し、その酸素還元反応への適用可能性を検討した。この際、電気伝導パスとしての機能を有する還元型酸化グラフェン(rGO)への固定化を行うとともに、Fe3O4 ナノ粒子の鉄原子の一部をレドックス特性に優れたマンガン原子に置換したスピネルフェライトナノ粒子を調製し、ヘテロ原子置換が触媒活性に与える影響を評価した。
実験:
Hummers 法を用いて調製した酸化グラフェン(GO)分散液(3.6 mg mL−1, 30 mL)と硝酸鉄(III)九水和物(0.206 g)および酢酸マンガン(II)四水和物(0.063 g)を混合し、1 h 撹拌することで前駆体溶液を得た。次いで、アンモニア水を滴下し、金属酸化物を析出させた。その後、ヒドラジン一水和物(3 mL)を導入し、353 K で 4 h 反応させることで、rGO 担持マンガン置換型スピネルフェライト触媒を得た((Mn,Fe)3O4/rGO)。また、得られた触媒(5 mg)を 2-プロパノール水溶液(25%, 1 mL)とナフィオン分散液(5%, 16 μL)の混合溶液に分散させ、グラッシーカーボン上にドロップキャスト法を用いて固定化することにより電極を作製した。
酸素還元反応活性は、酸素で飽和した 0.1 M 水酸化カリウム水溶液中でサイクリックボルタモグラム(CV)を測定することにより評価した。この際、酸素飽和下での電流値からアルゴン飽和下での電流値を差し引いた値を酸素還元電流値とした。また活性の指標として、ピーク電流値の半分の電流値に達した時の電位(E1/2 電位)を用いた。
触媒のキャラクタリゼーションは、TG測定、TEM観察、Fe K 殻および Mn K 殻XAFS測定およびXRD測定により行った。XAFSデータの解析にはRigaku REX2000を用いた。
結果および考察:
調製した(Mn,Fe)3O4/rGO 触媒に対し TG 測定を行った結果、423 K 付近から立ち上がる明確な質量減少が認められた。このような質量減少は、rGO を含まない(Mn,Fe)3O4 粒子を測定した際には観察されなかったことから、rGO の燃焼に由来する質量減少と考えられる。この際の質量減少量から算出された(Mn,Fe)3O4/rGO 触媒中の rGO の含有量は 39.1 wt% であった。続いて、(Mn,Fe)3O4/rGO 触媒の複合化状態を評価するために TEM 観察を行った。その結果、粒径約 10 nm の微細粒子が rGO 上に高分散に固定化されている様子が観察され、rGO を担体として(Mn,Fe)3O4 が成長していることが明らかとなった。これは、触媒調製条件において、rGO の前駆体である GO 上のカルボキシル基に代表される官能基と金属イオンとの間で静電的な相互作用が働いたためと考えられる。
得られた(Mn,Fe)3O4/rGO 触媒を用いて電極を作製し、アルカリ電解液中での酸素還元反応に適用した。その結果を図1に示す。(Mn,Fe)3O4/rGO 電極は酸素還元反応に活性を示し、Mn 種を導入せずに調製した Fe3O4/rGO 電極よりも著しく向上したオンセット電位および酸素還元電流値を与えた。この際、(Mn,Fe)3O4/rGO 電極の E1/2 電位は 0.80 V vs. RHE であり、比較試料としての Pt/C 電極(E1/2 = 0.88 V vs. RHE)には及ばないものの、既存の高活性非白金系電極と同程度の値を示し[1-3]、(Mn,Fe)3O4/rGO 電極の酸素還元活性が高い水準にあることが明らかとなった。
図1. 各種電極触媒における酸素還元反応にともなう電流応答曲線
次に、Fe3O4 へのマンガン種の添加が活性向上効果をもたらした要因の検討を目的とし、(Mn,Fe)3O4/rGO 触媒中の(Mn,Fe)3O4 の存在状態について、Fe K 殻および Mn K 殻XAFSによる解析を行った。図2Aに(Mn,Fe)3O4/rGO 触媒および参照試料である各種鉄酸化物(FeO, Fe3O4, Fe2O3) の Fe K 殻XANESスペクトルを示す。(Mn,Fe)3O4/rGO 触媒のスペクトルは Fe3O4 のスペクトルと近い形状を示したことから、(Mn,Fe)3O4/rGO 触媒中の鉄種は Fe3O4 とよく似た Fe2+ と Fe3+ の混在状態で存在していることが明らかとなった。また、(Mn,Fe)3O4/rGO 触媒のスペクトルは Fe3O4 にと比較して高エネルギーシフトしていることも確認された。このことは(Mn,Fe)3O4/rGO 触媒中の鉄種が Fe3O4 に比べ酸化状態にあることを示している。一方、図2Bに示すように、(Mn,Fe)3O4/rGO 触媒の Mn K 殻XANESスペクトルでは、ピーク位置が Mn3O4 のスペクトルよりも若干ではあるが低エネルギーシフトしている様子が認められた。次いで、(Mn,Fe)3O4/rGO 触媒に対してXRD測定を行った(図3)。その結果、(Mn,Fe)3O4/rGO 触媒は Fe3O4 と同様の回折パターンを示し、スピネル構造を形成していることが明らかとなった。また、(Mn,Fe)3O4/rGO 触媒における 35° 付近の(311)面由来のピークは Fe3O4 と比較して低角シフトしていることがわかる。これは、Fe3O4 が Fe2+ 比べイオン半径の大きい Mn2+ で置換されたことを示している[4]。以上の結果より、(Mn,Fe)3O4/rGO 触媒中の担持金属酸化物種として、Mn2+ がドープされた Fe3O4 が存在していることが示唆された。Mn2+ が酸素還元反応の律速段階である酸素の吸着過程に対して優れた特性を持つことを考慮すると[5]、本(Mn,Fe)3O4/rGO 触媒では、高い電気伝導性を有する Fe3O4 をベースとして高活性な Mn2+ がドープされた複合状態を形成できたことが優れた酸素還元反応活性の発現につながったと考えられる。
図2. (Mn,Fe)3O4/rGO 触媒および各種金属酸化物の(A) Fe K 殻、(B) Mn 殻 XANES スペクトル
図3. (Mn,Fe)3O4/rGO 触媒および Fe3O4/rGO の XRD パターン
今後の課題:
還元型酸化グラフェンに固定化したマンガン置換スピネルフェライトナノ粒子((Mn,Fe)3O4/rGO)は、アルカリ電解液中において遷移金属酸化物としては良好な酸素還元反応活性を示したものの、既存の白金系触媒の電極触媒活性には至っていない。また、置換した Mn2+ が電極触媒活性を向上する要因についても完全な理解には至っていない。今後、組成比の最適化や触媒反応中におけるマンガン種の状態解析を通して、より高活性な触媒の設計を行っていく必要がある。
参考文献:
[1] Y. Liang et al., Nat. Mater. 10, 780 (2011).
[2] Y. Liang et al., J. Am. Chem. Soc. 134, 3517 (2012).
[3] H. Bi et al., Adv. Funct. Mater. 22, 4584 (2012).
[4] J. Mohapatra et al., CrystEngComm, 15, 524 (2013).
[5] H. Zhu et al., Nano Lett. 13, 2947 (2013).
(Received: August 5, 2018; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)