Volume7 No.2
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
アルミナスケール形成オーステナイトステンレス鋼の高温酸化におよぼすCuの影響
Effect of Cu on Formation of Al2O3 Scale on Austenitic Stainless Steel
a北海道大学, b北海道総合研究機構, c室蘭工業大学, d東京工業大学, e(株)新日鐵住金
aHokkaido University, bHokkaido Research Organization, cMuroran Institute of Technology, dTokyo Institute of Technology, eNippon Steel & Sumitomo Metal Corporation
- Abstract
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アルミナスケール形成オーステナイト系耐熱ステンレス鋼のアルミナスケール形成能におよぼす Cu 濃度の影響を調査するため、Cu 濃度の異なる Fe-Ni-Cr-Al、Ni-Cr-Al、Ni-Al 合金を用いて、初期酸化スケールの形成とその後のアルミナスケールの形成・遷移に及ぼす Cu の影響を in-situ 高温X線回折を用いた構造解析により検討した。Cu 添加合金では、酸化初期に内部アルミナからアルミナスケール形成への遷移挙動が観察された。しかしながら、今回の実験では Fe や Ni、Cr を主体とする遷移酸化物が長時間残存し、連続的な保護性アルミナスケールの形成に至らなかったため、Cu のアルミナスケール形成促進効果について明確な知見を得ることはできなかった。
Keywords: In-situ測定、高温X線回折、高温初期酸化、アルミナスケール、Cu添加オーステナイトステンレス鋼
背景と研究目的:
産業界で現在広く使用されている耐熱ステンレス鋼は、表面に保護性クロミアスケールを形成し、これが耐熱鋼を高温環境から遮断することにより耐酸化・腐食性を確保する。しかし、クロミアスケールの高温耐酸化・腐食性は、900°Ϲ 以上の高温または還元性の高腐食性環境下等では期待できないため、より高温で安定かつ保護性に優れるアルミナスケールを形成する安価な耐熱鋼の開発が望まれている。
アルミナスケールを形成する耐熱ステンレス鋼としては、フェライト系の Fe-20Cr-10Al(at%)鋼(ベース組成)が実用化されており、電気炉の電熱線や排気ガス浄化用の触媒担持のための金属担体として使用されている。しかしながら、フェライト系耐熱鋼では、800°Ϲ を超える高温では機械的特性に劣るため、構造用耐熱合金としてオーステナイト(γ-Fe)系耐熱ステンレス鋼(Fe-Ni-Cr-Al 鋼)が必要である。しかし、アルミナスケールを形成する安価なオーステナイト系耐熱ステンレス鋼の実用化は進んでいない。拡散係数の小さいオーステナイト系耐熱ステンレス鋼上に、アルミナスケールを形成するためにはフェライト系よりも高濃度の Al 添加が必要である。しかし Al を高濃度で含有するステンレス鋼では、硬くて脆い β-NiAl 等の高融点の高 Al 金属間化合物相が形成し、これが鋼の製造性や加工性を著しく低下するため、アルミナスケールを形成するオーステナイト系耐熱鋼の実用化は、困難となっている。
著者らは鋼中への約 5at%Cu の添加がアルミナスケール形成のために必要な臨界 Al 濃度を著しく低減することを発見した[1]。この Cu による臨界 Al 濃度低下機構は現状では全く明らかになっておらず、早急にそのメカニズムを解明することが必要となっている。メカニズムの解明には、先ずは Fe-Ni-Cr-Al-Cu 合金上にアルミナスケールが形成するまでの遷移的酸化段階における初期酸化挙動を調査し、アルミナスケールが形成に至るまでの初期酸化段階で生じる現象を実験的に明らかにすることが必要である。
本研究の目的は、これまでの検討からオーステナイト系 Fe-Ni-Cr-Al 合金上へアルミナスケールの形成を促進することが明らかとなった合金中の Cu 添加について、保護性アルミナスケールが形成するまでの初期酸化段階における遷移酸化物の形成挙動を詳細に検討して、アルミナスケールの形成におよぼす Cu の影響について実験的に調査することである。本研究では、Cu 濃度の異なる Fe-Ni-Cr-Al-Cu 合金と、より単純な系として Ni-Cr-Al-Cu 合金、さらに Cr の効果を検討する目的で Cr を含まない Fe-Ni-Al-Cu および Ni-Al-Cu 合金を用いて、これらの合金表面に酸化の初期に形成する酸化皮膜とその時間変化、アルミナスケールへの遷移挙動をSPring-8の放射光を用いた時分割 in-situ X線回折を用いた構造解析により検討した。
実験:
本測定は、ビームラインBL19B2で実施し、X線のエネルギーは 12.4 keV(1.000 A)を用いた。図1に示す様に、多軸ゴニオメーターに高温ステージ(ANTON PARR 社製 DHS110)を組み合わせ、試料への入射角(試料表面と入射X線のなす角)α = 12° とした。二次元検出器 PLATUS300K を中心角度 2θ = 24° で設置し、カメラ長を 450.14 mm として回折X線を二次元検出した。カメラ長は、ゴニオメーター上に設置した二次元検出器を異なる角度で配置した際のダイレクトスポットの位置を検出し、それらダイレクトスポットの位置から幾何学的に求めた。測定試料として Cu 濃度を変えた FCC 母相の Fe-17Ni-17Cr-7.7Al-(0, 3.5, 5, 6)at%Cu 合金、より単純な系として Fe を含まない Ni-17Cr-10Al-(0, 15, 30)Cu 合金を用いた。また、比較のために Cr を含まない Fe-17Ni-7.7Al-(0, 3.5, 5, 6)Cu, Ni-12Al-(0, 15, 30)Cu 合金を用意した。試料は、大気中、室温から 20°Ϲ/min で 1000°Ϲ まで昇温し、その後最大で 10 min の等温酸化を行った。昇温を含む酸化中に形成する表面酸化皮膜からの回折信号を10秒毎に5秒間測定した。
図1.本実験で用いた高温ステージの測定条件
結果および考察:
図2に Fe-17Ni-17Cr-7.7Al および Fe-17Ni-17Cr-7.7Al-6Cu 合金を 1000°Ϲ まで昇温後、10分間の等温酸化を行った際のX線回折パターンを示す。どちらの合金上にも 650°Ϲ 付近から Fe2O3 からの回折ピークが認められ、その後、Cr を固溶した半値幅の広い(Fe, Cr)2O3 からの回折ピークが確認された。この Cr を固溶した α-Fe2O3 の生成は、昇温中に Cr の酸化が生じていることを示しているが、Cu 添加合金では固溶体スケールが形成する前に Cr2O3 からの回折ピークが認められるのに対して、Cu 無添加合金では Cr2O3 からの回折ピークは認められない。また、どちらの試料も酸化温度が 700°Ϲ を越えると(Fe, Al)2O3 と思われる Fe2O3-Al2O3 固溶体スケールが形成することがわかる。Cu 添加合金では、その後 α-Al2O3 からの微弱な回折ピークが観察され、それは実験終了まで残存するのに対して、Cu 無添加合金では Al2O3 からの回折ピークは認められなかった。
図2.Fe-17Ni-17Cr-7.7Al (a)-6Cu, (b)-0Cu合金の高温X線回折プロファイル
昇温中に認められる初期 Fe2O3(2θ = 22.6° ) からの回折ピークは、Cu 添加合金では形成初期に強度が急激に増加するが、その後 1000°Ϲ を越えると低下し、等温酸化中にさらに低下するのに対して、Cu 無添加合金では、強度は徐々に増加して 1000°Ϲ に到達後に急激に増加後、実験終了まで強い強度が継続することがわかる。Cu 添加合金で認められた Fe2O3 の形成挙動は、内部 Al2O3 の形成に伴って合金表面近傍に導入される圧縮応力により、母材中の Fe 基材が表面に押し出され、それが酸化されて Fe2O3 が形成したことを示唆しており、その後、内部 Al2O3 が連続的になり、保護性を発揮することにより Fe の供給が絶たれて、ピーク強度が低下したと考えられる。一方、Cu 無添加合金では、同様の挙動は観察されず、等温酸化中に Fe2O3 の強度が増加したことから、Cu 添加はアルミナスケールの形成を促進していることが示唆された。
より単純な Ni-Cr-Al-Cu 合金系を用いた Ni-17Cr-10Al および Ni-17Cr-10Al-30Cu 合金を 1000°Ϲ まで昇温後、10分の等温酸化を行った際のX線回折パターンを図3に示す。用いた Ni 基合金では、Cu 添加の有無に関わらず、どちらの合金上にも Al2O3 の形成は認められるが、Cu 無添加合金では 800°Ϲ 付近より NiO の生成が認められ、NiO からの回折強度は酸化時間の経過に伴って強くなるのに対して、Cu 添加合金では 650°Ϲ 付近で微弱な NiO からの回折信号は認められるが、それは 1000°Ϲ まで昇温後には消失、またはスピネル型酸化物へと遷移し、1000°Ϲ の等温酸化中には認められなくなる。また、どちらの試料上も 1000°Ϲ に昇温後には、スピネル型の酸化物が形成するが、Cu 無添加合金上では、形成した酸化物は NiCr2O4 であるのに対して、Cu 添加合金では NiAl2O4 が形成しており、Cu 添加により形成する酸化スケールは、より Al リッチとなることがわかった。なお、Cu 添加合金では、500°Ϲ 付近から CuO からの回折信号が認められ、それはスピネル型酸化物の形成とほぼ同時に消失することから、CuOはスピネル型酸化物中に固溶していることが示唆される。なお、Cr2O3 からの回折ピークは、Cu 無添加合金でより短時間から認められる。これは、Fe 基合金の場合とは逆の結果であるが、Cu 無添加合金では Al2O3 は内部酸化物として形成し、表面に Cr2O3 主体の酸化物が形成したと考えれば、Cu 添加合金では連続的な Al2O3 が形成したことが示唆される。しかしながら、所為に形成した NiO と Al2O3 の反応により比較的厚い NiAl2O4 が形成したため、Al2O3 からの回折信号が検出されなかったと思われる。これらの結果から、Ni-Cr-Al 系合金においても、Cu によりアルミナスケールの形成が促進されていると考えられる。
図3.Ni-17Cr-10Al (a)-30Cu, (b)-0Cu合金の高温X線回折プロファイル
図4に Cr を含まない Ni-12Al-30Cu 合金の測定結果を示す。図3に示した Ni-Cr-Al-Cu 添加合金と同様に、初期に CuO と NiO が形成するが CuO は約 1000℃ で消失し、その後は NiO の回折信号のみが観察される。一方、Al2O3 および NiAl2O4 相からの回折信号は全く観察されなかった。Al 濃度の高い合金でも Cr 無添加では Al2O3 は検出されなかったことから、Cr 添加はアルミナスケール形成を促進していると言えるが、Cu の効果を確認することは出来なかった。
図4.Ni-12Al-30Cu合金の高温X線回折プロファイル
本実験で得られた結果からは、Cu 添加はアルミナスケール形成の促進効果を示すことが確認された。一方、いずれの合金でも、完全な外層アルミナスケール形成には至らず、Fe2O3 や NiO、NiAl2O4、NiCr2O4 等の遷移酸化物が長時間残存する結果となったためアルミナスケール形成機構に及ぼす Cu 添加の影響を明らかにするには至らなかった。
今後の課題:
本測定では、Cu 添加の有無による初期酸化挙動を解析し、異なる遷移酸化物の形成挙動を観察することが出来た。Cu は Al2O3 の形成を促進していることが本実験から確認されたが、一方、今回の測定では、高 Cu 添加合金でも完全な外層アルミナスケール形成には至らなかった。実験後の組成分析から、今回の測定で用いた合金試料は目標組成よりも低 Al であることが明らかになっており、外層アルミナスケール形成は、合金中の Al 濃度に極めて敏感であり、0.5% の違いが結果を大きく左右することから、今回用いた合金組成が低 Al 組成であったことが、完全なアルミナスケールが形成しなかった最大の理由と考えられる。今後は、Cu 添加によるアルミナスケール形成機構を明確に理解するためには、Cu 濃度の増加に伴って、酸化モードが外層アルミナスケール形成へと明確に遷移する合金組成を用いるとともに、事前の予備実験を実施して酸化挙動を把握しておく必要がある。
また、今回の実験では、Al 組成の少ない 6%Al 合金も測定予定として申請を行ったが、事前の予備実験結果から、約 8%Al 組成が、本合金系のアルミナスケール形成のための臨界 Al 濃度であることが明らかとなったため、6%Al 合金シリーズの測定は実施しなかった。また、Cr 無添加合金については、Ni 基合金の測定から Cr 無添加材上にはアルミナスケールが形成しないことが確認されたことに加え、測定時間が十分ではなかったことから、Cr無添加のFe基合金の測定は実施しなかった。
Cr はアルミナスケール形成の臨界 Al 濃度を下げることが知られているが、Cu と Cr との相互的な効果については、現状では明らかになっておらず、今後、適切な合金系および組成を用いた検討が必要である。
参考文献:
[1] S. Hayashi et al., Proc. Adv. High-Temp. Mater. Tech. for Sustainable and Reliable Power Engineering, 371 (2015).
(Received: March 7, 2019; Early edition: May 9, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)