SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

共鳴非弾性X線散乱を用いた電荷秩序状態からの電荷励起の探索
Exploration of Charge Excitations from Charge-Ordered States Using Resonant Inelastic X-ray Scattering

DOI:10.18957/rr.7.2.192
2015B3502, 2016A3552 / BL11XU

石井 賢司a, 池内 和彦b, 脇本 秀一c, 藤田全基d, 高山 知弘e, 高木 英典e

Kenji Ishiia, Kazuhiko Ikeuchib, Shuichi Wakimotoc, Masaki Fujitad, Tomohiro Takayamae, Hidenori Takagie

a量子科学技術研究開発機構, b総合科学研究機構, c日本原子力研究開発機構, d東北大金研, eマックスプランク固体研究所

aQST, bCROSS, cJAEA, dIMR, Tohoku University, eMax Planck Institute for Solid State Research

Abstract

 強相関遷移金属化合物に現れる電荷秩序に関連した電荷励起を探索するため、La1.875Ba0.125CuO4、および、CuIr2S4 の共鳴非弾性X線散乱実験を行った。La1.875Ba0.125CuO4 では電荷秩序の伝搬ベクトルに対応した運動量で励起が観測されたが、秩序のない La1.70Sr0.30CuO4 でも同様に観測されたため、電荷秩序に直接関わる励起ではないと結論した。CuIr2S4 では金属絶縁体転移に対応する強度変化が 0.5 eV 以下の領域で観測されたものの、それと同時に起こる電荷秩序に関わると考えられる励起は観測されなかった。得られた実験結果からこれらの物質での電荷秩序・相転移を引き起こす相互作用のエネルギースケールについて議論を行う。


Keywords: 電荷励起、共鳴非弾性X線散乱、強相関電子系


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背景と研究目的:

 強相関遷移金属化合物では、電子の持つ三自由度である電荷、スピン、軌道が多彩な物性を担い、これらの自由度は低温で秩序化する。その一つが複数の価数を持つ遷移金属が共存した電荷自由度のある物質で観測される電荷秩序である。低次元物質でしばしば観測されるパイエルス不安定性に由来した電荷密度波も電荷秩序の一種と考えられるが、この場合の電荷秩序の起源は電子格子相互作用である。一方、強相関遷移金属化合物における電荷秩序においては、格子の影響は副次的で、多体効果である電子相関が重要であると考えられている。しかし、秩序化の起源となる電荷間の相互作用が実際にどの方向にどのぐらいのエネルギースケールで働いているかについては、今のところ実験的に決定する方法が確立しているとは言い難い。

 そこで、確立した手法がある磁気秩序とのアナロジーで考えてみる。磁気秩序のある物質では、そのマグノンの分散関係からスピン間に働く相互作用の大きさを評価することができる。また、励起強度は磁気秩序の伝搬ベクトルに対応する運動量で増大する、相互作用の異方性が大きな場合は相互作用が強い方向に大きな分散が観測されるなど、エネルギー・運動量空間での磁気励起を観測することで、磁気秩序、磁気相互作用の特徴を明らかにできる。同様に、電荷秩序においても、秩序の起源となるサイト間の相互作用を知るためには電荷励起の運動量依存性の測定が重要であると考えられる。したがって、本研究では、電荷秩序を示す強相関遷移金属化合物に対して共鳴非弾性X線散乱(Resonant Inelastic X-ray Scattering, RIXS)を適用し、温度・運動量依存性の測定から電荷秩序に関わる電荷励起を探索することを目的とする。RIXS は電荷、スピン、軌道、いずれの励起も分散関係まで含めて観測が可能であり、近年、放射光光源の発展に伴い著しい発展を遂げている[1,2]。特に、中性子非弾性散乱では観測できない電荷励起、軌道励起の運動量依存性の測定では、RIXS が適している。

 本稿では、電荷秩序を示す二つの遷移金属化合物を測定対象とする。一つ目は、銅酸化物超伝導体 La1.875Ba0.125CuO4(LBCO)である。銅酸化物超伝導体の電荷秩序は、数年前までは電荷ストライプ呼ばれていた La 系 [La2-x(Sr,Ba)xCuO4] に特有の現象と考えられていたが、最近になって Y 系や Bi 系でも観測されるに至り、大きな注目を集めている[3]。LBCO では、Cu 原子あたり 0.125 個のホールがドープされており(形式的には Cu 原子の 1/8 が3価、残りの 7/8 が2価)、図1(a)に示すように CuO2 面の Cu-O 結合方向に4倍周期の電荷秩序を示す[4]。系全体、つまり、三次元での転移温度は 50 K であるが、CuO2 面内での二次元的な電荷相関は、より高温からすでに発達していると考えられる。二つ目は、スピネル構造をもつイリジウム化合物 CuIr2S4 である。この物質では3価と4価の Ir 原子が同数で存在し、230 K での金属絶縁体転移を伴って図1(b)に示すような3価の Ir 原子と4価の Ir 原子がそれぞれ八量体を作るような相転移を起こす[5]。価数の異なるIr原子が周期的に並んだ構造であることから一種の電荷秩序とみなせ、その超構造の伝搬ベクトルは、もとの立方晶スピネル構造の表記で(1/2, 1/2, 1/2)と(1, 1, 0)である。

  

図1. (a) La1.875Ba0.125CuO4 における電荷秩序。赤、青、白はそれぞれ2価の Cu 原子、3価の Cu 原子、酸素原子を表す。オレンジの帯状のストライプ内でホールは移動でき、ストライプ内での2価と3価の配置は変わりうる。(b) CuIr2S4 の電荷秩序。スピネル構造のBサイトを占める Ir 原子のみ示している。赤、青はそれぞれ3価の Ir 原子、4価の Ir 原子を示す。薄い青で示した4価の Ir 原子間の結合長は他より短く、八量体の内部構造として二量体が形成されているとみなすことができる[5]。

 

実験:

 実験はSPring-8のBL11XU実験ハッチ2に設置した共鳴非弾性X線散乱装置を利用して行った。LBCO は Cu K 吸収端、CuIr2S4 は Ir L3 吸収端を利用し、エネルギー分解能は、それぞれ 100 meV と 70 meV であった。使用した光学素子は、Cu K 吸収端が非対称反射を用いた Si(400)モノクロメーターと Ge(733)アナライザー、Ir L3 吸収端は対称反射を用いたチャンネルカット型 Si(844)モノクロメーターと Si(844)アナライザーである。入射X線は π 偏光とし、弾性散乱の強度が弱くなるように散乱角(2θ)が90度の近くで運動量依存性を測定した。銅酸化物については、電荷秩序のない参照試料として La1.70Sr0.30CuO4(LSCO)についても同じ条件での測定を行った。また、CuIr2S4 では、低温でX線照射による電子状態や結晶構造の変化が観測されている[6]ことから、転移温度以下の測定はその効果が消失している 100 K とした。

 

結果および考察:

 図2(a)に LBCO の測定結果を示す。入射X線のエネルギー(Ei)は数 eV 以下の励起強度が最大となる 8993 eV を選んだ。6 K の RIXS スペクトルでは、CuO2 面内の運動量が電荷秩序の伝搬ベクトルに対応する Q = (0.25, 0, 13.2)での 0.5 eV から 1 eV 付近の強度が、比較対象である Q = (0, 0, 13.2)と比べて増大しており、目的とした電荷秩序に関わる電荷励起が観測できた可能性がある。転移温度(50 K)より高温の 150 K においても強度の増大は残存しており、350 K まで昇温することでようやく消失する。この温度依存性は、先に述べた CuO2 面内での二次元的電荷相関が系全体の転移温度(50 K)よりも高温まで残存していることによって生じる可能性がある。従って、低温で観測された Q = (0.25, 0, 13.2)での強度増大が電荷秩序に関わるものであるかどうかの判断には、さらなる比較実験が必要である。ここでは La1.70Sr0.30CuO4 と比較することとした。La2-xSrxCuO4 での電荷秩序の報告は x = 0.11-0.13 のみであり [7]、他の系でも電荷秩序が観測されているのは不足ドープ域に限られている[8]ことから、過剰ドープ域にある La1.70Sr0.30CuO4 は電荷秩序のない物質とみなせる。図2(b)に示す測定結果は LBCO の結果と類似しており、低温では Q = (0.25, 0, 13.2)における 0.5 eV から 1 eV 付近の強度が Q = (0, 0, 13.2)よりも増大しているのに対し、高温ではその差が消失していることがわかる。

図2. (a) La1.875Ba0.125CuO4、および、(b) La1.70Sr0.30CuO4 の Cu K 吸収端 RIXS スペクトル。CuO2 面内の運動量が La1.875Ba0.125CuO4 の電荷秩序の伝搬ベクトルに対応する Q = (0.25, 0, 13.2)とそうではない Q = (0, 0, 13.2)で比較している。一部のスペクトルでは、反ストークス側の測定を省略した。

 

 以上の実験結果からは、LBCO の電荷秩序の伝搬ベクトル Q = (0.25, 0, 13.2)で観測された強度増大は電荷秩序とは直接的な関係がある励起ではないと考えるのが妥当である。以前に我々が行った 400 meV の分解能、かつ、低温のみの実験で 1-2 eV の励起を調べた際には、両試料の間で違いはみられなかった[9]。今回は、100 meV のより高いエネルギー分解能でおよそ 0.4 eV まで調べることができるようになり、温度依存性まで測定したが、目的とする電荷励起の観測には至らなかった。従って、LBCO の電荷秩序を引き起こす相互作用のエネルギースケールは本研究の実験分解能よりも低いと言える。LBCO の光学伝導度の測定[10]では、電荷秩序によるとされる温度変化が観測されているのは、およそ 50 meV 以下である。光学伝導度は Q = 0 に限られるが RIXS と同様に電荷のダイナミクスを反映するものであり、エネルギースケールがおよそ 0.4 eV 以下という本結果とは矛盾しない。また、LBCO と LSCO で共通して観測された温度変化については、変化させた温度よりも高いエネルギースケールで生じていることから、例えば、昇温により磁気相関が弱まり、[100]方向にある最近接銅間のスピンが平行になる確率が増加した結果、同じ方向の電子のホッピングが変調を受け、その影響を RIXS が捉えたという可能性など、強相関効果に由来している可能性が考えられる。

 次に、図3に CuIr2S4 の測定結果を示す。S 原子の八面体に囲まれた Ir では 5d 電子は全て(3価の Ir 原子では5個、4価の Ir 原子では4個)t2g 軌道を占有していることから、2p3/2 軌道から t2g 軌道への遷移に対応する 11214 eV を Ei として選んだ[11]。得られたスペクトルでは、利用した Si(844)アナライザーに残存した結晶歪みによりスペクトルの弾性散乱が反ストークス側に大きく裾を引いて非対称となっているが、本稿ではその影響は無視できるものとして議論を進める。多くのイリジウム酸化物とは異なり、CuIr2S4 では Jeff = 1/2 と 3/2 間の dd 励起が観測されていないが、これは IrTe2 [12]などと同様に Ir 5d 軌道とアニオン p 軌道間の強い混成によりハンド幅が広がっているためと考えられる。

図3. CuIr2S4 の RIXS スペクトル。(a) 運動量を固定し、100 K と300 K を比較。(b) 温度を固定し、4つの運動量でのスペクトルを比較。

 

 図3(a)において 1 eV 以下の低エネルギー部分に注目すると、100 K では絶縁体であることを反映して 0.5 eV 以下のスペクトル強度がほぼ消失したギャップ的な構造になっている。それに対し、金属相である 300 K においてはギャップ内に強度が現れる。この温度変化は、光学伝導度の温度変化とも定性的に一致している[13]。図3(b)では転移温度 230 K の上下の温度 100 K、300 K それぞれで、測定した4運動量でのスペクトルと比較した。弾性散乱部分の強度の違いを除けば、スペクトルの運動量依存性は小さいことがわかる。超格子構造の伝搬ベクトルに対応する Q = (7.50, 7.50, 7.50)においても、他の運動量とほとんど違いはない。尚、本研究で得られた金属絶縁体転移に伴うスペクトル変化は先行研究[14]での報告とも一致しているが、そこでは測定した運動量は一点 Q = (6.15, 7, 8.5)のみで測定が行われており、複数の運動量で転移温度上下でのスペクトルを比較したのは本研究が初めてであることを付記しておく。

 CuIr2S4 では転移に伴うRIXSスペクトルの変化が観測されたが、転移温度の上下それぞれで強度も含めてスペクトルの運動量依存性がほとんど見られないことから、目的としていた電荷秩序に直接関わるような励起が観測できたとは考えにくい。1 eV 以下の低エネルギー部分で観測された励起は運動量依存性が小さいことから局所的な励起の変化、今の場合は八量体化による分子軌道形成による電子状態の変化を捉えたものであり、低温で 0.5 eV 付近から立ち上がる強度は分子軌道間の遷移、相転移の起源は 0.5 eV 程度のエネルギースケールにある分子軌道の形成である、という解釈が考えられる。3価と4価に分かれて八量体化する理由はなお不明であるが、価数が混合したものよりもエネルギー的に安定した分子軌道が形成されるためであろう。図1(b)の薄い青で示した4価の八量体の内部構造としての二量体形成が鍵を握っているのかもしれない。

 

今後の課題:

 運動量分解した電荷励起が観測できるという RIXS の特長は他の手法では得難く、電荷秩序を研究する上で有効なものである。今後の課題としては、エネルギー分解能の向上と物質の選択を挙げる。現在、BL11XUでは最高で Cu K 吸収端で 30 meV、Ir L3 吸収端で 43 meV に到達しており、観測を目指した電荷励起のエネルギーがより低エネルギーにある場合は、高分解能での測定が有効になるであろう。また、光学伝導度がエネルギースケールの目安になるとすれば、電荷秩序により光学伝導度が高いエネルギーまで変化している物質を対象に選ぶ方向も考えられる。例えば、電荷秩序を示すニッケル酸化物 La1.67Sr0.33NiO4(LSNO)は光学伝導度の温度変化が 2 eV 付近まで観測されており[15]、低温のみの測定であるが、電荷秩序の伝搬ベクトルに対応する運動量での強度増大が RIXS ですでに観測されている[16]。Ni K 吸収端は光学素子の性質上、到達できるエネルギー分解能が劣るが、LSNO での同種の実験についても、今後、興味が持たれる。

 

参考文献:

[1] L. J. P. Ament et al., Rev. Mod. Phys. 83, 705 (2011).

[2] K. Ishii et al., J. Phys. Soc. Jpn. 82, 021015 (2013).

[3] R. Comin et al., Annu. Rev. Condens. Matter Phys. 7, 369 (2016).

[4] P. Abbamonte et al., Nat. Phys. 1, 155 (2005).

[5] P. G. Radaelli et al., Nature 416, 155 (2002).

[6] H. Ishibashi et al., Phys. Rev. B 66, 144424 (2002).

[7] T. P. Croft et al., Phys. Rev. B 89, 224513 (2014).

[8] B. Keimer et al., Nature 518, 179 (2015).

[9] S. Wakimoto et al., Phys. Rev. B 87, 104511 (2013).

[10] C. C. Homes et al., Phys. Rev. Lett. 96, 257002 (2006).

[11] K. Ishii et al., Phys. Rev. B 83, 115121 (2011).

[12] K. Takubo et al., Phys. Rev. B 97, 205142 (2018).

[13] N. L. Wang et al., Phys. Rev. B 69, 153104 (2004).

[14] H. Gretarsson et al., Phys. Rev. B 84, 125135 (2011).

[15] T. Katsufuji et al., Phys. Rev. B 54, R14230 (1996).

[16] S. Wakimoto et al., Phys. Rev. Lett. 102, 157001 (2009).

 

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(Received: March 4, 2019; Early edition: May 9, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)