Volume7 No.2
SPring-8 Section A: Scientific Research ReportP
強度変調型シングルビーム光トラップを利用した非接触式試料保持機構の開発
Development of a Contactless Sample Hold System Using a Modulated Single-Beam Optical Trap
(公財)高輝度光科学研究センター
JASRI
- Abstract
-
強度変調型シングルビーム光トラップを利用した非接触式試料保持機構を開発し、X線マイクロビームと組合せることにより、非接触に保持したナノ粒子1粒のX線回折像の測定技術を確立した。開発した装置を用い、粒径 380 nm の酸化セリウム1粒のX線回折測定において、測定時間の短縮と S/N の向上を同時に達成した。また、レーザー照射の有無が電子励起や結晶構造に影響を与えないことを確認した。
Keywords: 光トラップ、サブミクロン粒子、単粒子、X線回折
背景と研究目的:
近年サブミクロン粒子やナノ粒子が基礎から応用の広い範囲で注目されている。ナノ粒子(ここではサブミクロン粒子も含めてナノ粒子とよぶ)では体積に対する表面積の比が大きくなるため表面の効果や量子効果が顕著に表れる。これらの効果は結晶構造に少なからず影響を与え、チタン酸バリウムでは粒径によって結晶構造自体が変わることも報告されている[1,2]。ナノ粒子の基本的な物性を議論するうえでは、ナノ粒子1粒の結晶構造解析が必要不可欠となる。
これまでナノ粒子の結晶構造解析には主に粉末X線回折法が用いられてきた。しかし、キャピラリーに試料を封入した従来の粉末回折法では、得られる物性値は大きさも形状も異なる膨大な数のナノ粒子の統計平均値のみであった。また、ナノ粒子では表面の効果が顕著に表れるため、試料どうしや試料と壁の接触が測定した物性値に影響を与えている可能性が排除できない。従来の粉末X線回折法のこれらの問題を解決するために、我々は対向型光トラップによる試料保持装置を開発し、非接触に保持したナノ粒子1粒のX線回折測定を行ってきた[3]。
本研究では、ナノ粒子1粒とX線マイクロビームのオーバーラップを向上させ、測定時間の短縮と S/N を高めるために、シングルビーム光トラップによる試料保持機構を開発した。また、レーザー光照射による電子状態の励起の有無と結晶構造に与える変化を評価するために、強度変調型トラップを開発した。
実験:
従来の対向型光トラップと本課題で採用したシングルビーム光トラップの模式図を図1に示す。両者では試料粒子に働く勾配力(fg)と散乱力(fs)の構成が異なる。対向型光トラップでは、(i) 2本のレーザーの僅かな光軸のずれがトラップの不安定性を誘発し粒子の位置がドリフトする、(ii) 測定中に試料位置は図1の紙面上方からしか観測できない、といった欠点があった。このドリフトが試料とX線マイクロビーム(横×縦:3×1.5 μm)のオーバーラップを崩し、さらに試料位置を3次元的に観測していないためにオーバーラップも補正できなかったため、実質的なX線照射時間が低減され S/N の高い測定が困難であった。
図1. (a)シングルビーム光トラップと(b)対向型光トラップの模式図
本研究では、シングルビーム光トラップを用いることによりレーザー光のミスアライメントを本質的に排除し、さらに x 軸方向と z 軸方向(鉛直方向)からのマイクロスコープで試料位置を3次元的に観測した(図2)。レーザー集光用のレンズと試料ケースは同一ユニット上あり、それらの相対位置は固定されている。また、このユニットは回折計に設置された3軸(x,y,z 軸)位置決めステージ上にある。位置決めステージを微調整しレーザーの集光点(=試料位置)を動かすることにより、試料のドリフトを3次元的に補正し実質的なX線照射時間を増大させた。シングルビーム光トラップで保持された試料粒子の位置の安定性を評価し、必要な露光時間と回折信号の S/N を評価した。トラップ用レーザーの波長は 532 nm、集光レンズは NA0.5。検出器にはカメラ長 286.48 mm のイメージングプレートを用いた。全ての実験及び評価には、NIST のX線回折用標準試料(674b)の1つである酸化セリウム(CeO2, 粒径 380.6±4.5 nm)を用いた。
図2. 実験配置図(top view) 図が煩雑になるため描いていないが、紙面に垂直にマイクロスコープが設置されている。
トラップされている試料粒子は常に強いレーザー光の照射下(~104 W/cm2)にあるため、レーザー光の照射が電子状態を誘起し、その結果、結晶構造に影響を与える可能性が否定できない。レーザー光照射の影響を評価するために、レーザー光に音響光学変調器を用いて強度変調をかけた状態で試料をトラップしX線回折実験を行った。
結果および考察:
トラップ用レーザーの出力は 190 mW、試料位置でのビーム径は半値全幅で 3.1 μm。トラップした CeO2 粒子をCCDカメラで撮影し、1/30 秒ごとの粒子の中心位置をヒストグラムにしたものを図3に示す。粒子位置の分布の半値全幅は、x、y、z 方向でそれぞれ 5.4、0.65、0.66 μm であった。ゾーンプレートで集光したX線マイクロビームの幅は、x、z 方向それぞれ 3.02、1.57 μm。粒径が約 5 μm の蛍光体を用いてX線マイクロビームの焦点の位置を探し、x 軸、z 軸方向からのマイクロスコープを用いモニター上に記録した。トラップした試料粒子の位置はモニター上のマイクロビームの位置と重なるように位置決めステージを用いて調整した。試料位置のドリフトを補正するために、約30秒に1度の頻度で露光中も継続的に位置決めステージの微調整を行った。なお微調整はマニュアルで行った。
図3. シングルビーム光トラップに捕獲された粒子の位置の安定性>
X線の波長 0.83246(8) Å(標準試料 Si (NIST 640c)で決定)、フラックス密度 3.00×109 photons/s/μm2、測定した CeO2 粒子1粒のX線回折像を図4(a)に示す。露光時間は10分。回折線は完全なリング状で従来の粉末回折法で得られる像と比べても遜色ない。対向型光トラップで保持した CeO2 粒子1粒(674b)のX線回折像を図4(b)に示す(2011B期に測定、露光時間50分)。 図4(b)では回折線がスポット的でリング状になっていない。シングルビーム光トラップ(図4(a))ではX線の露光時間を 1/5 に減らしたにもかかわらず像の質が飛躍的に向上している。
図4. 酸化セリウム(380.6nm)1粒のX線回折像 (a)シングルビーム光トラップ(露光時間10分)、(b)対向型光トラップ(露光時間50分、2011B期に測定)
なお、図4(a)、(b)の試料は同じ試料(NIST 674b)であるが同一粒子ではない。また、2011B期には異常な格子収縮が観測されたため回折線が高角側にシフトしている[3]。この異常な格子収縮の原因はいまだ不明ではあるが、シングルビーム光トラップでは一度も観測されていないことから、試料粒子がトラップ用レーザーから受ける力の構成の差が関係しているものと推察している。
1次元化した回折線の S/N を図5に示す。シングルビーム光トラップを用いた測定では対向型光トラップを用いた測定に比べて概ね1桁以上 S/N が高い。特に高角では対向型光トラップでは観測できない回折線も観測できた。また、回折像から得られた格子定数は a=5.41482±0.00050 Å で、カタログ値との差は 0.058% と小さい。なお、トラップされた粒子はブラウン運動の影響により常に回転しているが、完全にランダムには回転してはいない。その結果、各回折線の強度比は粉末回折測定で得られたものと一致せず、リートベルト解析等の精密構造解析はできなかった。
図5. 回折線のS/N (a)シングルビーム光トラップ、(b)対向型光トラップ
レーザー光に 100 kHz の強度変調(duty 50, ON/OFFの変調)をかけた状態で CeO2 粒子1粒を保持しX線回折測定を行った。レーザーの平均出力は 250 mW。電子励起状態から基底状態への緩和時間が 10 μs より長い場合は励起状態に対応する結晶構造が見え、逆に 10 μs より短い場合は励起状態と基底状態に対応する結晶構造の重ね合わせが見えるはずである。強度変調型トラップで保持した CeO2 粒子1粒のX線回折測定を行った結果、全ての回折線において、回折角の変化、分裂等のプロファイルの変化は認められなかった。
以上の結果から、シングルビーム光トラップをナノ粒子1粒の試料保持に利用した場合、レーザー光のミスアライメントの可能性が排除でき、測定時間が大幅に短縮(約 1/5)でき、S/N も1桁以上改善できることが確認できた。また、格子定数などの物性値も精度よく測定でき、レーザー照射が電子励起状態を誘起するには至らないことも確認できた。
本研究では、ナノ粒子1粒に対するX線回折測定において、シングルビーム光トラップを利用した試料保持機構が有用であることを確認できた。
今後の課題:
ナノ粒子1粒に対するX線回折測定を様々な物質に対して実施し、レーザー照射が結晶構造に与える熱的効果、粒子同士の接触や粒子と壁との接触が結晶構造に与える影響を評価することが今後の課題である。回折線の線幅から結晶子サイズを決め、結晶子サイズと結晶構造の1対1の関係を解明できる計測装置を目指す。また、軌道角運動量を持ったレーザー光を照射することにより、試料の回転運動を誘起できることが知られている。試料の回転運動を制御し、精密構造解析が可能な回折像の計測を目指す。
参考文献:
[1] S. Aoyagi et al., J. Phys. Soc. Jpn. 71, 1218 (2002).
[2] T. Hoshina, J. Ceram. Soc. Jpn. 121, 156 (2013).
[3] Y. Fukuyama et al., J. Phys. Soc. Jpn. 82, 114608 (2013).
(Received: March 7, 2019; Early edition: May 9, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)