SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

高圧下X線吸収分光実験の低エネルギー領域への拡張に向けた環境整備
Development of X-ray Absorption Spectroscopy Equipment for High Pressure Studies

DOI:10.18957/rr.7.2.145
2013A3701 / BL22XU

綿貫 徹, 町田 晃彦

Tetsu Watanuki, Akihiko Machida

(国研)量子科学技術研究開発機構

National Institutes for Quantum and Radiological Science and Technology

Abstract

 高圧下X線吸収分光実験の低エネルギー領域への拡張に向けた環境整備を行った。従来の Yb-L3 吸収端(8.94 keV)近傍のエネルギーの入射X線を用いた Yb 系の計測に加えて、Eu-L3 吸収端(6.97 keV)近傍のエネルギーでの Eu 系の計測が可能となった。フィジビリティテストとして、ナノ多結晶ダイアモンドを用いたダイアモンドアンビルセル(DAC)に封入した Au–Sn–Eu 合金近似結晶試料を用いて計測を行った結果、通常条件下と遜色のない高品質のスペクトルを得ることができた。これにより、今後、価数揺らぎを持つ Eu 系の準結晶・近似結晶合金などについて圧力下で Eu 価数の評価の実施が可能となった。


Keywords: X線吸収分光、高圧、価数揺らぎ、準結晶


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背景と研究目的:

 我々はこれまで、ビームラインBL22XUの実験ハッチ1において、高圧下のX線回折および吸収分光実験環境を整備してきた。ダイアモンドアンビルセル(DAC)用X線回折計[1]にX線吸収分光の機能を付加した構成となっており、X線吸収分光の観点からは、1)DACに封入する数 10 µm 径程度の微小試料に対して、試料厚みの均一なところを狙って入射X線を照射する高精度アラインメントが可能であり、高圧下でも高精度の吸収分光スペクトルの取得が可能であること、および、2)X線吸収分光と回折の両方の計測を各圧力点で行うことにより、一度の加圧で、吸収スペクトルから得られる価数などの情報に加えて、高精度の構造情報を取得することが可能であること、という特長を持つ。

 このセットアップを利用して、我々は Yb 系準結晶を加圧して Yb の価数を変化させることにより、価数揺らぎを持つ準周期系という新奇な系の創出を行ってきた[2–5]。非整数価数のイオンが準周期的に配列した系は、電荷・スピンの自由度を持っており、準周期格子上の価数揺動、或いは、準周期的な電荷秩序や電荷ガラス、準周期的な磁気秩序やスピングラスなど様々な新奇な状態の出現が期待される。Cd–Yb 合金正二十面体型準結晶を加圧することにより、Yb 価数を常圧の2価から変化させて、準周期配列する Yb が2価(4f14, J = 0)と3価(4f13, J = 7/2)の中間価数をとる系を初めて実現させた[2]。Cd–Mg–Yb 準結晶では 58 GPa までの加圧を行い、Yb 価数を常圧の2価から 2.71 価と強相関電子系が期待される3価付近にまで変化させることに成功した。また、同時に取得した構造情報と併せることにより、高価数領域では体積圧縮に対して価数がほとんど変化しないといった、低価数領域とは異なる電子状態をとることを明らかにした[3]。

我々は、これらの Yb 系の研究を、新たに Eu 系にも展開することを目標とした。Eu 系も Yb 系と同様に希土類系の中では特異的に2価をとりやすく、加圧によって、Eu 価数を変化させることにより、新たな価数揺らぎを持つ準周期系を創出できると考えられる。周期系の Eu 系合金では、圧力に対して不連続的な価数変化を示す場合があり、準周期系でも著しい状態変化が期待される。

 Yb 系のX線吸収分光実験は Yb-L3 吸収端(8.94 keV)近傍と比較的エネルギーの高い領域で行うため、ダイアモンドアンビルや光学系セットアップでのX線パスにおける吸収の影響はそれ程問題にならない。一方で、Eu 系では Eu-L3 吸収端(6.97 keV)近傍で行うため、その影響は小さくない。そこで、Eu 系に対してもX線吸収分光測定を実施できるように環境整備を行い、そのフィジビリティテストを行うことを目的とした。

 

方法:

 環境整備はDACと光学系セットアップのそれぞれについて行った。

 DACについては、対向するダイアモンドアンビルをそれぞれX線の入射および透過X線の出射の窓として用いる。ダイアモンドアンビルについては、吸収による減衰とアンビルのブラッグ散乱による吸収スペクトルの乱れの2つが問題となる。吸収については、Yb 系の実験では通常の高圧実験でも用いられる 1.5 mm 厚のアンビルを使用しており、その場合は透過率が対向アンビル2つ分で 4 % と測定上大きな問題とはならない。一方で、Eu 系の場合は、その透過率は 0.08 % と大きく減衰してしまう。そこで、新たに 1 mm 厚のアンビルおよびそれを装着できるDACを準備した。これにより、透過率は 0.9 % と一桁の向上を行った。

 ダイアモンドアンビルには通常は単結晶ダイアモンドが用いられ、Yb 系の実験でも使用している。単結晶であるため、吸収分光測定のエネルギースキャン中にブラッグ条件を満たしてしまうと吸収スペクトルは大きく乱れる。Yb-L3 吸収端近傍のエネルギーは特異的にブラッグ条件を満たしにくいため、Yb 系の実験では大きな問題とはならない。しかし、Eu-L3 吸収端近傍のエネルギーでは、ブラッグ条件を満たす頻度は高く、高精度のスペクトルを得るのは困難である。その解決策として、ナノ多結晶ダイアモンドアンビルを用いて、単結晶回折が生じないようにする方法が開発されている[6, 7]。そこで、ここでもアンビルにはナノ多結晶ダイアモンドのものを用意した。

 光学系セットアップについては、入射光学系部分に He パスの設置およびシャッターやスリットボックスの He 置換対応整備を行った。透過X線の強度モニターにはイオンチャンバーを用い、DACに十分近付けて設置できるようにすることで、X線パス上の空気による吸収が問題とならないようにした。イオンチャンバーは回折計の 2θ アーム上に搭載し、回折測定を行う際は散乱X線シグナルを遮らないように退避できる構成とした。なお、回折パターンの取得は回折計に設置しているイメージングプレートシステムで行うことができる。

 

結果および考察:

 フィジビリティテストは、Au–Sn–Eu 合金近似結晶をDACに封入したものについて行った。試料は、吸収分光実験用に合金片をDACでプレスして薄片状に成型した。ダイアモンドアンビルはキュレット 600 µm 径であり、ステンレス板のガスケットに 200 µm 径の穴を開けて試料室とし、そこにプレスした試料薄片を封入した。但し、本テストでは圧力媒体は封入せず、常圧での計測とした。

 吸収分光測定では、50 µm 径に成型した単色X線ビームを試料に照射し、入射X線と透過X線強度のそれぞれをイオンチャンバーでモニターした。透過X線強度が試料位置に対して変化しない試料厚みの均一な部分を選択して、そこに入射ビームを照射した。入射X線のエネルギーを Eu-L3 吸収端近傍の範囲でスキャンし、各エネルギー点において8秒間のビーム照射による計測を繰り返すことで吸収スペクトルを得た。

 図1に得られた吸収スペクトルを示す。十分な統計精度で、且つ、単結晶ダイアモンドアンビル使用時に生じるスペクトルの乱れもなく、通常の条件下での測定と遜色のないスペクトルが得られた。吸収ピークは Eu の2価成分を示す 6.972 keV 付近のもの一つであり、3価成分に対応する 6.980 keV 付近にはピークは現れなかった。よって、Au–Sn–Eu 近似結晶の Eu の価数が常圧においては2価であることが決定された。また、以上により、Yb 系に加えて、Eu 系に対してもX線吸収分光測定を実施できる環境整備が達成された。

図1.DAC に封入された状態の Au–Sn–Eu 合金近似結晶試料について、常圧条件で得られた Eu-L3 端近傍の吸収スペクトル。吸収強度は高エネルギー領域の振動が1に収斂するように規格化している。

 

 本課題では、常圧でも価数揺らぎを持つ Eu 系の準結晶・近似結晶の探索も併せて行った。Yb 系においては、我々が準結晶として初めての価数揺らぎを持つ系として発見した Au–Al–Yb 系をはじめとしていくつかが知られている[8]。Yb 系の類推からは、Au–Sn–Eu 近似結晶も2価と3価の間の中間価数状態をとる可能性があった。しかし、上記の通り実際には Eu は2価であり、価数揺らぎを持つ系ではないことが分かった。もう一つ、Ag–In–Eu 近似結晶についても Eu 価数評価を試みた。Yb 系の類推からは、Eu は2価と予測されるものである。最終的には2価であることが確認されたが、本課題の実施においては3価成分も含むという結果が得られた。

 本課題において、吸収分光実験用の試料調整についても進展があった。Au–Sn–Eu 近似結晶および Ag–In–Eu 近似結晶の Eu 価数評価は、課題中の当初では、試料を粉末化しフィルムに塗布するという一般的な手法で行った。粉末の各粒径は数 µm 以内である。Au–Sn–Eu 近似結晶については、上述の薄片状に成型した試料調整法と同じく Eu は2価である結果が得られた。しかし、Ag–In–Eu 近似結晶については上記の通り、3価成分を示す吸収ピークも現れた。これは粉末化の過程で酸化物の Eu2O3 が発生し、3価成分が混入した結果と考えられる。それに対して、合金片をDACでプレスして薄片状に成型する手法の場合は、粉末のように表面積が大きくないので酸化されにくいうえに、DACですぐに封じることも可能であり、試料酸化の可能性を効果的、且つ、簡便に回避することができる。加えて、微量な試料でも試料のロスなく測定ができるという利点もある。数 10 µm 系の試料片が一つあれば、そこから薄片状の成型が可能であり、そのまま吸収スペクトルを計測することができる。よって、微量しか得られない稀少試料に対しても有効な手法であると云える。

 

今後の課題:

 本課題において、高圧下X線吸収分光実験の低エネルギー領域への拡張に向けた環境整備を行い、従来の Yb 系に加えて Eu 系に対してもX線吸収分光測定を実施できる環境が整備された。今後は Eu 系の準結晶・近似結晶を中心に圧力下での Eu 価数評価を実施して行く。

 

参考文献:

[1] T. Watanuki, et al., Philos. Mag., 87, 2905 (2007).

[2] D. Kawana, et al., Phys. Rev. B, 81, 220202 (R) (2010).

[3] T. Watanuki, et al. Phys. Rev. B, 84, 054207 (2011).

[4] T. Watanuki, et al., J. Phys. Soc. Jpn., 80, SA087 (2011).

[5] 綿貫徹 他、放射光 25, 176 (2012).

[6] N. Kawamura, et al., J. Synchrotron Rad. 16, 730 (2009).

[7] 河村直己他、放射光 23, 349 (2010).

[8] T. Watanuki, et al., Phys. Rev. B, 86, 094201 (2012).

 

(Received: September 27, 2018; Early edition: April 10, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)