SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

超小角X線散乱により解析した小麦タンパク質水和凝集体の集合構造
Structural Analysis on Hydrated Wheat Protein Assembly by Ultra-Small-Angle X-ray Scattering

DOI:10.18957/rr.7.2.254
2015A1990 / BL19B2

佐藤 信浩a, 裏出 令子a, b, 杉山 正明a

Nobuhiro Sato a, Reiko Urade a, b, Masaaki Sugiyama a

京都大学 a複合原子力科学研究所, b大学院農学研究科

Kyoto University, a Institute for Integrated Radiation and Nuclear Science, b Graduate School of Agriculture

Abstract

 純水中に抽出された小麦タンパク質グリアジンの水和凝集体について超小角X線散乱解析を行いナノ–サブマイクロスケールにおける集合構造の変化について調べた。グリアジン濃度増加に伴い、散乱ベクトル q = 0.13 nm-1 に観測される凝集体内部の疎密構造に由来する干渉ピークが減衰すると同時に、q < 0.1 nm-1 の立ち上がりが増大しており、水の減少とともに不均一な集合構造が凝縮する一方で全体として大きな凝集体が成長することが明らかとなった。


Keywords: 超小角X線散乱、小麦タンパク質、グリアジン


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背景と研究目的:

 小麦粉食品の物性は、小麦粉生地中に含まれるタンパク質の複合体グルテンの物性によって特徴づけられる。グルテンは、粘性的な挙動に寄与するタンパク質グリアジンと弾性的な挙動に寄与するタンパク質グルテニンの複合体であり、小麦粉食品の食感の改善や加工性の向上のためには、それぞれのタンパク質の特性を明らかにすることが重要である。グリアジンはこれまで水に不溶であるとされ、60–70% のエタノール水溶液や希酸を用いた抽出法により単離されてきた。しかし、近年、グリアジンを純水中に抽出する方法が見出され[1]、実際の小麦粉生地により近い環境におけるタンパク質分子の挙動を調べることが可能となった。そこで我々は、X線小角散乱法(SAXS)を用いたナノ構造解析により純水中におけるグリアジン分子の希薄溶液中や高濃度凝集体中での会合構造について調べ、希薄状態で単独で遊離していたグリアジン分子が濃度の増加とともに会合し会合ドメイン間の干渉ピークが出現することや、さらなる濃度増加に伴い会合構造を維持したまま不溶化しゲル状の凝集体になることを見出すとともに、高濃度のゲル状凝集体において、凝集体の疎密構造に基づく相関ピークが表れ、その相関ピークが濃度増加に伴い次第に減弱していくことを明らかにした[2]。一方、凝集体の濃度増加に際して小角領域の立ち上がりの増大も認められたが、観測された変化の q 領域が測定下限値以下であったため、大きなスケールの構造変化については十分な議論ができなかった。そこで本研究では、100–1000 nm のスケールの構造解析が可能な超小角X線散乱法(USAXS)を用いて、グリアジン凝集体のサブマイクロメートルスケールの構造を観測し、ナノメートルスケールの構造と合わせて、濃度変化や食塩添加に伴う構造変化について調べた。

 

実験:

 試料となるグリアジンは既報に基づき次のように調製した[1]。小麦粉(日清製粉 SuperKingTM)100 g に 0.5 M 食塩水を 67 mL 添加し20分間機械混捏することにより小麦粉生地を得た。500 mL 純水中で洗液を交換しながらこの生地を繰り返し揉み洗い、3–6回目の洗液を回収した後、食塩を添加しグリアジンを沈殿させた。遠心沈降により回収したグリアジンを純水中で透析した後、凍結乾燥して粉末状のグリアジンを得た。測定に用いる試料は、所定の濃度となるように純水(または食塩水)と混和した後4日経過したものを測定に用いた。

 USAXS測定は、SPring-8の産業利用ビームラインI BL19B2の極小角X線小角散乱装置を利用して行った。試料は膜厚 7 μm のポリイミドフィルムを窓材とした PTFE 製のセルに充填し、試料厚さは 0.5 mm とした。入射X線のエネルギー 18 keV、カメラ長 42 m(コラーゲン試料の回折ピークを基準に較正)で測定を行い、2次元検出器 PILATUS 2M(DECTRIS)を用いて散乱パターンを取得した。露光時間は主に 300 秒とし、室温で測定を実施した。測定された2次元散乱パターンについて円環平均による1次元化処理を行って得られた散乱プロファイルをもとに解析を行った。

 

結果および考察:

 図1に濃度の異なるグリアジン水和凝集体について測定した USAXS-SAXS プロファイルを示す。今回SPring-8において得られた USAXS の測定結果に加えて、高エネルギー加速器研究機構 Photon Factory BL-10C で別途測定した中高角領域の SAXS の測定結果を、同一試料について連続するように表示した。25% の濃度においては、0.14 nm-1 付近にブロードなピークが明瞭に観測された。一般に、散乱ベクトル q において観測される散乱は、相関距離 d = 2π/q に対応する構造と関連付けられる[3]。0.14 nm-1 付近のピークは相関距離 d = 43 nm に対応しており、グリアジン凝集体内部にこの相関距離を持つ密度ゆらぎ、すなわち疎密構造が存在することを示している。一方、q < 0.03 nm-1 の超小角領域においては、Porod 則 Iq-4 に従う立ち上がり[3]が観測され、数百 nm 以上の大きな凝集構造が形成されていることが明らかとなった。

              

図1. 異なる濃度で測定したグリアジン水和凝集体の USAXS-SAXS プロファイル。SPring-8において測定したデータ(太線)とPhoton Factoryにおいて測定したデータ(細線)を合一して示す。図中の数字はグリアジン濃度を示し、見やすくするため、各プロファイルを縦方向にシフトして表示している。破線は、Porod 則 Iq-4 の関係を示す。

 

同様の特徴はグリアジン濃度 50% においても同様に観測されるが、0.14 nm-1 に観測されたピークについては、high-q 側にシフトし 0.67 nm-1(対応相関距離 9.6 nm)となっており、ピーク強度も小さくなっている。これは、濃度の上昇とともに、疎密構造が小さくなっていることを示しており、また全体に占める割合も減少していることを示している。さらに、濃度 70% においては、中高角領域のピークはほとんど認識できない程度になっており、Porod 則に従う立ち上がりのみが観測されるようになる。以上のことから、グリアジン凝集体は、濃度が比較的小さい領域では、40 nm 程度の疎密構造を内部に有しつつ全体として大きな凝集体を形成しているが、共存する水の量が減少するとともに疎密構造が縮小しつつ失われていき、70% においてはほとんど潰れてしまい緻密な凝集構造へと移行していくことが明らかとなった。

 図2に、濃度 50% のグリアジン水和凝集体に食塩を添加した際の USAXS-SAXS プロファイルの変化を示す。食塩濃度 0 M、すなわち、純水中において測定された散乱プロファイルの 0.67 nm-1 に観測されたピークは、食塩濃度の増加とともにわずかに high-q 側にシフトするとともに、ピーク強度が減少していくことがわかる。この変化は、図1に示すグリアジン濃度の変化の様態と近似しており、食塩の添加によって、疎密構造が凝縮しつつ次第に消失していくことを示している。このことは、グリアジンの水和凝集体に対して、食塩が凝縮効果を及ぼすことを表している。一方、q < 0.03 nm-1 の超小角領域においては、1 M の食塩の添加に伴って、新たにブロードなピークが出現することがわかった(図中赤矢印)。これは、純水中に存在する 10 nm 前後の疎密構造に加えて、新たに大きなスケールの疎密構造が出現したことを示しており、食塩の凝縮効果によって、2次的な疎密構造が形成されることを示している。食塩濃度が増加し3Mになると、このピークは high-q 側にシフトしつつ強度が低下しており、高濃度の食塩存在下では、より凝縮効果が強く働き、2次的な疎密構造も収縮し消失していくことがわかる。これらの変化は、食塩の添加によってグリアジンの水和状態の変化が生じることによってもたらされる。すなわち、添加したイオンによって、グリアジンの水和水の収奪や静電遮蔽によるグリアジン分子間の斥力低減が生じ、グリアジン分子間の疎水性相互作用による凝集を生じやすくなるためであると考えられる。

              

図2. グリアジン濃度 50% の水和凝集体について異なる濃度の食塩を添加した際の USAXS- SAXS プロファイル。SPring-8において測定したデータ(太線)とPhoton Factoryにおいて測定したデータ(細線)を合一して示す。図中の数字は食塩濃度を示し、見やすくするため、各プロファイルを縦方向にシフトして表示している。破線は、Porod 則 Iq-4 の関係を示す。

 

今後の課題:

 食塩添加時の超小角領域のピークの出現とシフトをもたらす2次的な疎密構造形成については、食塩濃度やイオンの種類のバリエーションを増やすことによって、より詳細に追跡する必要がある。これによって、グリアジン分子の形成する階層的な集合構造を明らかにするとともに、イオンの種類や量がグリアジンの水和状態に及ぼす影響をより詳細に解明することが可能となる。

 

参考文献:

[1] T. Ukai et al., J. Agric. Food Chem., 56, 1122 (2008).

[2] N. Sato et al., J. Agric. Food Chem., 63, 8715 (2015).

[3] D. I. Svergun and M. H. J. Koch, Rep. Prog. Phys., 66, 1735 (2003).

 

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(Received: September 29, 2018; Early edition: May 9, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)