SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.2

SPring-8 Section C: Technical Report

放射光X線結晶トランケーションロッド散乱によるMgxZn1-xO/ZnO ヘテロ構造の解析
Analysis on MgxZn1-xO/ZnO Hetero-structures by Synchrotron Radiation X-ray Crystal Truncation Rod Scattering

DOI:10.18957/rr.7.2.308
2011A2012, 2011B2018, 2012A1457 / BL13XU

宋 哲昊*, 田尻 寛男, 藤原 明比古**

Chulho Song*, Hiroo Tajiri, Akihiko Fujiwara**

(公財)高輝度光科学研究センター, *現所属:株式会社 日産アーク, **現所属:関西学院大学

JASRI, *Present affiliation: Nissan Arc, Ltd. **Present affiliation: Kwanisei Gakuin University

Abstract

 2層の自発分極差で界面に高移動度2次元電子ガスが形成される MgxZn1-xO/ZnO ヘテロ接合の構造を明らかにするために放射光X線結晶トランケーションロッド散乱実験を行った。Mg 濃度 x = 0.015、0.064、0.189 の3種類の試料に対して 000L 方向の散乱プロファイルを測定し、Mg 濃度の異なる MgxZn1-xO 層の構造を解析した。3種類の試料に対して、格子定数 c は精密に求めることができた。また、散乱プロファイルに見られる振動の周期は MgxZn1-xO の膜厚をよく説明できたが、振動振幅について一致しない点が見られ、構造モデルのより詳細な検討が必要であることがわかった。


Keywords: MgxZn1-xO/ZnOヘテロ構造、X線結晶トランケーションロッド


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背景と研究目的:

 

 デバイス物理分野の研究として、古くからヘテロ構造研究が進められてきたが、近年大きな発展をみせている。製膜技術の向上により、構造・組成が精密に制御された薄膜が作製されるようになり、従来とは比較にならない高移動度や量子効果を示すデバイスが報告され始めたからである。たとえば、高性能・低環境負荷を目指した高電子移動度トランジスター(high electron mobility transistor: HEMT)や量子スピントランスポート素子(quantum spin transport device)などがそれであり、これらの電子デバイスでは、基板と機能性薄膜との界面の局所構造が素子性能を支配する。特に、キャリアが蓄積されている界面の局所構造を明らかにすることは高移動度等の起源を明らかにするうえで重要である。

 ZnO 基板上にエピタキシャル成長した MgxZn1-xO 試料の場合、極めて微量な Mg 添加量(1% 程度)で移動度が 1,000,000 cm2V-1s-1 に達するものが得られており[1,2]、微小な濃度変調ヘテロ薄膜の界面構造の理解はとりわけ重要である[3]。しかし、ZnO 基板と MgxZn1-xO(x ≈ 0.015)薄膜の格子定数の違いは 0.02 % 程度と非常に小さいため、界面の情報や2層の格子定数の違いを検出するのは困難である。アナライザー結晶を用いたX線三結晶回折法による高分解能計測では、2層の格子定数差を検出することも可能であり、さらには、薄膜・界面構造に由来する結晶トランケーションロッド(CTR)散乱の測定によって、薄膜の構造情報に加えて、界面付近に局在変位した原子層構造に関する知見を得ることも可能である。したがって、本研究では、高分解能 CTR 散乱計測によって、微小な濃度変調ヘテロ薄膜の界面構造を原子レベルで明らかにすることを目的とした。

 

実験・解析:

 MgxZn1-xO(x = 0.015、0.064、0.189)薄膜試料は (0001)配向した ZnO 基板に純オゾンを酸素源とした分子線エピタキシーで成長した。本試料は、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻川﨑研究室によって提供された。試料作製方法の詳細は文献[4,5]に示してある。Mg 濃度が低い試料(x = 0.015)の Mg 濃度は2次イオン質量分析法で、他の2つの試料(x = 0.064、0.189)の Mg 濃度は Mg 濃度と格子定数の関係から決定した[6]。

 放射光X線CTR 散乱測定はSPring-8 BL13XU の多軸回折計で実施した[7]。入射X線エネルギーは 8 keV、検出器にはシンチレーション検出器を用いた。X線による試料の損傷を防ぐため、カプトンドーム中に試料を設置し不活性ガスを流した。高分解能CTR散乱測定は、3結晶回折法による対称反射測定で行った(図1)。特に高分解能を必要とする Mg 濃度 x = 0.015 の試料に対しては、アナライザー結晶に Si333 を用い、その角度分解能である 0.00067° 間隔で測定を行った。Mg 濃度 x = 0.064、0.189 の試料に対しては、アナライザー結晶に Si111 を用い、その角度分解能である 0.002° 間隔で測定を行った。各点での測定時間は10秒であった。 5桁以上の強度変化を示す散乱強度を高い S/N 比で測定するために、散乱強度に応じて適切なアッテネータを用いた。

    

図1.3結晶回折法高分解能CTR散乱測定の実験配置

 

結果および考察:

 Mg 濃度の異なる3種類の MgxZn1-xO/ZnO に対する 0004 反射近傍の 000L に沿った CTR プロファイルを図2の青丸で示す。Mg 濃度が低く微小濃度変調ヘテロ薄膜(x = 0.015)は、一般的な実験室の市販装置では ZnO 基板と MgZnO 薄膜からのピーク分離が非常に困難であったが、本実験のX線3結晶回折法により、ZnO と MgxZn1-xO の 004 ピークの分離解析が可能なデータの取得に成功した。ZnO 基板からの高強度のブラッグピークと格子定数の異なる MgxZn1-xO からのブラッグピークに加え、いずれの試料においても CTR プロファイルは振動を示す。振動周期から見積もられる距離は MgxZn1-xO 薄膜の膜厚と良い一致を示しており、x = 0.015、0.064、0.189 に対して、それぞれ、3624 Å、2527 Å、2606 Å と見積もることができた。これは、MgxZn1-xO 薄膜が良い結晶性を示しており、この振動が Laue 振動に起因していることを示している。

   

図2.Mg 濃度の異なる3種類の MgxZn1-xO/ZnO に対する 000L 方向の CTR プロファイル。青丸は測定データ、赤線は GenX によるフィッティング結果。

 

 測定 CTR プロファイルと構造モデルからの計算 CTR 曲線とをフィッティングして MgxZn1-xO/ZnO ヘテロ構造を明らかにすることを試みた。構造モデルでは、表面や界面での構造変調を考慮せず、ZnO 基板と MgxZn1-xO 薄膜の2層構造とし、それぞれの原子のデバイ・ワラー因子、MgxZn1-xO の格子定数と膜厚を変数とした。フィッティングには GenX [8]を用いた。それぞれのフィティングでは、多重散乱の効果を無視した運動学的回折理論での取り扱いができるよう、高強度の基板からのブラッグピーク近傍(x = 0.015、0.064、0.189 に対して、それぞれ、L = 4 ± 0.000025、4 ± 0.0005、4 ± 0.001 の領域)はフィッティングの対象外とした。フィッティングの一致度は、R 因子に対応する GenX で定義された Figure Of Merit(FOM)を指標とし、

が最小となるように構造モデルの最適化を行った。ただし、Iobs は各測定点での測定強度、Icalc は構造モデルから計算された強度である。

 フィッティングの結果を図2赤線で示す。x = 0.015、0.064、0.189 に対する FOM は、それぞれ、0.031、0.065、0.153 であった。MgxZn1-xO の 004 ピーク位置から見積もられる格子定数 c は、x = 0.015、0.064、0.189 のそれぞれに対して、5.2033 Å、5.1999 Å、5.1910 Å と見積もることができた[9]。幅広い Mg 濃度で、単一の手法で格子定数を精密に求めることに成功した。一方で、x の増加に伴い、x = 0.064 の試料ではフリンジの振幅、x = 0.064 の試料では、フリンジの振幅と CTR 包絡線の傾きの一致度が悪く、FOM の増加の原因となっている。原子位置の変化による CTR プロファイルの変化は、観測データとフィッティング結果の誤差にくらべ極めて微小であるため、現行モデルでは原子位置のわずかな変化を議論するのは困難であることが判明した。

 

今後の課題:

 本実験では、放射光X線 CTR 測定を3結晶回折法で行うことにより、角度分解能の高い CTR プロファイル測定に成功した。また、幅広い Mg 濃度で、単一の手法で格子定数を精密に求めることに成功した。一方で、今回用いた構造モデルからの計算 CTR 曲線のフィッティングでは、Mg 濃度の増加とともにフィッティングの一致度が悪化し、物理量と直接関係する原子位置の決定には至らなかった。今後、この不一致の原因を明らかにし、フィッティングの一致を向上させることで、原子位置など原子レベルでの構造が明らかになると期待される。

 

謝辞:

 貴重な高品質試料を提供してくださった東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の川﨑雅司教授、塚崎敦博士(現東北大学金属材料研究所)、小塚裕介博士(現国立研究開発法人物質・材料研究機構)に感謝いたします。解析に関して貴重な議論をしてくださった現国立研究開発法人物質・材料研究機構の坂田修身博士に感謝いたします。

 

参考文献:

[1] J. Falson et al., Appl. Phys. Lett. 107, 082102 (2015).

[2] J. Falson et al., Sci. Rep. 6, 26598 (2016).

[3] Y. Kozuka, A. Tsukazaki, M. Kawasaki, Appl. Phys. Rev. 1, 011303 (2014).

[4] D. Takamizu et al., J. Appl. Phys. 103, 063502 (2008).

[5] Y. Nishimoto et al., Appl. Phys. Express 1, 091202 (2008).

[6] Y. Kozuka et al., J. Appl. Phys. 112, 043515 (2012).

[7] O. Sakata et al., Surf. Rev. Lett. 10, 543 (2003).

[8] M. Björck, G. Andersson, J. Appl. Cryst. 40, 1174 (2007).

[9] フィッティングで求められた誤差は 2×10-5 Å 以下であったが、格子定数の絶対値の見積において ZnO 基板からのブラッグピーク(格子定数 5.2043 Å)を基準にしたため、小数点以下4桁までをフィッティング結果とした。

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(Received: February 22, 2019; Early edition: May 9, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)