SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

斜入射X線回折法によるペンタセン薄膜の構造解析
Structural Analysis of Pentacene Thin Films by Grazing Incident X-ray Diffraction Measurements

DOI:10.18957/rr.7.2.230
2013B3324 / BL08B2

髙橋 永次, 東 遥介, 末広 省吾

Eiji Takahashi, Yousuke Azuma, Shogo Suehiro

(株)住化分析センター 技術開発センター

Sumika Chemical Analysis Service, Ltd. Technology Innovation Center

Abstract

 有機薄膜(ペンタセン)の蒸着膜形成過程における、成長初期(基板界面)と後期(有機膜表面)での周期構造や分子配向を解析するため、放射光による高輝度X線を用いた回折測定を行い、ペンタセン薄膜の散乱回折パターンを得た。解析の結果、ペンタセン分子はガラス基板上で垂直配向するが、75 nm以上の薄膜では、表層付近にバルク相に帰属される回折ピークが新たに検出された。


Keywords: 有機薄膜、薄膜X線回折


Download PDF (488.31 KB)

背景と研究目的:

 有機ELや有機太陽電池等に利用される有機多層薄膜では、同じ材料を用いた場合でも製膜方法や条件によって、素子にした際の性能が大きく変化する場合がある。それは、各層ごとの材料組成比と膜厚は同じでも、膜内での均一性や密度、凝集状態および分子配向等が異なるためと考えられている。それ故に、有機薄膜素子の開発では、nm レベルの深さ方向に対して、再現良く精密な製膜制御が求められるため、薄膜評価においては高い技術が求められ、着目する項目に対して多種多様な方法が提案されている[1]。さらに近年では、分子配向が性能向上に繋がるという報告例[2,3]があり、意図的に異方性を制御した薄膜が注目されている。このように、評価技術は新規材料やプロセス開発が進むにつれて、要求レベルが高くなる。そこで、高輝度の放射光X線を用いた薄膜X線回折測定を利用して、広い角度範囲での回折情報から薄膜深さ方向の構造情報評価の検討を実施した。

 

実験:

 斜入射X線回折法は、X線の回折現象を用いる方法であり、薄膜試料の結晶性、配向性をそれぞれ評価できる。厚さが数 10–100 nm の有機薄膜試料の測定では、X線の入射角度を非常に小さい角度範囲とすると、薄膜の深さ方向ごとに評価できるため、入射X線の角度選択が重要となる。例えば、有機薄膜のX線全反射臨界角より浅い角度で入射すれば、有機薄膜表面で全反射が生じ、表面近傍の情報を得る事が出来る。一方で、基板材料の全反射角よりも深い角度で入射すると、基板の情報を含めた散乱回折パターンとなる。

 実際の測定では、基板と試料の材質および取得したい情報領域から適切な入射角度を選択する。有機薄膜は非常に薄く、かつ主成分が軽元素で構成されるため、検出感度の低下が顕著である。さらに、試料平面に垂直な面外(out of plane)方向の測定に比べ、面内(in plane)方向の評価では回折強度が弱いため、高輝度放射光の利用が有効である。

 試料は、ガラス基板上にペンタセンを膜厚 5–150 nm の厚さに真空蒸着法で作製した。X線回折測定はSPring-8 BL08B2で、図1に示すように 2θ=5° までの比較的低角領域と 2θ=40° までの比較的高角領域を別々に測定可能な光学系を構築した。測定条件は、低角側カメラ長が 1599 mm で、高角側カメラ長が 54.43 mm であり、X線波長は 0.1 nm である。試料へのX線入射角 は 0.10–0.30° であり、露光時間は、低角側検出が 30–240 秒で、高角側検出が 10 秒である。なお、カメラ長は透過配置にてベヘン酸銀で較正し、エネルギーについては、Cu- K端で較正した。

図1. GI-SAXS/WAXS同時測定可能な光学系

 

結果および考察:

 ガラス基板上に製膜したペンタセン蒸着膜を用いて、低角側検出器で散乱回折パターンを検出した例を図2に示す。膜厚 150 nm、入射角度 0.3° の条件で低角領域からの測定が可能で、ペンタセン薄膜の 001 回折ピークが観測された。そこで、入射角度を 0.3°(本実験条件のガラスの臨界角度は 0.14°)に固定して測定した(図3(a))。得られた散乱回折パターンから out of plane 方向の回折パターンを取り出し、解析した結果、文献[4]と同様に膜厚が 50 nm 以下のペンタセン薄膜は、d = 1.54 nm (2θ = 3.75°)に薄膜相と呼ばれるピークのみ検出され、75 nm 以上の薄膜は d = 1.45 nm(2θ = 4.00°)にバルク相と呼ばれるピークが新たに検出された。これらからペンタセン分子が基板に対して垂直配向していることが示唆される[5]。次に 150 nm のペンタセン薄膜について、X線の入射角度を変えて測定した(図3(b))。入射角度を浅くするに従い、バルク相由来のピーク強度が相対的に高くなったことより、薄膜表面近傍のバルク層の寄与が高いことが確認できた。

 

図2. ガラス基板上に製膜したペンタセン薄膜の散乱回折パターン例

    (a) 膜厚依存性(入射角0.3°)         (b)入射角依存性

図3. ガラス基板上に製膜したペンタセン薄膜の散乱回折パターン (out of plane方向)、(a)X線の入射角度を一定にし、膜厚が異なる試料の比較、(b)膜厚が 150 nm の試料に対して、X線の入射角度を変えて測定した際の比較

 

 続いて、X線入射角度を 0.1°、試料膜厚 150 nm での高角側測定結果を示す(図4)。解析の結果、in plane 方向、すなわち結晶の短軸方向に由来するピークが複数検出された[6]。すなわち、ペンタセンは基板に対して垂直方向に配列している事を示唆する結果が得られた。

図4. ガラス基板上に製膜したペンタセン薄膜(膜厚 150 nm)のGI-WAXS測定結果 (in plane方向、波長 0.1 nm、X線入射角 0.1°)

 

今後の課題:

 複雑かつ精密化する有機多層薄膜に対して、その膜の状態を評価できる方法として、放射光高輝度X線を用いたX線回折測定の検討を実施した。その結果、有機エレクトロニクスデバイスにおける実際の積層膜の膜厚に近い 20–150 nm の厚さでの有機膜形成途上でバルク層から薄膜層へ状態が変化するペンタセン薄膜の構造情報が取得できた。本方法は、製膜・熱処理等のプロセス過程の評価など経時変化の測定に威力を発揮すると考えられる。

 一方で、今回測定した試料において、膜厚が薄い試料では感度が課題となった。他の測定手法の組み合わせ、測定条件および解析方法の最適化によって高感度化を図ることができれば、有機エレクトロニクス材料の開発ならびに製膜条件によるデバイス特性の違いを究明する上で、強力なツールとなる。

 

参考文献:

[1] 金原粲 監修, 吉田貞史 編集, “薄膜の評価技術ハンドブック”, テクノシステム(2013).

[2] D. Yokoyama, J. Mater. Chem., 21, 19187 (2011).

[3] D. Yokoyama et al., Adv. Funct. Mater., 21, 1375 (2011).

[4] H. Yoshida and N. Sato, J. Appl. Phys., 89, 101919 (2006).

[5] R. B. Campbell, et al., Acta Cryst., 14, 705 (1961).

[6] 吉本則之 他, 表面科学 35, 190, (2014).

 

”creative

 

(Received: February 22, 2019; Early edition: April 10, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)