SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.2

X線非線形ラマン過程の研究
Investigation of X-ray Nonlinear Raman Processes

DOI:10.18957/rr.7.2.325
2013B8017 / BL3

玉作 賢治a, 犬伏 雄一b

Kenji Tamasakua, Yuichi Inubushib

a理化学研究所, b高輝度光科学研究センター

aRIKEN, bJASRI

Abstract

 X線ラマン過程を観測するための最初のステップとして、蛍光X線の誘導放出の観測を試みた。このためにSACLAの2色発振を利用した。また、ポンプX線とコントロールX線のパルスエネルギーをそれぞれショットごとに決定するために、インラインスペクトロメーターを開発した。しかし、インラインスペクトロメーターを含めた光学系設計に問題があり、パルスエネルギーの正確な見積りができなかった。一方で、現在研究している共鳴2光子吸収につながる知見が得られた。


Keywords: X線非線形ラマン過程、誘導発光


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背景と研究目的:

 X線自由電子レーザー(XFEL)の成功により、X線領域でも非線形光学過程が観測できるようになった。SACLAからも2013年には多光子吸収過程が報告されていた。我々もクリプトンにて、逐次的な2光子吸収過程による内殻2重イオン化に成功していた[1]。当時、残された未観測の非線形過程のうち応用上重要なものは、直接2光子吸収と非線形ラマン過程であった。直接2光子吸収に関しては、我々が世界で初めて観測し[2]、さらに、世界で初めて直接2光子吸収を使ったX線非線形分光に発展させている[3]。非線形ラマン過程に関しては、現在も複数の試みがあるようだが、いまだに成功の報告はない。

 よく知られているようにX線のラマン過程では、硬X線が軽元素の吸収端に相当するエネルギーだけ減って非弾性散乱される。これを分光法に応用すると、軟X線領域にある軽元素の吸収スペクトルを硬X線で測定できる[4]。近年、分光技術の進歩により、X線ラマン散乱スペクトルが精度よく迅速に測れるようになり、化学分野で利用され始めている。可視光領域では、このような自発的なラマン過程に加えて、誘導ラマン散乱やコヒーレントラマン散乱といった非線形なラマン過程が広く使われている[5]。これは、非線形なラマン過程を使うことで、測定の感度が向上するという利点があるためである。

 そこで、本研究では最終的に誘導ラマン散乱を使った非線形分光法を硬X線領域で実現することを目的とし、そのために、まず誘導発光過程を観測することを目指した。発光過程、すなわち、蛍光X線放出はX線ラマン散乱に比べて効率が良いので、誘導過程を起こさせやすいと期待した。

 

実験:

 蛍光X線で誘導発光させるには、励起X線と蛍光X線の異なる2つの光子エネルギーのビームを試料に照射する必要がある。そこで本研究当時に使えるようになった2色発振[6]を利用した。SACLAは加速器の調整を行う 10 keV 付近で最適化されているので、試料としては 8.9 keV に吸収端を持つ銅箔を用いた。また、データ解析には、2つの光子エネルギーのそれぞれについてショットごとにパルスエネルギーを決定する必要がある。このために2色発振用のインラインスペクトロメーターを開発していた。開発当初のインラインスペクトロメーターは、ある程度光子エネルギーが離れていないと、それぞれの光子エネルギーを切り分けられなかったので、ポンプX線を 9.8 keV にし、コントロールX線は銅の Kβ 線に相当する 8.9 keV に設定した。励起X線により Kα 線と Kβ 線が放出されるが、このときコントロールX線があることで Kβ 線の誘導放出が起こると期待した。

 仮に Kβ 線が誘導放出されたとしても、それを計測するのは困難と考えられる。なぜならば、コントロールX線の弾性散乱が、Kβ 線に比べて遥かに強いためである。そこで、発光分光器で Kα 線を測定することとした。Kα 線と Kβ 線の総放出量は、ポンプX線の強さで決まる。また、それらが Kα 線と Kβ 線に振り分けられる割合は物質ごとに決まっている。しかし、Kβ 線の誘導放出が起これば、総量は決まっているので、その分 Kα 線の強度が減少するはずである。

 誘導放出を効率的に起こさせるために、コントロールX線のパルスエネルギーが大きくなるように加速器を調整した。コントロールX線は 180 µJ を目指したが、実際には 60 µJ 程度であった。一方で、ポンプX線は数 µJ であった。これら2つのX線の光軸を合わせて、KBミラーにて1.5(V)×1.7(H) µm2 に集光した。

 後で述べるように本実施課題ではインラインスペクトロメーターに問題があったが、加速器側も電子銃にトラブルがあり、30 Hz で運転を始めたが途中から 10 Hz に低下してしまった。

 

結果および考察:

 まず、インラインスペクトロメーターでポンプX線とコントロールX線の強度が測定できているか確認した。図1はインラインスペクトロメーターで測定した1ショットのスペクトルである。分光にはダイヤモンドの多結晶薄膜を用いた。X線は薄膜をほとんど透過するが、一部回折してデバイシェラー環を作る。それをMPCCDで観測し、デバイシェラー環に沿って円周方向に積分したものが図1である。予定通りポンプX線とコントロールX線のピークは十分に分離している。それぞれをローレンチアンでフィッティングすることで、2つの寄与を分離できる。フィッテイングパラメーターからパルスエネルギーをそれぞれショットごとに求められるはずであった。

             

図1. インラインスペクトロメーターで測定したシングルショットのスペクトル(赤線)。横軸は光子エネルギーに対応する。青線は2つのローレンチアンによるフィッテイング。

 

 図2に、9.8 keV のポンプX線のみを照射して、インラインスペクトロメーターとKBミラー直前のビームモニターでショットごとに測定した強度の相関を示す。2つの値は、正しく測定されていれば、原点を通って比例すると考えられる。しかし、測定結果は大きくばらつき、しかも原点を通らないことが判明した。

             

図2. KBミラー直上流のビームモニタで測定した強度とインラインスペクトロメーターから見積もった強度の相関(点)。実線は原点を通る直線。

 

 この原因は、KBミラーの直前にあるスリットでビームサイズを制限しているためと考えられる。SACLAの2色発振は、アンジュレータを上下流の2つに分けて実現している。このため2つの光子エネルギーで発光点が異なる。そして、KBミラー直前のスリットで一部を切り出すと、その割合が異なってしまう。このためスリット前にあるインラインスペクトロメーターとスリット後にあるビームモニターで正しい相関が得られなくなったと考えられる。

 このような理由で、本実施課題で測定された Kα 線の発光強度の定量的な解析は困難となった。しかし、その解析過程で、重要な物理量として、dI/dIpumpI (Ipump=0)があることがわかった。ここで、I は Kα 線の発光強度で、Ipump はポンプX線の強度である。dI/dIpump は Kα 線の発光効率であり、この量のコントロールX線強度依存性が本研究で調べたかったものである。また、I (Ipump=0)は本来ゼロであるはずの量だが、実際には有限である可能性が判明した。

 

今後の課題:

 本研究で明らかになったインラインスペクトロメーターの問題点は、KBミラーへの入射スリットをインラインスペクトロメーターの直上流に移動することで解決できる。実際に、そのような変更を行ったインラインスペクトロメーターは、その後の実施課題で正常にパルスエネルギーを計測できることが示された[7]。そして、2色発振の実験で定常的に利用されている。

 一方で、本研究で目的とした誘導発光に関しては、現在も観測には成功していない。しかし、I (Ipump=0)が有限であることは、その後の追実験で確認された。そして、その結果から、共鳴2光子吸収が起こっていることが判明し、現在はその方向で研究を行っている。

 最近XFELを安定にシードすることに成功[8]したことで、誘導発光の観測の可能性が高まった。シード化によって、単色でもかなり大きなパルスエネルギーを取り出すことができるようになったためである。特に、ショットを選べば、これまでより10倍程度強いX線でデータを測定できる。

 

参考文献:

[1] K. Tamasaku et al., Phys. Rev. Lett. 111, 043001 (2013).

[2] K. Tamasaku et al., Nat. Photonics 8, 313 (2014).

[3] K. Tamasaku et al., Phys. Rev. Lett. 121, 083901 (2018).

[4] U. Bergmann, P. Glatzel and S. P. Cramer, Microchem. J. 71, 221 (2002).

[5] R. W. Boyd, Nonlinear Optics, Academic Press, London, 2003.

[6] T. Hara et al., Nat. Commun. 4, 2919 (2013).

[7] K. Tamasaku et al., J. Synchrotron Rad. 23, 331 (2016).

[8] I. Inoue et al., Nat. Photonics, 13, 319 (2019).

”creative

 

 

(Received: March 14, 2019; Early edition: April 10, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)