Volume7 No.2
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
白金フリー・液体燃料電池車の実用化に向けたアニオン伝導高分子電解質膜のイオン伝導性、耐久性向上に係る階層構造の解析
Analysis of Hierarchical Structures of Anion Conducting Membranes for the Commercialization of Pt-free Liquid Fuel Cell Vehicles
a日本原子力研究開発機構, b東京大学, c物質・材料研究機構, d京都大学, eダイハツ工業(株)
aJAEA, bTokyo Univ., cNIMS, dKyoto Univ., eDaihatsu Motor Co., Ltd.
- Abstract
-
イオン伝導性やアルカリ耐性の異なる、フッ素系高分子を基材とするグラフト型アニオン伝導電解質膜の超小角X線散乱測定を行い、階層構造解析を行った。イオン交換基が異なる電解質膜すべてにおいて、相関長約 200 nm の凝集体に由来する構造が初めて確認出来た。この構造は、同じ高分子基材からなるプロトン型電解質膜の 300 nm 以上の相関長よりも遥かに短いことから、アニオン型電解質膜の耐久性向上のための設計指針が得られる可能性が示唆された。
Keywords: アニオン交換形燃料電池、高分子電解質膜、超小角X線散乱
背景と研究目的:
自動車の CO2 排出削減に有効な手段として、航続距離の点で有利な燃料電池自動車が有力視されているが、これまで研究開発が盛んに行われた水素燃料電池自動車は、数十~百グラム/台の白金が必要とされており、白金を使う限りこの技術が CO2 排出低減として実効を上げるには至らないことを示唆している。一方、アニオン交換型燃料電池は、鉄、コバルト、ニッケルなどの卑金属触媒の使用で、脱白金が実現できる。近年、水加ヒドラジン液体燃料を用いた燃料電池で白金に相当する高活性を示す触媒が報告されている[1]。しかし、作動条件である高温・アルカリ環境で耐久性のあるアニオン伝導電解質膜の開発例が無く、実用化に向けて最も大きな障害となっている[2]。そのため、JST-ALCAのプロジェクトにおいても、高出力と高耐久性を併せ持つアニオン電解質膜の研究開発が最重要課題と位置づけられている。本研究では、日本原子力研究開発機構とダイハツ工業㈱の共同で進めている「科学技術振興機構(JST)」「先端的低炭素化技術開発事業(ALCA)」の採択課題である「液体燃料を蓄電媒体とする白金フリー燃料電池自動車」を実現するため、燃料電池のキーコンポーネントであるアニオン伝導電解質膜について、超小角X線散乱(USAXS)測定によって得られる、散乱波数 q < 1.0×10-1 nm-1 の散乱プロファイルを詳細に解析し、結晶モルフォロジーやイオンチャンネルの連結性など、アニオン電解質膜のイオン伝導性と耐久性の発現に係る階層構造を明らかにすることを目的とした。
実験:
図1に用いた測定試料のグラフト型アニオン伝導電解質膜の合成経路を示す。まず、原子力機構の放射線グラフト重合技術を用いて、エチレン・テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)膜にクロロメチルスチレン(CMS)をグラフト鎖として導入し、グラフト率 70% のCMSグラフト膜を作製した。このグラフト膜にトリメチルアミン(TMA)、メチルイミダゾール(MIm)、またはジアザビシクロノネン(DBN)を反応させてイオン交換基を導入し、対アニオンが塩素イオン(Cl-)のアニオン電解質膜を得た。その後、濃度 1 M の KOH 水溶液でイオン交換処理をして対アニオンが水酸化物イオン(OH-)のアニオン電解質膜を作製した。各アニオン電解質膜の 60℃ の水中における導電率(mS/cm)並びに含水率(%)は TMA: 144 mS/cm (110%)、MIm: 120 mS/cm (70%)、DBN: 0.4 mS/cm (18%)であった。
図1.グラフト型アニオン伝導電解質膜の合成経路
上述の基材ETFE膜、アニオン電解質膜を 1 cm 角に切り出し、10枚程度重ねて厚さを 0.06~0.1 cm とした膜サンプルについて、SPring-8のBL19B2ビームラインに設置されたUSAXS装置を用いて、5.0×10-3 nm-1< q < 1.0×10-1 nm-1 の波数領域の散乱プロファイルを解析した。エネルギー 18 keV のX線を用い、散乱信号の検出には大型ピクセル検出器 PILATUS-2M を用いた。試料から検出器までのカメラ長は約 40 m とし、カメラ長の較正は、標準試料であるコラーゲンの回折ピークを用いて行った。1測定の露光時間は3分とし、散乱信号はグラッシーカーボンを外部標準として、透過率と膜厚から絶対値に変換した。アニオン電解質膜はイオン交換基の構造や対アニオンの種類、含水状態によってイオンの導電率や含水率が大きく変化するため、対アニオンが Cl- のアニオン電解質膜については乾燥状態および飽和含水状態で測定を行い、含水に伴う構造変化を調べた。また、燃料電池で使用する状態の、対アニオンが OH- のアニオン電解質膜は窒素飽和水で十分に洗浄した後、飽和含水状態で測定を行った。
結果および考察:
グラフト重合反応およびイオン交換基の変更に伴う高次構造の変化を調べるため、図2にCMSグラフト膜にTMA、MIm、またはDBNを反応させて得た、対アニオンが OH- の含水アニオン電解質膜と、基材ETFE膜のSAXSプロファイルの比較を示す。いずれの含水アニオン電解質膜サンプルにおいても基材ETFE膜には見られないショルダーピークが q = 0.040 nm-1 付近に観測された。ローレンツ補正によってピーク位置を明確にし、相関長の算出式 d = 2π / q から相関長 d を計算した結果、約 200 nm の何らかの凝集体が存在することがわかった。基材ETFE膜に対し新たに導入された構造は、CMSグラフト鎖とこれを官能基変換して得られるイオン交換基であるため、この凝集体は主にグラフト鎖構造に由来するものと考えられる。この値は同じETFE基材のプロトン型電解質膜の凝集体間距離 349-369 nm に比べ約半分の大きさになっており[3]、CMSのクロロメチル基がかさ高く、凝集体が形成しにくかったためと説明される。
図2.CMSグラフト型アニオン電解質膜(対アニオンが OH- の時の含水状態)のUSAXプロファイル
図3に上記の各アニオン電解質膜について、乾燥状態から含水状態、そして、対アニオンの変更に伴うSAXSプロファイルの変化を示す。その構造変化を調べた結果、市販膜等で一般的に用いられているTMAをイオン交換基とするアニオン電解質膜の会合ドメインの相関長 d は、対アニオンが Cl- の乾燥状態膜の 154 nm から含水状態となることで 165 nm に増加し、対アニオンが OH- のアニオン膜では 192 nm となった。含水とイオン交換によって会合ドメインサイズが大きく増大することがわかり、アニオン膜の高い含水率(110%)に対応していた。一方、含水率が 70% のMImアニオン電解質膜では 165 nm (Cl- 乾燥状態)、192 nm (Cl- 含水状態)、197 nm (OH- 含水状態)となりイオン交換時の会合ドメインサイズの変化が低く抑えられていた。含水率 18% のDBNアニオン電解質膜では 172 nm、197 nm、194 nm と、対アニオンが Cl- の時よりも OH- の時のドメインサイズの方が小さくなっていた。
図3.CMSグラフト型アニオン電解質膜のUSAXプロファイル(青:対アニオンが Cl- の時の乾燥状態、赤:対アニオンが Cl- の時の含水状態、緑:対アニオンが OH- の時の含水状態)
以上の結果から、導電率や含水率などのアニオン電解質膜の膜物性と、乾燥、含水状態での会合ドメインサイズの変化の大きさとの間に関係があることがわかり、高温のアルカリ環境におけるアニオン電解質膜の機械的強度の維持方法など、耐久性向上のための設計指針が得られる可能性が示唆された。
今後の課題:
アニオン電解質膜のイオン伝導性と耐久性の発現に不可欠な階層構造の一部を明らかにできたため、今後は高温のアルカリ環境で劣化させたアニオン電解質膜のUSAX測定を行い、構造機能相関を明らかにして、高耐久性かつ高イオン伝導性を示すアニオン伝導電解質膜の設計、合成にフィードバックする。
参考文献:
[1] K. Asazawa et al., Angew. Chem., Int. Ed., 46, 8024 (2007).
[2] G. Couture et al., Prog. Polym. Sci., 36, 1521 (2011).
[3] 前川 他, SPring-8/SACLA利用研究成果集, 1, Section B, 74, 2011B1972 (2013).
(Received: March 2, 2016; Early edition: May 9, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)