Volume7 No.2
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
界面活性剤のヒト皮膚角層構造への影響解析に基づく皮膚洗浄用化粧品開発
Development of Cosmetic Cleanser Based Upon Analysis of Structural Alternation of Human Stratum Corneum by Surfactant Applications
aクラシエホームプロダクツ(株), b(公財)名古屋産業科学研究所
aKracie Home Products, Ltd., bNagoya Industrial Science Research Institute
- Abstract
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皮膚を清潔で健やかに保つために、ボディソープなどの皮膚洗浄料が毎日使用されている。アニオン性界面活性剤は皮膚洗浄料の主要な成分であり、汚れを効果的に落とす一方で、角層構造に影響を及ぼす。そこで小角広角X線散乱を測定し角層構造の回復を検討した。その結果、界面活性剤を精製水に置換した時の構造回復は、今回用いた角層では確認できなかった。
Keywords: 皮膚、角層、細胞間脂質、皮膚洗浄料、Sodium Dodecyl Sulfate
背景と研究目的:
ボディソープや洗顔フォームは皮膚を清浄にするため毎日使用される。アニオン性界面活性剤はそのような皮膚洗浄製品の主要成分だが、汚れを落とす一方で皮膚にダメージを与えることが臨床的に指摘されている。角層は皮膚の最外層で角層細胞と角層細胞間脂質から構成され、脂質の主な成分はセラミド、コレステロール、脂肪酸がある。これらの脂質は角層でラメラ構造を組織する。よくまとまったラメラ構造は、皮膚バリア機能にとって非常に重要だが、洗浄により汚れだけでなく角層構造に重要な皮脂も洗い落とすことが知られている。従って洗浄剤は皮膚バリア機能を壊すかもしれない。よって界面活性剤がどのように皮膚に影響するか究明することは重要である。
これまでの検討でヒト角層に Sodium Dodecyl Sulfate (SDS)溶液を添加した場合に、角層構造に乱れが生じることが分かっている。今回の検討では、SDSにより乱れた角層構造について、SDS溶液を水に置換することによって一度乱れた角層構造が回復するかどうか検討する。
実験:
角層試料の準備としては、トリプシン処理により皮膚組織より剥離した角層(Biopredic Co., Ltd, France)を洗浄・乾燥後、予め 25 wt% の水分量に調節した。測定に用いる界面活性剤は、これまでの測定結果から比較的構造変化が強く現れたSDSを用い、濃度を 10 wt%、pH 7 に調製した。
実験はBL19B2にて実施した。測定する q レンジは角層細胞間脂質のラメラ構造の周期(d = 13.6 nm、d = 6 nm 付近)だけでなく、炭化水素鎖の充填構造(d = 0.41 nm、d = 0.37 nm 付近)、角層細胞を構成するケラチンの分子配列構造(d = 1 nm 付近)に起因する回折ピークをカバーするため、S = 0.07–2.86 nm−1 の領域とした。そのため、X線のエネルギーは 28 keV、カメラ長は 700 nm(ベヘン酸銀の回折ピークを用いて較正)とした。検出器には PILATUS 2M を用いた。また界面活性剤の影響を評価するため、比較として水のみを注入した試料についても評価した。角層試料を溶液セル[1]に充填して試料ステージにセットし、セル内に界面活性剤溶液を注入してそのX線回折プロファイルの時間変化を測定した。1回につき30秒の露光時間を3分または5分毎として、界面活性剤溶液適用後6時間まで時間経過を追い、一旦停止し溶液を精製水に充分置換後に、同じように1回の露光時間30秒を3分毎に2時間後まで時間経過を追い、角層の構造変化を観察した。
結果および考察:
ヒト角層にSDSを添加した時間経過プロファイルおよび、SDS処理後溶液を精製水に交換し、経過を2時間追跡したプロファイルを図1、2に示す。図中の破線はSDS添加前の角層プロファイルを示し、SDSから精製水へ置換後のプロファイルについて下から上へ時間経過を示す。
図1. ヒト角層の小角X線回折プロファイル
破線は溶液処理前の角層プロファイルを示す
(A) SDS処理後の時間経過プロファイル
SDS添加後の時間経過は、下から上に向かって3分毎に120分までを示す。
(B) 精製水交換後の時間経過プロファイル
精製水交換後の経過時間は、下から上に向かって3分毎に120分まで示す。
(B-1) ピークの典型例,3分後 (B-2)ピークの典型例,111分後
図2. ヒト角層の広角X線プロファイル
破線は溶液処理前の角層プロファイルを示す。
(A) SDS処理後の時間経過プロファイル
SDS添加後の時間経過は、下から上に向かって3分毎に120分までを示す。
(B) 精製水交換後の時間経過プロファイル
精製水交換後の経過時間は、下から上に向かって3分毎に120分まで示す。
図1中では S = 0.16 nm−1 付近に短周期ラメラ構造の周期に由来する1次反射ピークが確認され、SDS添加によりわずかに低角側へシフトした。精製水に交換してからは、ピーク位置変化はほとんど見られなかったが、15分経過後からピークが2つに分れた。短周期ラメラ構造では、角層全体の水分量の増加と共に、脂質の水層の厚さが増加することが報告されているが[2]、ピークの分離はSDS溶液を適用したとき特有の変化であるため、溶液を精製水に交換後も脂質層間にSDSが侵入したことで周期構造に影響を及ぼしていることを示唆するものと考えられる。一方、図2では S = 2.4 nm−1 付近と S = 2.7 nm−1 付近に細胞間脂質充填構造由来のピークが確認されたが、SDS添加及び精製水への置換でほとんど変化がみられなかった。
これまでの検討で、SDSを角層に適用すると、角層細胞間脂質のラメラ構造は、長周期ラメラ構造が膨潤し、時間が経つと長周期ラメラ構造が損傷し、また短周期ラメラ構造及び側方充填配列構造は、ほとんど変化を示さないことを確認している。ラメラ構造は 13 nm の長周期構造をもつものと、6 nm 程度の短周期構造を持つものが存在することを明らかになっているが[3]、今回用いたヒト角層では、SDS添加前においても、長周期ラメラ構造に由来するピークが明確に確認されなかったため、SDSによる影響を観察することが出来なかった。
今後の課題:
今回用いたヒト角層試料は長周期ラメラ構造に由来するピークがほとんど観察されなかった。生体試料は個体差が大きいことはやむを得ないが、そのため長周期ラメラ構造に関して知見が得られなかった。今後別の試料を用いて再度試験を実施する予定である。
また、今回界面活性剤溶液から精製水への置換について、測定中に精製水をセル中にゆっくり循環させ続け界面活性剤の混在を防ぐよう試みたが、ポンプ能力が不足し循環できず、測定開始時に手動で交換したため、交換中の測定ができず時間経過を考察するには不十分であった。循環ポンプの設置に想定以上に時間を要したため、当初予定していたラウリン酸カリウムの測定は中止した。
参考文献:
[1] I. Hatta, et al., Chem. Phys. Lipids, 163, 381 (2010).
[2] N. Ohta, et al., Chem. Phys. Lipids, 123, 1 (2003).
[3] J. A. Bouwstra, et al., J. Invest. Dermatol., 97, 1005 (1991).
(Received: March 27, 2015; Early edition: May 9, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)