SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

マイクロビームX線散乱法を用いたヒト皮膚上の塗膜構造解析
Structural Analysis of Coating Film on Human Skin using Microbeam X-ray Scattering

DOI:10.18957/rr.7.2.297
2017B1613 / BL46XU

久米 卓志a, 鈴木 博詞a, 田村 俊紘a, 八田 一郎b

Takuji Kumea, Hiroshi Suzukia, Toshihiro Tamuraa, Ichiro Hattab

a花王株式会社, b(公財)名古屋産業科学研究所

aKao Corporation, bNISRI

Abstract

 皮膚上に塗布して使用する化粧品や外皮用医薬品において、機能に関わる重要な要素である皮膚上の製剤の塗膜構造を解明することは、より優れた製品の設計指針提案に繋がる重要な研究課題である。我々が検討を進めてきたマイクロビームX線散乱法による皮膚角層構造の深さ方向解析法の発展・応用により、従来は観察が困難であった、前処理無しで自然の状態での皮膚上のミクロスケールの塗膜構造観測に成功した。


Keywords: 皮膚, 塗膜, マイクロビームX線散乱法, ラメラ構造


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背景と研究目的:

 化粧品や外皮用(塗布)医薬品は、皮膚の外観の変化や外部刺激からの保護、皮膚症状の改善等の目的で使用する。その効果に直結すると考えられる、製剤中の有効成分の皮膚への浸透挙動は多く研究されている。皮膚上の塗膜構造についても、使用時の効果に対して大きな影響が想定される。特に、製剤塗布時の変形や乾燥、成分の皮膚浸透に伴う経時変化といった、薄い塗膜中のミクロスケールの構造変化を解明することは、より効果の優れた化粧品や医薬品の設計指針の提案に繋がる重要な研究課題である。

 従来、皮膚上塗膜のミクロスケールの構造解析には電子顕微鏡の表面・断面観察が行われているが、試料を真空中に設置するため乾燥状態での観察といった制限がある。また、薄膜観察法としては微小角入射 X 線散乱法も挙げられるが平滑な基板上での測定といった制限があり、凹凸が激しい皮膚上の塗膜への応用は難しい。そこで我々が最近検討を進めてきたマイクロビームX線散乱法による皮膚角層構造の深さ方向解析法[1,2]の発展・応用で、前処理無しで自然の状態での皮膚上の塗膜構造解析が実現可能と考えた。

 

 花王にて開発したスキンケア化粧品には細胞間脂質構造に着目した製剤[3]がある。塗布前の製剤は角層内の細胞間脂質構造に類似の nm スケールの微細構造(ラメラ周期構造)を形成している。この構造が通常数十 μm 程度の厚みの塗膜でも製剤の機能に影響すると考えているが、塗膜のありのままの観察が困難なため決定的な証拠は得られていない。本実験では、塗膜形成したヒト皮膚を用いて、自然の状態での皮膚上塗膜構造の解析法を確立することを目標とした。

 

実験:

1) 角層試料:マイクロビームX線散乱法を用いた角層1枚中の構造解析としては、ロレアル・グループの Jean Doucet らによる角層シートを微小な短冊状に切り出して観測した報告[4]がある。微小切片では塗膜の形成は困難であり、かつ角層のみでは乾燥の影響も懸念される。そこで本実験では、自然に近い条件での皮膚上塗膜の形成法として、角層以下の表皮、真皮等も含む凍結ヒト皮膚シート(腹部由来、シート状、1×1 cm2、約 400 μm 厚、BIOPREDIC International 社(フランス)より購入)を使用し、測定前に解凍してその上面に種々の製剤を塗布して試料とした。

2) 試料設置方法とマイクロビームX線走査条件:図1に示すように、塗膜形成した皮膚シートをアルミテープに挟んで折り曲げ、窓材フィルムと共にスライドマウント内に設置した。表面から深さ方向に順次照射位置を走査して、各照射位置における小角散乱像を取得した。

3) 使用装置・測定条件:SPring-8のBL46XUを利用した。検出器には、PILATUS-2M を用いて2次元散乱像を取得した。X線のエネルギー(波長)は 12.4 keV(0.1 nm)、マイクロビームX線のビーム径は水平方向 4.16 μm、鉛直方向 2.09 μm(半値幅)、カメラ長は 728 mm(ベヘン酸銀粉末試料の回折プロファイルで較正)とした。マイクロビーム形成にはフレネルゾーンプレートを用いた。露光時間は 1 s(照射損傷検討用には他の露光時間も実施)で、測定は室温(温調なし)で実施した。

4) データ解析:得られた2次元散乱像を皮膚表面に対して垂直方向に ±30° の範囲で扇形平均を計算して1次元散乱プロファイルデータを得た。

図1. 試料設置方法

 

結果および考察:

 まず高強度のマイクロビームX線による試料の照射損傷について、露光時間の変更(0.2–10 s)、同一部位での繰返し照射の影響を調べた。前回(2016A1753)の実験と同様に、露光時間は 1 s 未満では信号強度が低く、1 s より長い場合には試料損傷による強度低下が顕著であり、照射位置を走査しながらの測定であれば、露光時間は 1 s が適切であると判断した。

 次に代表的なものとして、未処理皮膚シートとラメラ周期構造を形成する製剤(以下ラメラ製剤)を塗布した皮膚シートの結果を図2に示す。折り曲げた皮膚シートの表面上方から深さ方向に 2 μm ステップでマイクロビームX線を走査した。このときの皮膚表面に対して垂直方向に扇形平均した1次元散乱プロファイルと2次元散乱像の一部を表示したものである。

図2. 2次元散乱像と皮膚表面に対して垂直方向に扇形平均した1次元散乱プロファイル。それぞれ、未処理皮膚シートが(a, c)、ラメラ製剤を塗布した皮膚シートが(b, d)。散乱像中の黒線部分はPILATUS-2Mの検出器素子の繋ぎ目(不感ギャップ位置)。(a, c)中の朱色矢印は、角層中の細胞間脂質構造由来と推定されるピーク。(b, d)中の朱色矢印は、ラメラ製剤塗膜由来と推定されるピーク。(c, d)の水色矢印の指す散乱プロファイルが、上の2次元散乱像に相当する。

 

 図2(a, c)の未処理皮膚シートのみの結果については、以前の検討[1,2]と同様に角層の脂質由来の異方的な散乱ピークが q = 1.0 および 1.4 nm−1(矢印で示した位置)に観測された。一方図2(b, d)のラメラ製剤を塗布した皮膚シートの結果については、表面付近からの散乱では、q = 0.5 および 1.0 nm−1(矢印で示した位置)に強いピークが観測された。皮膚表面付近より下側の散乱では、角層の脂質由来のピークが重畳したプロファイルとなった。従って、皮膚表面付近より上側で見られた強いピーク(q = 0.5, 1.0 nm−1)は塗膜由来と考えられ、今回の手法を用いることで皮膚上に形成したラメラ製剤の塗膜構造を観測することが可能であることが明らかとなった。

 ラメラ製剤は塗布前の状態では、内部のラメラ周期構造は等方的に分布しているため円環状の2次元散乱像となる。しかしながら、ほぼラメラ製剤の塗膜のみの照射位置における2次元散乱像(図2(b))では、ラメラ周期構造のピークは上下に異方的なスポット状であった。これは塗膜中のラメラ周期構造が皮膚表面に対して平行に配向していることを示唆する結果であり、ラメラ製剤の塗布及び乾燥過程で生じたものと推定される。

 

今後の課題:

 今回の皮膚上の塗膜構造の観測実験で、マイクロビームX線の表面から皮膚側への走査時に、塗膜表面をビームがかすめる位置では垂直方向の強いストリーク状の散乱像が重畳し、皮膚(角層)と重なる部分では角層構造由来のピークが重畳した。そのため、明確にラメラ製剤塗膜の内部構造のみに由来した散乱像が得られた部分は連続した照射位置の中で1~3点であった。10–20 μm の厚みの塗膜の中でも表面側と皮膚側とで構造に違いがあることも考えられるが、その違いを観測することは現状では困難であると考えられる。

 一方で、今回の手法で自然に近い条件での皮膚上塗膜の構造解析が可能と判明したことから、今後はこの手法を用いて製剤の処方や塗布条件による塗膜構造の違いを解析し、製剤の性能との関連等を検討したい。

 

参考文献:

[1] 久米卓志 他,SPring-8利用研究成果集, 5, 260 (2017)(2015B1638)

[2] 久米卓志 他,SPring-8利用研究成果集, 7, 283 (2019)(2016A1753)

[3] 佐野友彦 他,日本膜学会誌「膜」31(5),284(2006)

[4] J. Doucet et al., Journal of Lipid Research 55, 2380 (2014)

”creative

 

 

(Received: February 27, 2018; Early edition: April 10, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)