SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

保湿剤がヒト角層細胞間脂質の構造変化に及ぼす影響の検討
The Effects of Moisturizer Application on Structural Changes of Human Stratum Corneum

DOI:10.18957/rr.7.2.277
2016A1508 / BL40B2

山田 武a, 羽深 朱里a, 稲岡 知和a, 宮本 佳郎a, 八田 一郎b

 

Takeshi Yamadaa, Akari Habukaa, Tomokazu Inaokaa, Yoshiro Miyamotoa, Ichiro Hattab

a阪本薬品工業(株), b(公財)名古屋産業科学研究所

aSakamoto Yakuhin Kogyo Co., Ltd., bNISRI

Abstract

 保湿剤として汎用される多価アルコールのヒト角層に対する保湿機構を解明するため、多価アルコールにグリセリンと1,3-ブチレングリコール (以下BG) を用い、角層構造に及ぼす影響を評価した。水あるいは 10 wt% 多価アルコール水溶液を1時間作用した角層の乾燥時における角層構造の経時的な変化を小角・広角X線回折測定し、細胞間脂質より形成される短周期ラメラ構造とソフトケラチン構造に由来するピーク位置の経時的な変化の速さや変化率が異なることを観測した。


Keywords: ヒト角層、細胞間脂質、多価アルコール、小角広角X線回折


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背景と研究目的:

 近年、保湿剤が皮膚角層に及ぼす影響に関する研究が盛んに行われている[1]。我々は、保湿剤として汎用されるいくつかの多価アルコールについて、ヒト皮膚角層の水分量に及ぼす影響を静電容量から評価し、多価アルコールにより角層中の水分量と経時での水分の減少度合いが異なり、グリセリンを作用することで水分が高い状態を長時間保持できることを確認した[2]。これは、角層に対する保湿剤の分子レベルの作用機構が異なるため、角層中の水分の保持効果に差が生じたと考えられる。保湿剤の作用機構を解明することで、保湿効果の高い化粧品や、より効果を示す保湿剤の開発が可能となる。保湿機構の解明には、保湿剤の種類の違いによる皮膚角層構造に及ぼす影響の総合的な評価が重要である。これまでに、小角・広角X線回折実験により、角層試料に溶液を作用して湿潤する過程の角層構造の変化に関する実験が種々報告されており、保湿機構の解明においても有用な評価法だと考えられる。しかし、保湿機構の解明に先立ち、in vivo の実験で見られた経時での角層水分の保持効果が、角層試料を用いた in vitro の評価においても発現するかを確認する必要がある。そこで本検討では、多価アルコールの保湿機構を解明することを目的として、グリセリン、あるいはBGを作用したヒト角層 (stratum corneum: SC)の乾燥時の構造変化について、SPring-8ビームラインBL40B2にて小角・広角X線回折測定し、多価アルコールが角層の構造変化に及ぼす影響を評価した。

 

実験:

測定試料:

 保湿剤として多価アルコールにグリセリン、およびBG、比較対照に水を用いた。水分量を 10 wt% に調整したヒト腹部由来の角層 (BIOPREDIC International社) を 8 mm 四方に切り出したものを角層試料とした。水和した角層試料は、保湿剤を 10 wt% 含む水溶液に角層試料を1時間浸漬して調製し、保湿剤ごとに2点ずつ調製した。

測定方法:

 角層のX線回折測定には、試料セルとして‘溶液セル’[3]を用いた。溶液セルの試料部はPEEKフィルムで覆われており、そこへガラス製のろ紙を用い、水和前あるいは水和後の角層試料を固定した。水和した角層試料の測定においては、乾燥を促すために、溶液セルの上部から窒素ガスを 0.5 L/min で通気し、経時的な角層構造の変化を測定した。

測定条件:

 ビームラインBL40B2を使用し、小角・広角X線回折測定を実施した。X線の波長は 0.083 nm (15 keV) として、カメラ長は 540 mm (ベヘン酸銀で較正) とした。検出器にはイメージングプレート (R-AXIS-VII, 300 mm×300 mm) を用い、露光時間を30秒として、300秒間隔で測定した。

解析条件:

 得られた散乱像を一次元化したプロファイルの回折ピークについて、ガウス関数によりフィッティングすることで解析値を得た。

 

結果および考察:

 保湿剤水溶液を作用させる前の角層試料の回折プロファイルを平均化したものを Fig. 1 に示す。小角領域には、散乱ベクトル q = 1 nm−1 付近に細胞間脂質が形成する短周期ラメラ構造に由来するピークが確認された[4]。また、q = 6 nm−1 付近の中角領域には、角層細胞内のソフトケラチンを形成するプロトフィブリル構造に由来するピークが確認された。q = 15 nm−1 以降の広角領域には、細胞間脂質の炭化水素鎖の充填構造である六方晶(d = 0.42 nm)や直方晶(d = 0.37 nm、0.42 nm)に由来する回折ピークがそれぞれ確認された[5]。また、角層試料を保湿剤水溶液で水和することにより、これらのピークの形状に変化が見られた(Fig. 1)。そこで、それぞれの構造に由来するピークをガウス関数でフィッティングし、ピーク位置 (q) の変化について評価した。それぞれの構造のピーク位置は、作用前は全ての6試料の平均、作用後は溶液ごとに2試料の平均値を用いた。短周期ラメラ構造は、作用前の角層におけるピーク位置が 1.03 nm−1 であるのに対し、10 wt% グリセリン水溶液、10 wt% BG水溶液、水で水和することで、それぞれ 1.00 nm−1、0.99 nm−1、1.00 nm−1 となり、いずれも小角側へシフトした (Fig. 2(a))。短周期ラメラ構造は、ラメラ層間に水層が存在するとされており[6]、水溶液を作用させたことで水分が増加し、水層の格子面間隔dが増大したと考えられた。ソフトケラチン構造のピーク位置は、作用前の 6.48 nm−1 に対し、いずれの溶液で水和した場合もピークは小角側へ大きくシフトし、グリセリンでは 6.16 nm−1、BGでは 6.11 nm−1、水では 6.12 nm−1 となった (Fig. 2(b))。水和により角層細胞内の水分が増大したことで、プロトフィブリル構造の間隔が拡大し、ピークが小角側へシフトしたと考えられた。Fig. 2(c), (d)に示した広角領域に検出される細胞間脂質の炭化水素鎖の充填構造に由来するピークについては、作用前はそれぞれ q = 15.20 nm−1、16.80 nm−1 であり、水和による変化はほとんど見られなかった。

Fig. 1 作用前の角層(n = 6)と溶液作用後の角層の回折プロファイル

Fig. 2 保湿剤水溶液での水和による角層構造のピーク位置の変化

(a) 短周期ラメラ構造、(b) ソフトケラチン構造、

(c) 炭化水素鎖の充填構造 (0.42 nm)、(d) 炭化水素鎖の充填構造 (0.37 nm)

 

 次に、それぞれの溶液で水和した角層のうち1点について、乾燥による影響を評価した。乾燥時における回折プロファイルの経時変化を Fig. 3-5 に示す。(a)にはプロファイルの全形、(b)には短周期ラメラ構造、(c)にはソフトケラチン構造の経時変化を示した。短周期ラメラ構造については、10 wt% グリセリン水溶液で水和した角層 (SC-GLY) では、乾燥によるピーク位置の経時変化は見られず、ピーク強度も減少しなかった(Fig. 3(b))。10 wt% BG水溶液で水和した角層 (SC-BG)では、乾燥後にピークが僅かに広角側にシフトしたが、ピーク強度はほとんど変化しなかった(Fig. 4(b))。水で水和した角層(SC-water)は、乾燥時の変化はほとんど見られなかった(Fig. 5(b))。これらの結果から、SC-GLYでは乾燥後も短周期ラメラ構造はほとんど変化しておらず、構造中の水が保たれていると考えられ、SC-BGではラメラ構造が縮小し、層間の水分が減少したと考えられる。SC-water については、水和後のピーク強度が弱く、乾燥による影響が評価できなかった。

Fig. 3 SC-GLYの乾燥時における回折プロファイルの経時変化

(a) プロファイルの全形、(b) 小角領域 q = 0.6-1.6 nm-1、(c) 中角領域 q = 4.0-9.0 nm-1

Fig. 4  SC-BGの乾燥時における回折プロファイルの経時変化

(a) プロファイルの全形、(b) 小角領域 q = 0.6-1.6 nm-1、(c) 中角領域 q = 4.0-9.0 nm-1

Fig. 5  SC-waterの乾燥時における回折プロファイルの経時変化

(a) プロファイルの全形、(b) 小角領域 q = 0.6-1.6 nm-1、(c) 中角領域 q = 4.0-9.0 nm-1

 

 また、ソフトケラチン構造に由来したピークの乾燥時における変化については、SC-GLYでは、乾燥によりピーク位置が広角側へシフトし、ピーク強度も増大した(Fig. 3(c))。SC-BGでは、乾燥によるピーク位置の変化は見られず、ピーク強度は増大した(Fig. 4(c))。SC-water では、ピークは経時的に広角側へシフトしたが、ピーク強度の変化は見られなかった(Fig. 5(c))。いずれの多価アルコールで水和した角層も、乾燥によるピーク強度の増大が見られており、多価アルコールの水酸基が、ソフトケラチンのアミノ基と水との相互作用に対し、影響を及ぼした可能性が考えられる。また、グリセリンとBGでは、乾燥時のピーク位置の変化に差が見られており、作用の機構や影響度合いが異なる可能性が示唆された。作用する多価アルコールによって、角層中の水分の大半が存在する角層細胞内の振舞に違いが見られたことは重要であると考える。一方で、角層試料はドナー差や部位差による影響が大きいことが知られており、これらの影響について慎重に評価し、保湿に関係する構造とその振舞を明らかにする必要がある。

 

今後の課題:

 本検討では、保湿剤として多価アルコールを作用させた角層の乾燥時における角層構造の経時変化について評価した。in vivo で見られたグリセリンの角層水分の保持効果と同様に、in vitro の角層試料においても短周期ラメラ構造中の水分の保持が示唆された。また、多価アルコールの種類により、乾燥時の経時的な角層構造の振舞に違いが見られた。

 多価アルコール水溶液あるいは水で水和した角層のプロファイルを比較すると、ピークの強度が異なっており、溶液を作用し水和する過程においても影響を及ぼしている可能性がある。保湿剤を作用させる前の角層、角層に対する保湿剤の作用時、保湿剤を作用させた角層の乾燥時の一連の構造変化を評価することで、保湿機構の解明に繋がると考えられる。

 また、保湿剤水溶液を作用した角層の乾燥時の構造変化は、乾燥初期の変化が大きいため、微小な時間での構造変化を確認する必要がある。溶液試料への浸透時間や乾燥条件について検討し、必要な時間分解能が得られる検出器やビームラインを選定する必要があると考える。今回は作用させる保湿剤にはグリセリンあるいは、BGの単一の水溶液を使用したが、これまでの静電容量による測定から、保湿剤は併用することにより高い保湿効果を示すことが確認されており[1]、保湿機構の解明には保湿剤の併用での影響を評価することも重要である。これらのデータを測定することで、より効果の高い保湿剤の開発や高保湿の化粧品を開発することが出来る。

 

参考文献:

[1] 鈴木正人監修. 老化防止・美白・保湿化粧品の開発. 第1版, 株式会社シーエムシー, (2001).

[2] A. Tomiie et al., J. Oleo Sci., 65, 681-684, (2016).

[3] 八田一郎, 涌井義一. 公益財団法人名古屋産業科学研究所. ビーム照射による軟質材料の構造解析方法及びそれに用いる軟質材料保持装置. 特許第5028588号. 2008-3-21.

[4] I. Hatta et al., Chem. Phys. Lipids., 163, 381 (2010).

[5] J. A. Bouwstra et al., Intern. J. Pharm., 84, 205–216, (1992).

[6] H. Nakazawa, N. Ohta and I. Hatta, Chem. Phys. Lipids, 165, 238-243, (2012).

 

 

 

(Received: September 26, 2016; Early edition: February 26, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)