SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

硬X線光電子分光法による駆動中の有機薄膜太陽電池の分析
Analysis on Organic Thin-Layer Photovoltaic Cells by Hard X-ray Photoelectron Spectroscopy

DOI:10.18957/rr.7.2.238
2014B1578 / BL46XU

岡本 薫, 阿部 芳巳

Kaoru Okamoto, Yoshimi Abe

三菱ケミカル株式会社

Mitsubishi Chemical Corporation

Abstract

 有機薄膜太陽電池の金属/有機層界面を調べるため、駆動状態での硬X線光電子分光法(hard X-ray photoelectron spectroscopy, HAXPES)による分析を行った。電圧印加状態での各層の電位を比較した結果、電極/バッファー層の間の界面層は電極に近い電位にあり、界面層とバッファー層の間に電気抵抗が生じていることが分かった。さらに発電中の太陽電池のHAXPES測定にも成功した。


Keywords: 硬X線光電子分光、有機薄膜太陽電池、駆動中測定


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背景と研究目的:

 有機薄膜太陽電池は、軽くてフレキシブルで応用の幅が広い上、低エネルギー・低コスト化が望める魅力的な太陽電池である。現在広く普及しているシリコン系の太陽電池の設置が難しい場所、例えば窓や外壁などに取り付けられる反面、効率や寿命の点ではシリコン太陽電池に及ばず、高性能化が望まれている。

 長寿命・高効率を両立したデバイスを得るには、素子内部の情報を正しく得ることが重要である。有機薄膜太陽電池は数十から数百 nm 程度の層が積み重ねられた構造になっているため、内部の層や界面における化学状態の変化を分析するのは容易ではない。そこで我々は検出深さの大きい硬X線光電子分光法(hard X-ray photoelectron spectroscopy, HAXPES)[1−4]を用い、上部 Ag 電極がついた状態の素子を解析し、Ag-PEDOT:PSS界面でチオレートの生成と Ag の硫化が起きていることを明らかにした[5]。本研究では、電圧印加状態、および光照射下(発電中)の有機薄膜太陽電池素子についてHAXPES測定を行い、界面の状態についてさらに詳細に調べた。

 

実験:

 HAXPES測定はBL46XUにて、7939.1 eV の入射X線を用いて実施した。エネルギー較正は Au 4f7/2 ピーク位置を 84.1 eV として行った。検出器のパスエネルギーは 200 eV、スリット幅はcurved 0.5 mm とした。電子の出射角は直出射(80°)および斜出射(45°、30°)とした。

 試料としては、以下の構成を持つ塗布型有機薄膜太陽電池を用いた。

  ガラス基板 / ITO / 酸化亜鉛 / ポリ-3-ヘキシルチオフェン (P3HT):C60 インデン二付加体(C60 (ind)2) (200 nm)

   / ポリ-3,4-エチレンジオキシチオフェン:ポリスチレンスルホン酸 (PEDOT:PSS) (30 nm) / Ag (10 nm)

 上記の素子は実際に開発評価用に作製したもので、そのままでは大きすぎるため、HAXPES測定用に加工を必要とした。封止した状態で評価した素子を測定直前に Ar グローブボックス中で開封し、基板を 10×8 mm 以下に切り出した。切り出した素子を窒素置換したグローブバッグに移し、Ag 電極側を測定面として、Ag 電極とITO電極がそれぞれ直流電源の+側、-側になるように、銀ペーストと Au ワイヤを用いてサンプルホルダに電気的に接続した後、試料をできるだけ大気にさらさないようにして装置に導入した。HAXPES測定は、直流電源につないで電圧を印加しながら、もしくはデジタルマルチメータにつないでチャンバー外からハロゲンランプを照射しながら行った。

 TPP2M[6]で Ag 及びPEDOT:PSS中の電子の非弾性平均自由行程を見積もると、S 1s 電子(運動エネルギー約 5.5 keV)の場合でそれぞれ 5.6 nm、11 nm、O 1s 電子(運動エネルギー約 7.4 eV)の場合でそれぞれ 7.2 nm、14 nm であった。平均自由行程の3倍をXPSの情報深さとみなすと、本測定において観測されているのは Ag 電極からPEDOT:PSS層までと考えられる。

 なお、文献[5]の研究においてはX線による試料ダメージが甚大で、S 1s 測定の際に1スキャンごとに測定点を移動する必要があったが、本研究においてはスペクトル変化が軽微だったため、測定中の試料移動は行わなかった。BL15XU(X線エネルギー 5953 eV、ビーム径 30 μmϕ、photon flux ~ 1012 /s)で測定を行った文献[5]に比べ、今回の測定(X線エネルギー 7939.1 eV、ビームサイズ 20×250 μm、photon flux ~ 1013 /s)ではX線エネルギーが高く、試料全体のX線吸収係数が小さいことがダメージの軽減につながっていると推定される。

 ピーク位置の議論にあたっては,Ag 3d5/2 スペクトルについてはピーク最大値の結合エネルギー、C 1s、O 1s、S 1sスペクトルについてはGauss-Lorentz関数によるピーク分離によって得られた各ピーク成分の中心位置を用いた。ピーク分離解析はPHI Multipak 8.4により行った。

 

結果および考察:

(1) 電圧印加下での測定

 素子に電圧を印加すると、各層の電子準位はその層が感じている電位分だけ平行移動するため、光電子ピークのシフト量からその元素が存在する層の電位を知ることができる。図1に示した Ag 3d5/2 スペクトルのシフト量は Ag-ITO 間の電位差を反映しているが、6.0 V の印加電圧に対してシフト量は 1.5 ~ 2 eV 程度にとどまっていた。複数の素子で測定した際のシフト量の振れが大きいこと、別の実験で用いた Ag 以外の電極では印加電圧との差はずっと小さかったことから、Ag 電極と配線に用いた Ag ペーストとの間に接触抵抗が生じていると推定される。

図1.Ag 電極の Ag 3d5/2 HAXPESスペクトル

 

 図2-4に図1と同じ素子の C 1s、O 1s、S 1s スペクトルを示す。Ag 3d5/2 スペクトルと同様に電圧印加に伴ってピークが高結合エネルギー側にシフトしているが、そのシフト量はいずれも Ag に比べて小さく、Ag 電極とPEDOT:PSS層とで電位が異なると考えられる。また S 1s スペクトルにおいて、PSS中のスルホン酸基、PEDOT中のチオフェン基由来のピークのシフト量と、Ag 電極との界面にある Ag 硫化物およびチオレートに由来するピーク S1、S2 のシフト量は異なっていた(図4(c))。

図2.有機薄膜太陽電池の C 1s HAXPESスペクトル

図3.有機薄膜太陽電池の O 1s HAXPESスペクトル

図4.有機薄膜太陽電池の S 1s HAXPESスペクトル (a) 直出射、(b) 30° 出射、(c) (b)の SO3 ピーク位置が合うように 0 V のスペクトルを平行移動したもの

 

 出射角 30° のスペクトルについて、各ピークのシフト量を比較したものを図5に示す。シフト量は Ag > S1 > S2 > PEDOT、PSS、C、O の順に減少していた。Ag 電極と S1 の差は小さく、Ag-ITO 間の電位差(Ag におけるシフト量)の 3% だった。一方、S1-S2間、S2-PEDOT:PSS層の界面の差はそれぞれ 8% および 15% で、素子全体での電位ドロップのうち 1/4 が Ag 電極とPEDOT:PSS層の界面で起きていることがわかった。

図5.電圧印加に伴うピークシフト幅の比較

 

 界面層の存在は層間の密着性を高める効果が期待できる一方で、界面抵抗を上昇させる要因にもなっており、界面の制御が有機薄膜太陽電池の性能を向上させるために重要である。電圧印加状態でのHAXPES測定により、界面の抵抗を定量的に評価することができた。

 

(2) 光照射下での測定

 図6(a)(b)に光照射下で測定した S 1s スペクトルを示す。光照射によってスペクトルがシフトし、シフト量はすべてのピークで約 0.6 eV であった。デジタルマルチメータで測定と同時に測定した光起電力が 0.6 Vで あったことから、このシフトは光起電力によるものと考えられるが、電圧印加時と異なり、Ag 電極とPEDOT:PSS層の電位は同じだった。

図6.(a) 光照射下での有機薄膜太陽電池の S 1s HAXPESスペクトル、(b) (a)の SO3 ピーク位置が合うように光照射なしでのスペクトルを平行移動したもの、(c) 測定系の等価回路

 

 その理由は等価回路から推定される。電圧印加測定においては、Ag 電極とITO電極の間に電圧が印加され、その間の層はすべて抵抗とみなされる。したがって,各層の抵抗に応じてHAXPESのピークシフト量に違いが生じる。

 一方、光照射下での測定(光起電力を同時に測定)の際の等価回路は図6(c)のようになる。活性層で電位差が生じている一方で、電圧計は巨大な抵抗 Rv として働く。Ag 層、界面層、PEDOT:PSS層は活性層に対して同じ側にあり、その抵抗は Rv に比べて十分小さいため、Ag 層からPEDOT:PSS層の間における電圧降下は無視できるほど小さい。これが、HAXPES測定においてピークシフト量に違いが見られなかった理由と考えられる。

 今回の測定では検出範囲がPEDOT:PSS層までだったため、電圧計を入れた回路では差が見られなかった。電極~バッファー層の現象を観測するためには、電圧計の代わりに抵抗の小さい電流計を入れればよいと推定される。一方、活性層の内部における電位分布などの現象を観測する場合は、図6(c)のセッティングで可能と考えられる。

 

参考文献:

[1] K. Kobayashi et al., Appl. Phys. Lett. 83, 1005 (2003).

[2] Y. Takata et al, Nucl. Instrum. Methods Phys. Res., Sect. A 547, 50 (2005).

[3] S. Ueda, J. Electron Spectrosc. Relat. Phenom. 190, 235 (2013).

[4] 陰地宏ら, J. Surf. Anal., 21, 121 (2015).

[5] 岡本薫,阿部芳巳,上田茂典,表面科学,37(8), 386 (2016).

[6] S. Tanuma, C. J. Powell, D. R. Penn, Surf. Interf. Anal. 21, 165 (1994).

 

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(Received: September 28, 2018; Early edition: February 26, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)