SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.2

SPring-8 Section C: Technical Report

低濃度希土類試料に対する軟X線MCD測定の検出感度評価
Feasibility Study on the Detection Sensitivity of Soft-X-ray MCD Measurements for Ultra-low Dense Rare-earth Magnets

DOI:10.18957/rr.7.2.312
2015A2049 / BL39XU

鈴木 基寛, 小谷 義範, 中村 哲也

Motohiro Suzuki, Yoshinori Kotani, Tetsuya Nakamura

(公財)高輝度光科学研究センター

JASRI

Abstract

 BL25SUビームラインにおいて、低濃度の希土類磁性体試料に対する軟X線磁気円二色性 (MCD) 測定の検出感度評価を行った。Au 基板上に展開した Tb 単分子磁石の単原子膜について全電子収量法によるX線吸収分光 (XAS) およびMCDスペクトルの測定を行い、バックグラウンドと信号の比率および統計精度を評価した。1原子層の単分子磁石に対して解析に十分な精度のスペクトルが数10分の測定時間で得られ、さらに濃度の薄い試料にも対応できることがわかった。


Keywords: 軟X線MCD、希土類単分子磁石、全電子収量法


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背景と研究目的:

 BL25SUでは、軟X線領域において高輝度で高偏光度の円偏光が利用可能であり、遷移金属や希土類元素を含む磁性体試料のX線磁気円二色性 (XMCD) 測定に広く利用されている [1, 2]。ツインヘリカルアンジュレータによる偏光反転法によりバックグラウンドが小さく、統計精度の高いXMCDスペクトルを取得できる。具体的には、3d 遷移金属元素を含む薄膜試料に対して電子収量法を用いることで、1原子層 (ML) の薄膜に対しても高感度でのXMCDデータの取得が可能となっている。3d 遷移金属のナノワイヤーやナノドット試料 (実効膜厚 0.1 ML 以下) に対しても測定実績がある [3]。

 3d 磁性体に加えて、近年、希土類錯体磁石が注目されており、単分子磁石の磁気特性の電子状態からの解明が強く望まれている[4]。希土類単分子磁石試料の研究には、数ケルビンの低温、数テスラの強磁場が必要である。BL25SUはこれらの測定環境を提供できるため、希土類錯体磁石の研究に適している。ただし、低濃度の希土類試料の測定例は多くなく、単原子層もしくはそれ以下の薄膜試料をどの程度の精度で測定が可能であるかを把握する必要がある。そこで、本課題では、低濃度の希土類試料に対するXMCDおよびX線吸収スペクトル(XAS) の測定感度を評価することを目的とした。Tb を含む希土類錯体磁石を、Au 基板上に単分子濃度以下に展開した試料を用い、全電子収量法 (total electron yield: TEY法) によるXASおよびXMCDスペクトルを測定した。得られた結果から、希土類元素に対する検出感度の下限や、試料基板に含まれる Au からのバックグラウンドの影響を見積ることを目的とした。

 

実験:

 試料として、Tb を含む二層オクタエチルポルフィリン希土類単分子磁石錯体、Tb(OEP)2 の単分子膜を用いた [5, 6]。Tb(OEP)2 単分子磁石は、図1に示すように磁性原子である Tb の上下に平面上のオクタエチルポルフィリン分子が結合した錯体である。1分子あたり1個の Tb 原子を含んでいる。この錯体分子を Au/マイカ基板上に成膜した。分子膜が一原子層の厚さで形成されていることを、走査型トンネル顕微鏡によって確認した。Tb 濃度はおよそ 0.1 個/nm2 と見積もられた。XMCD測定にはBL25SUに装備されている常伝導磁石XMCD装置を用い、最大磁場 ±1.9 T、温度 6 K の条件で行った。信号の検出は試料のドレイン電流を測定する全電子収量法によって行い、ツインヘリカルアンジュレータによる偏光反転法を用いた。磁場方向として、試料面に垂直方向 (θ = 0°) ほぼ面内方向 (θ= 80°) およびそれらの中間方向 (θ = 45°) の三つの方向に対して、XASスペクトル、XMCDスペクトルおよび元素選択的磁化曲線 (element-specific magnetization: ESM) を取得した。

          

図1. 二層オクタエチルポルフィリン希土類単分子磁石錯体、Tb(OEP)2 の分子構造 [6]。

 

結果および考察:

 図2(a)、(b)に Tb M4,5 吸収端で測定したXASの生データを示す。バックグラウンド処理は行っていない。測定時間はスペクトル1本あたり15分である。X線エネルギーに対してゆるやかに上昇する Au 基板からのバックグラウンドの上に、Tb の信号が重畳しているスペクトルが得られた。バックグラウンドに対する Tb XAS信号の強度比は、M5 吸収端では 14%、M4 吸収端では 6% である。この信号とバックグラウンド比は、(a)に示す面直磁場 (θ = 0°) と (b)のほぼ面内磁場 (θ = 80°)で大きな差は見られなかった。左右円偏光に対するXASの差で与えられるXMCD信号は、面内磁場の方がやや大きい。信号に対するバックグラウンド強度は大きいが、スペクトルの統計精度自体は高く、ノイズの少ない良好なスペクトルが得られている。

  

図2. Tb (OEP)2 希土類単分子磁石の Tb M4,5 吸収端でのX線吸収 (XAS) スペクトル。 (a) 面直磁場 (θ = 0°)および (b) 面内磁場 (θ = 80°) に対する結果。µ+) は右 (左) 回り円偏光に対するXASスペクトルを示す。

 

 図3に、バックグラウンドのスペクトルを二次関数で近似して差し引いた結果を示す。XASスペクトルの M5 端でのピーク強度を1に規格化してプロットしている。十分に解析に耐えうる明瞭なXASおよびXMCDスペクトルが得られた。図3(b)、(c)に Tb M5, M4 吸収端のXMCDスペクトルの拡大図をそれぞれ示す。図3(c)からXMCD信号のノイズレベルは、およそ 0.005 と評価できる。これは、XASのピーク強度の 0.5% の精度であり、このデータに sum rule 解析を行うことで Tb イオンの磁気モーメントの値を 0.01 µB の精度で決定することができる。ただし、基板からのバックグラウンドがXAS信号よりも大きいため、sum rule 解析による磁気モーメントの値の絶対値は、主にバックグラウンドの引き方によって左右される。θ が 0° から 45°、80° と磁場の角度が面内方向になるにつれてXMCDスペクトルの強度が増大しており、試料が面内の磁気異方性をもつことがわかる。

    

図3. (a) バックグラウンドを差し引いた Tb (OEP)2 希土類単分子磁石の XAS [(µ+ + µ)/2] およびXMCDスペクトル (µ+ - µ)。(b) Tb M5 吸収端でのXMCDスペクトルの拡大図。(c) Tb M4 吸収端でのXMCDスペクトルの拡大図。

 

 図4には、Tb M5 吸収端のエネルギーにて測定したESMを示す。XMCDの結果と同様に、θ = 80° で最も信号強度が大きく、試料が弱い面内磁気異方性をもつことを示している。測定に用いた最大磁場 1.9 T でもESM磁化曲線は飽和しておらず、試料が飽和磁化した状態での磁気モーメントの値を決定するにはより強磁場での測定が必要である。

            

図4. Tb (OEP)2 希土類単分子磁石の元素選択的磁化曲線。θ = 80° でのゼロ磁場付近のデータの飛びは、試料からの光電子が磁場の影響を受けたために生じるアーティファクトである。

 

今後の課題:

 単原子層膜厚の希土類分子磁石からのXASおよびXMCDスペクトルを良好な測定精度で得ることができた。BL25SUでのTEY法による測定では、1原子層よりも薄い膜厚もしくは希土類磁性原子の密度の小さい試料での測定が可能であることがわかった。今回の結果から見積もると、実効膜厚 0.02 ML 程度の希土類原子密度でもXMCDスペクトルによる磁気モーメント評価が行えると考えられる。ただし、その場合には相対的によりバックグラウンドが増大するため、スペクトルのバックグラウンドを適切に差し引く方法を確立することで、より精度の高い磁気モーメントの誤差評価を行う必要がある。それによって、さまざまな低濃度希土類のXMCD測定のユーザーニーズに応えていくことができる。本研究で得られた測定感度の情報は、今後の低濃度希土類試料の測定において有用な指針を与えると期待される。

 

謝辞:

 東北大学多元物質科学研究所 米田忠弘教授には単分子磁石試料をご提供いただきました。ここに感謝の意を表します。

 

参考文献:

[1] T. Nakamura et al., J. Electr. Spectr. Rel. Phenom. 144–147, 1035 (2005).

[2] T. Nakamura and M. Suzuki, J. Phys. Soc. Jpn. 82, 021006 (2013).

[3] H. Fujisawa et al., Phys. Rev. B 75, 245423 (2007).

[4] K. Katoh, T. Komeda, and M. Yamashita, Chem. Rec. 16, 987 (2016).

[5] T. Inose et al., Chem. Eur. J. 20, 11362 (2014).

[6] T. Inose et al., Chem. Lett. 45, 286 (2016).

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(Received: October 3, 2018; Early edition: January 30, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)