SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.1

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

高輝度赤外放射光を利用した半導体ナノワイヤ中の極微量ドーパント不純物の電子状態評価
Characterization of Electronic States of Dopant Atoms with Low Concentrations in Semiconducting Nanowires by Infrared Synchrotron Radiation Beam

DOI:10.18957/rr.7.1.30
2015A1233 / BL43IR

深田 直樹a, 池本 夕佳b, 森脇 太郎b

Naoki Fukataa, Yuka Ikemotob, Taro Moriwakib

a国立研究開発法人物質・材料研究機構, b(公財)高輝度光科学研究センター

aNIMS, bJASRI

Abstract

 レーザーアブレーション法により成長したSiナノワイヤ中の不純物の顕微赤外分光を行った。B ドープSiナノワイヤの場合において、約 624 cm-1の位置にBの局在振動ピークを検出することに成功した。更に、約 468、806、1085、1200 cm-1 の位置には、Siナノワイヤの表面酸化膜中の酸素に関する振動を観測できた。通常の赤外分光ではナノ構造体中の不純物分光は困難であるが、SPring-8赤外放射光の高輝度性を生かすことで実現できた成果といえる。


Keywords: ナノワイヤ、半導体、不純物、赤外吸収分光


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背景と研究目的:

 半導体であるシリコン(Si)は、現在のトランジスタ材料の代表的な材料である。トランジスタの性能向上に関しては、これまで素子寸法の微細化により推し進められてきたが、従来通りのスケール則に従った微細化による高機能・高集積化には限界が指摘されている。そこで、次世代のデバイス構造への半導体ナノワイヤの利用が検討されている[1]。新規構造では、半導体のナノワイヤを縦型立体構造トランジスタのソース、ドレイン、チャネル材料に応用することが考えられている。また、Siは現在の太陽電池材料の主流でもあり、Siナノワイヤを利用した次世代Si太陽電池材料の開発も盛んに行われるようになってきている[2]。何れの応用においても、Siナノワイヤ中への不純物ドーピングと制御が重要な技術となっている。そのためには、ナノ構造体中のドーパント不純物の検出・分析法を確立する必要がある。

 これまでに、ラマン散乱測定および電子スピン共鳴測定により、Siナノワイヤ中にドープされたドーパント不純物の結合・電子状態および挙動について調べてきた[3,4]。今回は、SPring-8 BL43IRビームラインを利用して、Siナノワイヤの低温顕微赤外吸収分光を行い、ナノ構造体中の極微量不純物分析法の確立を目指す。

 

実験:

 Siナノワイヤ中のドーパント不純物の状態を評価するために、低温クライオスタット用いた顕微分光を行った。室温では、吸収ピークがブロードであるため、測定は液体ヘリウム温度で行った。測定領域は、500-4000 cm-1 の領域であるため、MCT検出器を使用して顕微赤外吸収測定を行った。

 具体的に使用した試料としては、SiO2 あるいはSi基板上に堆積(膜状)したSiナノワイヤを用いた。Siナノワイヤは、金属触媒としてNiおよびドーパント不純物としてBを含有したSiターゲット(豊島製作所製:B含有量0、1および10at%の3種類を準備)を、Arガス(50 ml/min)と H2 ガス(10 ml/min)の混合ガス 500 Torr、1200℃ の雰囲気で、Nd:YAGレーザー(532 nm、10 Hz、1.5 W)によるアブレーションで作製した(図1参照)。Siナノワイヤは基板上に堆積されているため、まずは,反射配置による反射スペクトル測定を行った。Siナノワイヤの堆積膜厚は通常 1 μm 程度であり、必要に応じてより厚い 8-10 μm 厚のものを作製した。Siナノワイヤの堆積膜厚はレーザーアブレーションの時間で制御した。1 μm 厚のものは成長時間30分、8-10 μm 厚のものは成長時間4-5時間である。


図1. Siナノワイヤ成長に利用したレーザーアブレーション装置の概略図.

 

結果および考察:

 レーザーアブレーションにより成長したB ドープSiナノワイヤのSTEM像を図2に示す。ナノワイヤのおよその直径は 20 nm であることが分かる。図2(c)の高分解能観察の結果では、Siナノワイヤ内部にははっきりとした結晶格子縞が観察されており、単結晶構造で高い結晶性を有していることがわかる。B ドープSiナノワイヤおよびSi基板の低温顕微赤外吸収分光を行った結果(図3)、B ドープSiナノワイヤの場合のみ、約 624 cm-1 の位置にピークが観測された。室温のラマン散乱測定を行った場合、B ドープSiナノワイヤ中のBの局在振動ピークは約 618 cm-1 に観測される[1]。ここで、両者のピーク位置はほぼ一致しており、両者のピーク位置の差異は測定温度の違いで説明できる。以上の結果から、約 624 cm-1 の位置に観測された吸収ピークはSiナノワイヤ中のBの局在振動と考えられ、SPring-8赤外放射光の高輝度性を活かすことで、ナノワイヤ中の不純物分光に初めて成功したといえる。現在においても、赤外吸収分光を利用してSiナノワイヤ中のB局在振動の観察に成功しているグループは我々以外にない状況である。また、約 468、806、1085、1200 cm-1 の位置には、Siナノワイヤの表面酸化膜中の酸素に関する振動も観測できた。


図2. レーザーアブレーション法により生成されたSiナノワイヤの(a) STEM像、(b)その拡大、および(c)高分解TEM像.


図3. (a)BドープSiナノワイヤおよび(b)Si基板における低温顕微赤外吸収スペクトル. (c)B局在振動ピーク強度のターゲット中のB濃度依存性.

 

 以上の結果から、SPring-8赤外放射光の高輝度性を利用した赤外吸収分光はSiナノワイヤ中のドーパント不純物および表面酸化膜の分光に有効であるといえる。

 

今後の課題:

 ナノワイヤの次世代トランジスタ応用を考えた場合、不純物散乱の影響を解決する必要がある。そこで、SiとGeのヘテロ接合から形成されるコアシェルナノワイヤ構造の研究を行っている。このコアシェルナノワイヤでは不純物のコア/シェルそれぞれの領域への位置制御ドーピングが重要である。本技術の実現のためには、コアシェルナノワイヤ構造中の不純物分析技術が重要であり、SPring-8のBL43IRビームラインに設置されている顕微赤外吸収分光による不純物局在振動、不純物の電子遷移、自由電子吸収等の観測が重要になるといえる。

 

参考文献:

[1] Y. Li, F. Qian, and C. M. Lieber, Mater. Today 9, 18 (2006).

[2] P. J. Pauzauskie, P. Yang, Mater. Today 9, 36 (2006).

[3] N. Fukata, Adv. Mater. 21, 2829 (2009).

[4] N. Fukata et al., NANO Lett. 11, 651 (2011).



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ⒸJASRI

 

(Received: September 21, 2018; Early edition: December 26, 2018; Accepted: December 17, 2018; Published: January 25, 2019)