SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.1

SACLAのフェムト秒パルスX線回折による光励起Ge2Sb2Te5ナノ薄膜の弾性特性解析
Elastic Properties of Photo-induced Ge2Sb2Te5 Nanofilm by fs-pulse X-ray Diffraction in SACLA

DOI:10.189567/rr.7.1.100
2015A8060 / BL3

松原 英一郎a, 市坪 哲b

aEiichiro Matsubara, bTetsu Ichitsubo

a京都大学, b東北大学

aKyoto University, bTohoku University

Abstract

 フェムト秒可視光レーザーを Ge2Sb2Te5 多結晶ナノ薄膜に照射した際に発現する格子膨張の時間変化を、SACLAの高強度、フェムト秒パルスX線によるフェムト秒パルスX線回折法を用いて、回折ピークの散乱角の時間変化から精密に測定し解析することで、Ge2Sb2Te5 ナノ薄膜の弾性特性の情報を得られることを明らかにした。


Keywords:


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背景と研究目的:

 我々は、SACLAから発生する高強度で、数 10 フェムト秒の時間幅のパルスX線を用いたフェムト秒時間分解X線回折法を開発し、DVDやBlu-ray光ディスクの記録媒体に広く利用されているカルコゲナイト系Ge-Sb-Te光励起構造相転移材料に適用することで、フェムト秒可視光レーザー照射後の 0.2 ピコ秒から数ピコ秒の時間領域での光励起構造相転移の前駆現象を明らかにした[1]。フェムト秒可視光レーザー照射による原子の励起状態は、時間の経過と共に、エネルギーが格子に伝わり、結晶格子の膨張が始まる。立方晶系の Ge2Sb2Te5 薄膜の場合、結晶格子の膨張は 20 ピコ秒付近から顕著になり、111、220、200について、それぞれの格子膨張の時間変化を見積ることができる。

 バルク結晶の弾性定数を実験的に見積もるためには、結晶中を伝播する超音波の縦波及び横波の速さを測定する方法が一般的である。しかし、ナノ結晶の場合、このような方法を適用することは困難である。そこで本研究では、光によって励起された格子ひずみが結晶中を伝播する様子を、格子膨張率の時間変化で捉え、その結果を解析することで、ナノ薄膜試料における弾性特性を明らかにすることを目的とする。


実験:

 測定には、Si (100)ウエハー基板(Nilaco社製)にRFマグネトロンスパッタリング装置((株)アルバック)を用いて、40 nm 厚さで成膜した Ge2Sb2Te5 薄膜を用いた。成膜後の薄膜の組成は、誘導結合プラズマ発光分析法(ICP-AES: Inductively Coupled Plasma Atomic Emission Spectrometry)を用いた化学組成分析を行い、 Ge2.06Sb2.06Te5 とほぼ期待通りの組成が得られていることを確認した。なお、大気暴露による酸化やレーザー照射によるアブレーションを防ぐために、Ge2Sb2Te5 薄膜には 3 nm 厚さの SiO2 膜をスパッタ法により被覆した。スパッタ法により成膜した試料はアモルファスであるため、Arガス雰囲気中で 170℃ に保持して結晶化させた後、測定に用いた。

 SACLAでの測定は、光構造相転移を励起するためのポンプ光として、波長 800 nm、パルス幅 30 fs のTi-sapphireレーザーを使用した。ポンプ光のフルーエンスは、照射によって試料の破壊やアモルファス化が起らないよう、20 mJ/cm2/pulse という十分に小さいエネルギーを採用した。レーザー照射後、構造変化を捉えるためのプローブ光としては、SACLAからのパルスX線をモノクロメータで単色化した 10 keV のパルスX線を用いた。測定には、ポンプ光照射後、パルスX線による測定までの時間をピコ秒スケールで小刻みに変化させて構造変化を観測するポンププローブ法を用いた。試料は縦型2軸ゴニオメータを用いて、検出器にSACLAで開発した2次元検出器MPCCDを用いて対称反射法で測定した。なお、対称反射法を採用した場合、試料上でのポンプ光及びプローブ光の試料位置による到着時間の差による時間分解能が約 2 ps である。本研究での解析対象となる格子膨張の時間周期が約 20 ps であり、本解析には膨張係数の振動周期を用いることから、本測定での時間分解能の影響はないと考える。


結果および考察:

 図1に、Ge2Sb2Te5 薄膜の111、220、200回折のピーク位置から求めた格子膨張率の振動成分の時間変化を示す。光照射前の Ge2Sb2Te5 薄膜は立方晶であることから、これら3つの回折面は、立方晶の独立な結晶方位に対応している。図1に示した格子膨張率は、光照射後の回折ピークの重心から求めた面間隔 dhkl と光照射前の面間隔 dhkloff との差を、dhkloff で割った値で計算した。図1から分かるように、格子膨張率は、すべての回折で約 20 ps の時間周期で振動しながら減衰する。この膨張率の振動は、光照射によって結晶中に発生した歪が、弾性波として結晶中を伝搬する様子を捉えていると考えられる。そこで、式(1)を用いて、図1の弾性波を各方位でフィッティングを行い、ナノ薄膜中の音速などの物性定数を回折毎に求めた。



    式(1)



ここで、A は振幅、ω は角周波数(rad/ps)、t は時間(ps)、to は時間の起点、τ1 は格子振動の緩和時間(ps)、τ2 は格子膨張の緩和時間(ps)である。図1の赤い実線は、3つのピークについて求めたフィッティングの結果である。

図1. Ge2Sb2Te5 薄膜の111、220、200回折のピーク位置から求めた格子膨張率の振動成分の時間変化


表1. 図1の格子膨張率のフィッティングパラメータ


 表1の歪の振幅 A と振動の緩和時間 τ1 に関して、111 > 220 > 200 の順番で小さくなる。これは、Ge2Sb2Te5 立方晶結晶の[111]方向が最も柔らかい方位であることを示唆している。表2に示す第一原理計算から見積った Ge2Sb2Te5 の縦弾性率は 111 < 220 < 200 の順番で大きくなる。表1の振幅 A を200の値で規格化した値(Ahkl / A200)と、表2の縦弾性率 CL を200の値で規格化した値の逆数(CL[200] / CL[hkl])とを比べると、光励起の有無に関わらず、格子の膨張が同じ傾向を示していることが分かる。すなわち、光励起した状態で結晶構造が111方向に最も大きく膨張し、次いで220方向、そして200方向の順番でその値が小さくなるのは、Ge2Sb2Te5 結晶本来の性質を反映していることが分かる。

 次に、表1の角周波数 ω から周波数 f (= ω/2π)と周期 T (=1 / f)を求め、薄膜の膜厚 40 nm を用いて周期 T から求めた結晶の[111]、[220]、[200]方位の弾性波の音速は、それぞれ 3540 m/s、3940 m/s、4170 m/s である。この値は、表2の計算から求めた縦波の音速計算値 3200 m/s、3500 m/s、4270 m/s と良い一致を示しており、方位による大小関係も実験値と計算値で一致する。固体中の音速の2乗が、弾性率に比例することを考慮すると、表1の実験的に求めた音速から Ge2Sb2Te5 薄膜の弾性率には 111 < 220 < 200 の大小関係が成り立つことが予測でき、計算で求めた縦弾性率の方位による大小関係と一致している。


表2. 第一原理計算を用いて見積もった Ge2Sb2Te5 の弾性特性


まとめと今後の課題:

 Ge2Sb2Te5 薄膜における光励起格子膨張率の時間変化を解析することで、弾性率は結晶異方性を示し、その値は 111 < 220 < 200 にあることを明らかにした。すなわち、Ge2Sb2Te5 の[111]方向は柔らかく、[100]方向は硬いことが分かる。それを反映して光励起された Ge2Sb2Te5 薄膜では、[111]方位に一番大きな格子膨張を示し、次いで[220]方位、[200]方位の順番で膨張率の値が小さくなる実験結果を説明することができた。また第一原理計算を用いて Ge2Sb2Te5 の弾性率を算出すると、実験と同じ 111 < 220 < 200 の傾向を示すことが分かった。すなわち、光励起された Ge2Sb2Te5 薄膜の格子膨張は、結晶本来の弾性特性を反映していることも分かった。

 このようにフェムト秒パルスX線回折法により、光励起によるナノ結晶物質の格子膨張率の時間変化を測定、解析することで、我々はナノ結晶物質の弾性特性を測定できることを示すことができた。今後、この手法をナノ結晶薄膜のみならず、ナノ結晶粒子などにも適用し、本手法の有用性をさらに検証し、ナノ結晶物質の弾性特性の解析手法の1つとして確立したい。

 本研究は、文部科学省科学技術試験研究費委託事業「相転移のピコ秒ダイナミクスの可視化」からの研究費補助金で実施された研究である。


参考文献:

[1] E. Matsubara et al., Phys. Rev. Lett., 117(13), 135501 (2016).


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ⒸJASRI


(Received: November 1, 2018; Early edition: December 26, 2018; Accepted: December 17, 2018; Published: January 25, 2019)