SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.1

SPring-8 Section C: Technical Report

バルク磁性体試料に対する深さ分解XMCD測定の開発
Development of Depth-Resolved XMCD Measurement for Bulk Magnets

DOI:10.18957/rr.7.1.96
2013A1905 / BL39XU

鈴木 基寛, 保井 晃, 中村 哲也

Motohiro Suzuki, Akira Yasui, Tetsuya Nakamura

(公財)高輝度光科学研究センター

JASRI

Abstract

 蛍光X線の検出角度依存性を利用した深さ分解X線磁気円二色性 (XMCD) 測定法を開発した。表面研磨したネオジム焼結磁石試料に適用し、試料の減磁過程において Nd L2 吸収端での元素選択的磁化曲線を取得した。その結果、異なる蛍光X線検出角度、すなわち試料表面から検出深さに対して保磁力の値が変化することを見出した。得られた磁化曲線をモデルフィッティングで解析し、表面から 3.2 µm までの深さでは保磁力が試料内部の1/2に低下していることを明らかにした。本手法は、ネオジム永久磁石やサマリウムコバルト磁石等、微細組織を有する永久磁石の深さ分解磁化解析に応用が可能である。


Keywords: 深さ分解、バルク敏感、保磁力、焼結磁石


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背景と研究目的:

 バルク敏感な情報が得られることは硬X線による測定の特色である。X線磁気円二色性 (XMCD) 測定に関しても、軟X線領域のMCDが表面敏感であるのに対して、硬X線MCDはバルク敏感であり試料の表面状態に影響されることなく磁性を観測できる。一方で、硬X線MCD測定においても表面の磁気情報を選択的に得るための手法が求められている。さらには、試料表面から内部に向かって磁気モーメントが深さ方向に変化している様子を可視化するための手法開発は重要な課題である。

 深さ分解XMCD測定の典型的な応用例として、ネオジム永久磁石の観察が挙げられる。ネオジム焼結磁石では試料表面と内部では保磁力の値が異なるといわれている。磁化曲線の形状を詳細に調べたこれまでの研究によって、表面での保磁力の低下が示唆されている [1]。実際に表面の保磁力が低い場合には、試料の減磁過程にもその影響が生じる。すなわち表面での磁化反転が先に起こり、それがきっかけとなり表面と内部の粒子間の磁気的相互作用によって、バルクの磁化反転が引き起こされる。このことから、表面の保磁力や磁性を評価することは、焼結磁石試料が高い保磁力を発現するメカニズムを解明するために重要となる。現在までに、減磁過程が測定できるような1テスラ以上の強磁場下において、焼結磁石表面の磁性を選択的に解析した研究や、表面の磁区がどの程度の深さにまで及んでいるかを直接に評価した例は少ない。

 本課題では、硬X線による蛍光法でのXMCD測定を用いて、試料表面から深さごとのXMCD磁化曲線を取得する手法の開発を目的とした。図1に測定の概念図を示す。蛍光X線の検出角を変化させることで検出深さを制御し、試料表面から数ミクロンまでの深さ方向の情報を得ることを試みた [2]。本手法により、バルク磁性体試料の表面と内部の磁化を区別して評価することが可能となる。

図1. 深さ分解XMCD測定の概念図。

 

実験:

 試料として、平均粒径 1.8 µm の微細粒ネオジム焼結磁石 (Nd2Fe14B) を用いた [3]。磁化容易軸である c 軸に垂直な面で試料を切り出し、機械研磨を施すことで観察面とした。このような微細粒焼結磁石を用いることで、表面層近傍の複数の結晶粒層の磁性を分離することを目指した。実験は、BL39XU第1ハッチで行った。モノクロメーターの反射面は Si 111 とし、ダイヤモンド移相子により生成した円偏光X線を用いた。 X線のエネルギーは Nd L2 吸収端に相当する 6.725 keV に設定した。実験配置の写真を図2に示す。試料は電磁石の磁極間に配置し、電磁石磁極の穴を通して、X線を試料の表面と垂直に入射した。試料には入射X線に平行に最大 2 T の磁場を印加した。シリコンドリフト (SDD) 検出器を用い、蛍光法でのXMCD測定および元素選択的磁気ヒステリシス測定を、偏光反転法によって行った。検出器の前には受光スリットを設置し蛍光X線の検出角度分解能を 0.6° に制限した。試料を見込む検出器の角度θを変化させることで、蛍光X線の脱出深さを利用して深さ分解計測を行った。

図2. 深さ分解XMCD測定の実験配置。

 

結果および考察:

 図3に、測定で得られたXMCD磁化曲線(元素選択的磁化曲線)を示す。Nd L2 吸収端での測定であるため直接にはNdの 5d 電子の磁気モーメントを反映した結果であるが、過去の実験からNdのXMCD信号は試料の全体磁化に比例しており、全磁化の情報が得られることを確認している。最初に試料を 2.9 T の磁場によって c 軸方向に着磁し、その後、電磁石XMCD装置で減磁過程の磁化曲線を測定した。検出器角度を、θ = 1〜23.5° までの間で数点変えて測定することで、異なる検出深さに対応する磁化曲線を得た。それぞれの角度に対応する検出深さは、θ= 1.0° では 0.2 µm、3.0°→ 0.5 µm、6.5°→ 1.0 µm、16.0°→ 1.9 µm、23.5°→2.4 µm である1)。検出器が試料表面とほぼ平行の θ = 1° では、蛍光X線はほぼ試料表面とすれすれに出てくるため、検出深さ1ミクロン未満の表面敏感測定を行うことができた。

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1) ここで、検出深さとは検出感度が表面からの距離によって指数関数的に減衰すると仮定した場合に、感度が 1/e となる深さとして定義する。したがって、検出深さがαのときに検出される信号強度は、表面からの距離による検出感度の減衰分を考慮した信号強度 I(z) の積分値として で与えられる。検出深さよりも浅い領域、および深い領域からの信号も検出されることに注意されたい。

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図3. ネオジム焼結磁石の減磁過程の元素選択的磁化曲線。蛍光X線検出角によって保磁力が異なる。

 

 図3から、検出角度が浅い場合には深さ方向の平均としての保磁力が小さく、検出角度を深くするにつれて、平均の保磁力が増大していることが分かる。図4に、検出角度に対する保磁力の変化を示す。表面では試料深部(バルク)よりも保磁力が低下していることが直接観測された。θ = 1° ではほぼ最表面のみを観測しており、表面の保磁力として0.97 Tという値が得られた。また、最も検出深さが大きい θ=23.5° に対しては深さ方向の平均としての保磁力は1.18 Tであった。θ=23.5° に対する検出深さは 2.4 µm であり、試料の平均粒径が 1.8 µm であることを考慮すると表面から2粒子層程度までの保磁力の平均を観察しているといえる。

図4. 保磁力の検出角に対する変化。

 

 得られた磁化曲線の深さ依存性を、モデルフィッティングにより解析した。図5に示すように、試料の保磁力が表面層とバルク層の二層で異なるとしたモデルを仮定した。表面層の厚さを tsurf とすると、測定で得られた磁化曲線の検出角度依存性 M(H,θ)は、

と表される。ここで、Msurf(H)、Mbulk(H) はそれぞれ表面層とバルク層の磁化曲線である。検出深さαは検出角度θの関数として、

で与えられる。ここに、λ = 5.378 µm は 6.725 keV の入射X線の侵入深さ、λf = 10.549 µm はNd Lβ 線の脱出深さである [4]。

図5. フィッティングに用いたモデル。

 

 図6にフィッティング結果を示す。表面層厚さとして tsurf = 3.15 µm とすることで、磁化曲線の検出角度依存性が良好に再現された。表面磁化曲線(θ= 1° のフィッティング結果に相当)とバルク磁化曲線が別々に求めることができた。フィッティングで得られたパラメータを用いることで、図4に示した保磁力の検出角度依存性もよく再現された。この結果から、表面から深さ 3.15 µm まで保磁力は 0.99 T であり、それより深部ではバルクと同じ 2 T の保磁力が維持されていることが明らかになった。3.15 µm という表面層厚さは平均粒径の1.75倍であり、表面から1〜2粒子層では保磁力がバルクの1/2に低下していることが分かった。本測定での最大の検出深さは θ=23.5° に対する 2.4 µm であるが、検出感度は表面からの深さに対して指数関数的に減衰しながらもより深くまで到達するため、表面の数分の1ではあるが 3.15 µm の深さに対しても感度を有する。よって、表面層とバルクの区別は可能である。より高エネルギーのX線を用いることができれば、より大きな検出深さでの測定が可能となる。XMCD測定では元素吸収端を用いるために利用可能なX線エネルギーが限られるが、より深い部分を観察するために今後の検討を進めていきたい。

図6. 磁化曲線のフィッティング結果。

 

今後の課題:

 本課題の実施後に試料の断面を走査電子顕微鏡 (SEM) で観察したところ、表面から 1〜5 µm 程度の深さまでの粒子境界において亀裂が入っていることが分かった。おそらく機械研磨によるダメージと考えられる。したがって、本課題で観察した表面での保磁力低下は、試料の本来の性質を反映しているのではなく、亀裂が入ることによって表面の磁性粒子が内部と磁気的に分断されたことによる可能性を否定できない。残念ながら試料の本質的な情報が得られたとは言えず、今回のデータによる論文公表を見送った。

 しかし、本課題によって、硬X線MCDによる深さ分解磁気解析手法が可能となったことは一つの成果である。本手法は、今後、様々な粒径をもつネオジム永久磁石やサマリウムコバルト磁石等、微細組織を有する永久磁石の解析への応用が期待される。

 

参考文献:

[1] S. Hirosawa, K. Tokuhara, and M. Sagawa, J. J. Appl. Phys., 26, L1359 (1987).

[2] K. Shinoda et al., J. Surf. Anal., 15, 295 (2009).

[3] T. Hattori et al., Mater. Trans., 50, 2347 (2009).

[4] http://henke.lbl.gov/optical_constants/のデータを用いて計算した。

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ⒸJASRI

 

(Received: October 6, 2018; Early edition: November 28, 2018; Accepted: December 17, 2018; Published: January 25, 2019)