SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

PEEMによる積層セラミックコンデンサにおけるチタン酸バリウムの劣化メカニズム調査
Analysis for Degradation Mechanism of Barium Titanate in Monolithic Ceramic Capacitors Using PEEM

DOI:10.18957/rr.7.1.87
2015B1591 / BL17SU

村木 智則, 西村 仁志, 尾山 貴司

Tomonori Muraki, Hitoshi Nishimura, Takashi Oyama

株式会社村田製作所

Murata Manufacturing Co., Ltd.

Abstract

 積層セラミックコンデンサのチタン酸バリウム誘電体層中には酸素空孔が存在し、この酸素空孔の偏析が絶縁性の使用時経年劣化を引き起こすと考えられている。そこで絶縁抵抗が劣化した積層セラミックコンデンサを用いてPEEM観察を行い酸素空孔分布の評価を試みた。誘電体層中のPEEM像から抽出したXASスペクトルより、Tiの化学状態が正極と負極の間で段階的にわずかに変化していることが示唆された。今後、この変化が酸素空孔由来か否かを検討していく。


Keywords: チタン酸バリウム、積層セラミックコンデンサ、酸素空孔、光電子顕微鏡


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背景と研究目的:

 電子機器に使用されるコンデンサの世界販売数量は年間数兆個にもおよび、その約 80% は積層セラミックコンデンサ(以下、MLCC:Monolithic Ceramic Capacitors)が占めている。スマートフォンに代表される電子機器の小型・軽量化を実現するためにはMLCCの小型化と大容量化は必須でありIoT (Internet of Things) 社会を支え発展させていくうえでもMLCCは必要不可欠な電子部品の一つとなっている。

 MLCCはニッケル内部電極とチタン酸バリウム誘電体層の共焼成によって製造される。ニッケルの酸化を防ぐために低い酸素分圧での焼成が必要とされるが、その結果としてチタン酸バリウム誘電体が還元され半導体化し、絶縁体として機能しなくなってしまう問題がある。この問題を解決するためにチタン酸バリウム誘電体にアクセプタとして遷移金属を微量添加し自由電子の生成を抑えることにより耐還元性を付与している。しかしながら、微量添加したアクセプタの濃度に応じてチタン酸バリウム誘電体層中には酸素空孔が残ると考えられている[1–3]。

 MLCCにおける材料開発の最重要課題は、絶縁性の使用時経年劣化を抑制する信頼性設計である。使用時経年劣化のメカニズムとして、前記した酸素空孔の移動に着目した様々な仮説が提唱され[4]、これらに基づく材料設計が提案されている[5,6]。しかしながら、酸素空孔の移動を直接的に観測する方法は確立されてはおらず、絶縁劣化メカニズムを明確にできていない。このため材料設計が試行錯誤的になっており、新規誘電体材料の創生の妨げの一つとなっている。より高機能なMLCCを早期開発し社会発展に寄与するために、酸素空孔分布を可視化しこれを材料設計に役立てることが求められている。そこで第一原理計算から酸素空孔が存在する場合に起きると予想されているTiの化学状態変化をPEEM (Photoelectron Emission Microscopy) により定量的な分布として観測し、絶縁劣化メカニズム解明の一歩とする。

 

実験:

 チタン酸バリウム誘電体層の厚みが約 20 µm、ニッケル内部電極層の厚みが約 2.5 µm、積層数36である縦 2.0 mm × 横 1.2 mm × 高さ 0.7 mm のMLCCを用いて電圧負荷試験を行うことにより絶縁抵抗を低下させたサンプルを用意した。このサンプルの断面を鏡面研磨した後、表面にHAXPES(Hard X-ray Photoemission Spectroscopy)で帯電防止の有効性が確認されたカーボンコート膜を約 1 nm 付与し観察面とした[7]。

 PEEM実験はSPring-8のBL17SU設置のSPELEEM (Spectroscopic Photoemission and Low Energy Electron Microscope) 装置で行った。本SPELEEM装置(ELIMITEC社製LEEM III)は世界最高水準の空間分解能 22 nm を有し局所領域の観察に適している[8,9]。

 PEEM専用ホルダにマウントしたサンプルをSPELEEM装置内に導入し真空度が回復したことを確認した後、装置付属のHgランプおよび低エネルギー電子線を用いて観察箇所の位置合わせを行った。つぎに放射光X線を導入し、ニッケル内部電極に挟まれたチタン酸バリウム誘電体1層全体を観察できるように視野領域を 50 µm に設定した。

 PEEM像はX線のエネルギーを 0.06 eV の間隔で掃引しながら連続的に取得した。各エネルギーでの露光時間、積算回数をそれぞれ 10 s、4回とした。これらのPEEM像を画像処理することでドリフト補正を行い、位置分解XAS (X-ray Absorption Spectroscopy) スペクトルを取得した。

 測定エネルギーは Ti-LII, III 吸収端近傍およびO-K吸収端近傍のエネルギー範囲で行った。ただし、O-K吸収端近傍では高エネルギー側でバックグラウンドの大きな上昇が見られたため解析ができなかった。また、エネルギー掃引幅を広くすると視野内でのX線強度ばらつきが増加し解析ができなかったため、Ti-LIII 吸収端近傍の 456 eV~462 eV での結果についてのみ視野内でのXASスペクトル比較を行った。

 なお、電圧負荷試験前後の化学状態分布の差異を明確化することを目的として電圧負荷試験を行っていないサンプルとの比較を計画したが、測定条件の最適化に想定以上の時間を要したため今回は絶縁抵抗を低下させたサンプルのみ測定した。

 

結果および考察:

 酸素空孔は電圧負荷試験により誘電体層中の負極側に移動し、絶縁抵抗を低下させると考えられている。そこでこの移動の様子を観察するために内部電極に挟まれた誘電体層のPEEM像から、内部電極に垂直な方向に5つに分割した領域のXASスペクトルを抽出した。Fig. 1 にX線エネルギー 458 eV でのPEEM像及びXASスペクトル抽出領域を示し、抽出した各領域から得られたTi-LIII 吸収端近傍のXASスペクトルを Fig. 2 に示した。

Fig. 1 X線エネルギー 458 eV でのPEEM像(Ti吸収端近傍のエネルギーであるためTiを含む誘電体部分が高コントラストを示している)およびXASスペクトル抽出領域

Fig. 2 各領域から得られたTi-LIII 吸収端近傍のXASスペクトル

 

 PEEM像のコントラストは試料の吸収係数に比例するため、Fig. 1 に示したTi吸収端近傍のエネルギーである 458 eV でのPEEM像ではTiを含む誘電体部分が高コントラストとなっている。

 また、測定したどのエネルギーでも Fig. 1 と同様に歪みのない明瞭なPEEM像が得られた。一方、エネルギー掃引に伴うチャージアップに由来するドリフトもほとんど見られなかった[10]。さらに、Fig. 2 に示したように各領域での抽出スペクトルはいずれも Ti3d 軌道の結晶場分裂に由来する二つのピーク(t2g と eg)の分離が明瞭であり、チャージアップに由来するスペクトルのブロードニングは確認されなかった。

 これらの結果は絶縁物に対するPEEM観察においてもカーボンコートが帯電防止膜として極めて有効であることを示している。また、今回採用した約 1 nm の帯電防止膜が存在しても、試料表面からの光電子の脱出を阻害せず試料の化学状態の情報が得られることがわかった。

 つぎに抽出した各領域間でのXASスペクトルの形状変化を考察する。Fig. 2 に示したXASスペクトルの強度は Ti-LIII 吸収端での変化が始まったエネルギー (456 eV) とピーク端部のエネルギー (462 eV) での強度を結ぶ線をバックグラウンドとして0にオフセットした後、ピークトップ (460 eV) の強度値を用いて規格化している。Fig. 2 中に拡大図で示したように 458 eV 付近のピークの強度はregion-1が最も高くregion-2、region-3、region-4、region-5となるに従ってわずかではあるが徐々に低くなっている様子が観察された。抽出領域の大きさを変えた場合にも同様な変化が見られたことからこのわずかな変化は有意であると判断した。つまり、この結果は電圧負荷試験によって誘電体中のTiの化学状態が正極と負極の間で段階的にわずかに変化していることを示唆する。

 第一原理計算によれば、酸素空孔の存在によりTiの配位環境が変化し、酸素空孔が 1% を超える濃度で存在すると 460 eV 付近のピークの低エネルギー側に小さなショルダーが現れることが指摘されている[11]。Fig. 2 に示したXASスペクトルでは 458 eV 付近のピーク強度のみが変化しており、460 eV 付近のピークのショルダーに変化は見られなかった。酸素空孔量の変化が小さかったためにこのショルダーが観察されなかった可能性はあるが、我々が調査した範囲では酸素空孔が存在することで 458 eV 付近のピーク強度のみが変化した第一原理計算の結果はなく、今回得られたTiの化学状態変化が酸素空孔起因であるとは判断できなかった。

 なお、Tiの化学状態変化をマッピング像として可視化するために、Ti-LIII 吸収端近傍でピークの規格化に利用できる数点のエネルギーについて短時間測定を交互に繰り返すことで統計精度のより高い積算画像を得ることを試みた。画像処理によるドリフト補正後に積算した各エネルギーでの画像に対して除算等の処理を行ったが、視野内でのX線強度ばらつきやバックグラウンドの影響が大きくマッピング像からの化学状態解析はできなかった。

 

今後の課題:

 今回の課題実施によりMLCCの誘電体層に対してカーボンコートを帯電防止膜として付与することでブロードニングのないXASスペクトルが得られることがわかった。さらに、XASスペクトルを抽出することにより Ti-LIII 吸収端近傍のピーク形状の変化を捉えることができ、絶縁抵抗負荷試験に起因するTiの化学状態変化が示唆された。しかしながら、この化学状態変化が酸素空孔に由来するか否かは判断できなかった。

 今後、この化学状態変化が酸素空孔由来か否かについて実験、計算の両面から検討していく。

 また、今回の実験ではXASスペクトルの変化がわずかであったため化学状態の定量的な分布をマッピング像として得ることはできなかった。化学状態のわずかな変化を定量的な分布として可視化するにはより良好なS/NのPEEM像を得ることが可能な装置の開発とノイズの多いデータから物理的に意味のある信号を抽出できる画像解析技術が必要と考える。

 

参考文献:

[1] I. Burn and G. H. Maher, J. Mater. Sci. 10, 633 (1975).

[2] Y. Sakabe and H. Seno, U. S. Pat. No. 4 115 493 (1978).

[3] H. J. Hagemann and H. Ihrig, Phys. Rev. B 20, 3871 (1979).

[4] G. Y. Yang et al., J. Appl. Phys. 96, 7492 (2004).

[5] Y. Hamaji et al., in Proceedings of the Seventh US-Japan Seminar on Dielectric and Piezoelectric Ceramics, Tsukuba, Japan, 14–17 November 1995, Tsukuba, Japan, IV-5, 273 (1995).

[6] T. Oyama et al., Phys. Rev. B 82, 134107 (2010).

[7] 尾山貴司、西村仁志、SPring-8/SACLA利用研究成果集, 4(1), 128 (2016).

[8] E. Bauer, Ultramicroscopy 119, 18 (2012).

[9] F.Z. Guo et al., Rev. Sci. Instrum. 78, 066107 (2007).

[10] 大河内拓雄、表面科学, 34, 586 (2013).

[11] S. Ootsuki et al., Appl. Phys. Lett. 99, 233109 (2011).

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(Received: June 8, 2018; Early edition: October 30, 2018; Accepted: December 17, 2018; Published: January 25, 2019)