SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

環境温度を考慮したリチウムイオン2次電池 in situ XRD測定法の開発
Development of in situ XRD for Lithium-ion Batteries Considering Working Temperature

DOI:10.18957/rr.7.1.61
2014B3373, 2015B3373 / BL08B2

東 遥介, 高橋 照央, 末広 省吾

Yosuke Azuma, Teruo Takahashi, Shogo Suehiro

(株)住化分析センター 技術開発センター

Sumika Chemical Analysis Service, Ltd. Technology Innovation Center

Abstract

  リチウムイオン電池の充放電に対する作動環境温度の影響を解析するため、温調機能を有する in situ 測定系を構築し、高温(80°C)・低温(-10°C)における in situ XRD測定を実施した。各条件で室温(25°C)とは異なった活物質の構造変化が観測され、本分析法により新しい知見が得られることが示唆された。


Keywords: リチウムイオン電池,in situ 分析


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背景と研究目的:

 リチウムイオン電池は現代生活に不可欠なデバイスであり、その用途はスマートフォン等の電子デバイス、自動車、定置用と様々である。それゆえ時に過酷な(室温以外での)環境下で使用される場合があるが、他方で性能向上や高い安全性を要請され続けている。電池駆動状態で材料の挙動が把握できる in situ 分析は、近年盛んに実施され、電池開発に貢献している分析法である。しかし、ほとんどの事例は室温条件の測定結果であり、環境温度を考慮したものは少ない。そこで我々は、正・負極の活物質構造を、電池駆動状態で、かつ環境温度を制御しながら計測する方法を検討した。本課題では代表的な温度として、高温(80°C)および低温(-10°C)での測定を実施し、室温(25°C)での結果と比較した。

 

実験:

 測定に利用するラミネート電池は以下の手順にて作製した。正極にはNCA(Li(Ni0.8Co0.15Al0.05)O2))、負極には天然黒鉛、電解液に非水系電解液(電解質 1 mol/l LiPF6 を含むエチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)の体積比 1:1 混合溶液)を用い、正極と負極を1枚ずつ対向させたラミネートセルを製作した。作製したラミネートセルの厚みは約 0.5 mm であった。in situ 測定時の充放電レートは 0.5 C とした。

 XRD測定は兵庫県ビームラインBL08B2にて大型デバイシェラーカメラを利用し、透過法で実施した。測定に利用するX線のエネルギーは 16 keV とし、ビームサイズは V0.5 mm × H2.0 mm,カメラ長は 47 cm とした。検出器には2次元半導体検出器(PILATUS)を利用した。掃引角度は 2θ で 8° から 14° とし、キャピラリーに充填したSi粉末で装置の角度を校正したのち、キャピラリーの位置をカメラ上でマーキングしておき、そこに試料となるラミネート電池を配置した。充電開始後30秒ごとに 各測定の露光時間を20秒としてXRDプロファイルを取得した。

 温調機構は光路穴付きのペルチェ素子とAl板を用いて、ラミネート電池を両側から挟み込むように設計・実装した[1]。ペルチェ素子の冷却には水冷のヒートシンクを用いた。光路穴付近に熱電対を設置し、温度を一定として測定した。

 

結果および考察:

(1) 80°C の測定結果

 図1(上)に 80°C の in situ XRDプロファイルと充放電曲線を示した。9.0° から 9.4° 付近のピークが正極のNCA 003に、12.0°、及び 12.6° 付近のピークが負極のC(カーボン) 002ピークにそれぞれ対応し、リチウムイオンの挿入・脱離によるc軸方向の結晶構造変化が観測された。図1(下)に 25°C のデータを併せて示した。80°C と比較すると80°C での測定では、①充電中の正極構造の推移の違い、②充電中の負極ピークの推移の違い、③充電終了後にカーボンのピークが充電前と一致していない点が特徴的であった。以下にそれぞれに関して考察する。Niを主体とした正極活物質では、H1、H2相とよばれる2つの結晶相の存在が既報により報告されている[2]。図2(a)、(b)に、25°C および 80°C の条件でのNCA 003ピークの経時変化を示した。それぞれの条件で、NCA 003のピークは充電中に2つに分裂していることが確認できる。25°C では、H1、H2相に対応する各ピークの強度は充電中に大きな変化がなく、各々の結晶相はほぼ一定量を保っていた。一方で、80°C ではH1相が減少し、もう片方のH2相が増加した。原因は不明だが、80°C の充電時はH1相がH2相に変化したと推察される。

図1(上) 80°C における測定結果 (下) 25°C における測定結果

図2 (a)25°C, (b)80°C におけるNCA(003)ピークの時間推移

 

 80°C における負極のピークは、室温における充電時と異なり、20分頃に2つのピークに分裂する様子が観測された。既報[3]によると Li1-xC54 と帰属されるピークであり、他ピークに比べ Li 挿入量の低い状態であると考えられる。高温に伴い負極中の Li 拡散速度が増加するため、当該ピークが観測されたと考えられる。

 ③に関しては、今回作製した電池の性能が十分でなく、放電が十分に出来なかったためと考えられる。今回作製した電池は、室温における充電容量が理論容量(22.25 mAh)の約70%であった。同じラミネート電池を測定系に載せずに充電した際もほぼ同様の充電容量であったため、測定系の問題ではなく、作製した電池自体の作りこみに起因する問題と考えられる。

 

(2) -10°C の測定結果

 図3に -10°C における in situ XRDプロファイルと充放電曲線を示した。充放電容量が大きく低下したため、正極・負極の結晶構造の変化量も減少したと考えられる。また、充電中において、時間に対して不連続なピークが 10° 付近や 13° に観測された。これを考察するため、充電後60 分における二次元検出器のデータを図4に示した。NCA 003およびC 002のピークは均一なデバイ・シェラー環を示しているのに対し、当該ピークはスポット状の回折信号に起因することがわかった。

図3 -10°C における測定結果

図4 充電後60分における検出器画像

 

 これらピークの帰属のため、試料を -10°C に冷却した際のXRDプロファイル(in situ 試験前)と、その後同一試料で充放電を実施した後のXRDプロファイル(in situ 試験後)を比較した(図5)。測定後のみに出現したXRDピークをICDDデータベースと照合したところ、電解液成分であるECであることが示唆された。

図5 -10°C の in situ 試験前後におけるXRDプロファイル

 

 生成原因を考察するため、電解液のみをラミネート袋に入れた試料を -20°C まで冷却して測定を行った。図6に示すとおり、ラミネート袋に起因するピークのみ観察され、-20°C においてもECのピークは観測されなかった。その原因として、電極やセパレーター内に含まれる微細孔の存在や、充放電反応に伴う発熱・吸熱反応が生成に寄与していることを推測しているが、詳細は未だ明らかになっていない。

図6 電解液のXRD測定結果

 

まとめと今後の課題:

 温調機能を有する in situ XRD法の構築と、SPring-8 BL08B2のXRD測定系の活用により、従来法(室温)では観測されなかった現象を捉えることが出来た。今後は本手法の他材料系への適用を検討し、リチウムイオン電池の高性能化に貢献していきたい。

 

参考文献:

[1] 特開 2017-090254.

[2] X.-Q. Yang et al., Electrochem. Commun., 4, 649 (2002).

[3] V. Zinth et al., J. Power Sources, 271, 152 (2014).

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(Received: March 23, 2018; Early edition: October 30, 2018; Accepted: December 17, 2018; Published: January 25, 2019)