SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.1

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

Crドープ超ナノ微結晶ダイヤモンド/アモルファスカーボン混相膜のHAXPES測定
Hard X-ray Photoelectron Spectroscopy of Cr Doped Ultrananocrystalline Diamond/Amorphous Carbon Composite Films

DOI:10.18957/rr.7.1.24
2014B1426 / BL47XU

花田 賢志a,冨永 亜希a,楢木野 宏a,杉山 武晴a,神谷 和孝a,池永 英司b,吉武 剛a

Kenji Hanadaa, Aki Tominagaa, Hiroshi Naraginoa, Takeharu Sugiyamaa, Kazutaka Kamitania, Eiji Ikenagab, Tsuyoshi Yoshitakea

a九州大学, b(公財)高輝度光科学研究センター

aKyushu University, bJASRI

Abstract

 数 nm のダイヤモンド結晶がアモルファスカーボン中に凝集した構造を持つ超ナノ微結晶ダイヤモンド/アモルファスカーボン混相膜の成膜中に in-situ で Cr ドーピングを試みた。成長膜のVSM測定を行ったところ強磁性の発現が見られた。強磁性発現の起源を調べるために硬X線光電子分光により膜の内部を調べた結果、膜内部に Cr–C 結合が存在していることが明らかとなった。強磁性発現の起源としては、Cr–C 結合を形成している Cr が膜内部のナノ結晶ダイヤモンドの結晶格子内に存在して成長膜の強磁性発現に寄与した可能性が考えられる。


Keywords: 超ナノ微結晶ダイヤモンド、HAXPES、同軸型アークプラズマ堆積法


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背景と研究目的:

 スピントロニクス材料として広く研究されている磁性半導体(In,Mn)As、(Ga,Mn)As 等はキュリー点が低く室温で磁性を示さないという課題があるが、Bドープp型ダイヤモンドは Cr ドープにより Cr2+ が結晶格子内に入り高いキュリー点を示すことが理論的に予測されており[1]、室温での強磁性発現の可能性を持っている。炭素を資源とするダイヤモンド系薄膜を磁性半導体化できれば、低コストかつ高温で機能する磁性半導体材料の実現につながる。次世代の電子デバイスを担うスピントロニクス材料の開発は、緊急に推進すべき研究である。

 数 nm のダイヤモンド結晶がアモルファスカーボン中に凝集した構造を持つ超ナノ微結晶ダイヤモンド (UNCD: Ultrananocrystalline diamond) /アモルファスカーボン混相 (UNCD/a-C) 膜の成長に、我々は世界で初めて同軸型アークプラズマ堆積 (CAPD: Coaxial Arc Plasma Deposition) 法を用いて成功している。CAPD法は、低温成長が可能でかつ非平衡性が強く、原料の黒鉛に他元素を添加するだけで膜成長中に in-situ での他元素ドープが可能である。我々は,UNCD/a-C膜への Cr、B の共ドープさらには Cr のみのドープによる高キュリー点を持つ磁性半導体膜の創製、加えてその磁性発現機構の解明を研究目的としている。Cr を 10 at% 添加した黒鉛を用いてCAPD法により成長させた膜の振動試料型磁力計 (VSM: Vibrating Sample Magnetometer) 測定を行ったところ、強磁性を示すヒステリシス曲線が見られた。また,10 at% Cr ドープ膜の透過型電子顕微鏡 (TEM: Transmission Electron Microscope) 測定で得られた電子線回折像にダイヤモンド結晶由来と考えられる回折光が見られ、暗視野像から結晶粒径が 3–7 nm と見積もられ、膜中のUNCD結晶の形成が示唆された。

 本研究では、10 at% Cr をドープした黒鉛を原料として成長させた超ナノ微結晶ダイヤモンド膜を対象として、硬X線光電子分光 (HAXPES) を用いて,膜の酸化された最表面を避けた膜内部の電子状態分析を行い、膜構造の情報を取得して磁性発現機構の解明のための知見を得ることを目的とした。

 

実験:

 10 at% の Cr のみをドープした黒鉛を原料として同軸型アークプラズマ堆積 (CAPD: Coaxial Arc Plasma Deposition) 法により Si 基板 (10×10 mm、厚さ250 µm) 上に厚さ数百 nm の膜を成長させた。基板ホルダーに取り付けたSi 基板と、720 µF のキャパシタンスに繋がっているプラズマガンにカソードとして取り付けた黒鉛原料を成膜チャンバー内に設置した後に、チャンバー内の空気を真空ポンプにより排気し水素ガスを流入させてガス圧を 53.3 Pa にした。プラズマガンに 100 V の電圧をかけて黒鉛原料をプラズマ化して黒鉛原料と向かい合うように設置してある基板に膜を蒸着させた。成長した膜のHAXPES (Hard X-ray Phtoelectron Spectroscopy) 測定をSPring-8/BL47XUで行った。試料ホルダーに固定した試料をロードロックチャンバーに導入し、充分に真空引きした後にメインチャンバーに移送し、電子分光器(Scienta,R-4000) を用いて光電子スペクトルを取得した。測定条件として励起エネルギーを 8 keV、膜の内部の構造の情報を取得するため脱出角度 (TOA) を 89度で行った。取得した光電子スペクトルは、ワイドスキャン、C1s、Cr2pである。試料温度は全て室温で測定を行った。

 

結果および考察:

 Fig. 1 に成長膜の光電子スペクトルを示す。炭素元素に由来する C 1s ピーク、Cr 元素に由来する Cr 2s、Cr 2p、Cr 3s、Cr 3p ピークが確認でき、成長膜内部に Cr 元素を添加できたことが確認できる。また、Si 2s ピークが確認できるが、これは膜を成長させた基板から検出されたものと考えられる。O 1s ピークも確認でき、チャンバー内の残留酸素が膜成長中に膜内部に混入したためと考えられる。


Fig. 1 UNCD/a-C膜の光電子スペクトル

 

 Fig. 2 に成長膜の C 1s 光電子スペクトルを示す。Fig. 2 の C 1s スペクトルを見てみると、284~285 eV 付近に強度の大きなピークが確認できる。このピークは C 1s ピークと考えられ膜中の炭素原子に由来すると考えられる。また、283 eV 付近に C–Cr 結合に由来すると考えられるピークを見て取ることができ、膜内部で Cr が炭素と結合して C–Cr 結合を形成していると考えられる。


Fig. 2 UNCD/a-C膜のC 1sの光電子スペクトル

 

 Fig. 3 に Cr 2p 光電子スペクトルを示す。Fig. 3 の Cr 2p スペクトルには、Cr–C 結合に由来するピークと Cr–O 結合に由来するピークが確認できる。このことから、膜内部では Cr 原子と炭素原子が結合して C–Cr 結合を形成しているだけでなく、酸素原子と結合して Cr–O 結合を形成している Cr 原子が存在していることが分かる。この Cr–O 結合は成膜チャンバー内のごく微量の酸素が膜成長中に炭素プラズマ内に侵入して膜内部に Cr 原子と結合して混入した可能性が考えられる。Cr–C 結合ピークと Cr–Cr 結合ピークは近接しているため、Cr–C 結合ピークと考えられるピークは Cr 金属析出によるCr–Cr 結合ピークも含有している可能性も考えられる。


Fig. 3 UNCD/a-C膜のCr 2pの光電子スペクトル

 

 今回のHAXPES実験により得られた C 1s スペクトルと Cr 2p スペクトルから、膜内部に Cr–C 結合が存在していることが示された。他方、VSM測定により成長膜が強磁性を持つことが示されている。これらのことから、Cr–C 結合を形成している Cr は膜中のナノ結晶ダイヤモンドの結晶格子内に存在し成長膜の強磁性発現に寄与した可能性が考えられる。

 

今後の課題:

 10 at% Cr を混入させた黒鉛を原料にCAPD法で成長させた超ナノ微結晶ダイヤモンド/アモルファスカーボン混相膜の内部で Cr が C–Cr 結合を形成していることが明らかとなり、この Cr が強磁性発現に寄与している可能性が示唆された。しかしながら、成長中にチャンバー内の残留酸素が膜内部に混入して Cr と結合して Cr–O 結合を形成していることも示された。膜中の Cr–O 結合を減らし C–Cr 結合を増やすことにより Cr ドープの磁性発現の効果を高められる可能性がある。成膜チャンバーの気密性を向上させることにより、チャンバー内の残留酸素の減少やチャンバー内への酸素の侵入の抑制を試み、膜内部の酸素原子の混入を減らすことが今後の課題として考えられる。

 

参考文献:

[1] E. M. Benecha et al., Physical Review B 84, 235201 (2011).



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ⒸJASRI

 

(Received: April 1, 2018; Early edition: November 28, 2018; Accepted: December 17, 2018; Published: January 25, 2019)