SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

異常分散X線回折法による電池正極材料LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2の構造解析
Structural Study of Lithium Battery Cathode Material LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2 by Anomalous Dispersive X-ray Diffraction

DOI:10.18957/rr.7.1.49
2014B1605 / BL46XU

北原 周, 大園 洋史, 河野 研二, 世木 隆

Amane Kitahara, Hiroshi Ozono, Kenji Kono, Takashi Segi

株式会社コベルコ科研

Kobelco Research Institute, Inc.

Abstract

 Liイオン二次電池に用いられる3元系正極材 LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2 の結晶構造解析を行うため、異常分散X線回折法を検討した。電池劣化の一因とされるカチオンミキシングと遷移金属元素種の関係を調べるため、NiとCoの挙動に着目し、CoとNiの K 吸収端近傍の異常分散を利用した。充放電サイクル試験前後においてNiの異常分散X線回折強度に違いがみられ、CoよりもNiの方がカチオンミキシングに影響することが示唆された。


Keywords:異常分散X線回折、二次電池正極材料、層状岩塩構造、カチオンミキシング


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背景と研究目的:

 Liイオン二次電池の3元系正極材 LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2 (NMC)は層状岩塩構造(R-3m)を有する。Niイオンが酸化還元機構を担うこの材料の劣化機構として、粉末粒子表層におけるCubic相の生成[1]とカチオンミキシング[2]が知られている。後者は一般に、LiイオンとNiイオンのイオン半径が近いため、一部のNiイオンがLiサイトを占有すると考えられている。しかし、共存するMnやCo等の遷移金属元素も同様の振る舞いを示す可能性はあり、カチオンミキシングの元素依存の影響は十分わかっていない。

 粉末X線回折とリートベルト法は、カチオンミキシングのサイト占有率を定量解析できる手段として挙げられる。しかしながら、Ni、Co、Mnは原子番号が近いために適切なモデル構築は困難で、解析値の妥当性に注意を要する。近年、Ni-61核をプローブとしたメスバウアー分光法によって、Ni系活物質に適用する試みが始められている[3, 4]。例えば、LiNiO2 において遷移金属サイトとLiサイトを占有したそれぞれのNiについて、磁性の違いを利用して分離した[3]。NMCの磁性は共存元素との交換相互作用に支配されるので、MnやCoのカチオンミキシングと充放電サイクル試験依存性についての情報が元素選択的に得られる手段が求められる。

 そこで、本課題では異常分散X線回折法に着目し、NMCの充放電サイクル試験を行い、元素ごとの影響評価を検討した。CoとNiの K 吸収端近傍では異常分散により散乱能の変化が大きいため、CoとNiに由来する回折強度の元素依存性が観察されると期待した。

 

実験:

 Liイオン二次電池の正極材には3元系正極材 Li(Ni1/3Mn1/3Co1/3)O2 を用いた。電池を作製後、充放電サイクル試験を 2.4 V と 4.3 V 間の電圧、262 mA/g のレート(約 2C)で行った。充放電サイクル試験後に不活性雰囲気中で電池を解体し、電解液を十分除去した後、Al箔上の正極材を大気中に取り出した。最後に大気中で正極材とバインダー混合粉末をAl箔上から掻き落として、X線回折の試料に供した。充放電サイクル試験前の粉末試料 (NMC0)と、440回(NMC440)、および661回(NMC661)の充放電サイクル試験後の粉末の3水準を用意した。

 異常分散X線回折はSPring-8のBL46XUにあるHuber 8軸回折計にて測定した。X線はSi 111の2結晶分光器にて分光後、2枚のRhコートミラーにて集光かつ高次光除去した。分光器角度とアンジューレータギャップを連動させながらエネルギー走査して得たNi箔の K 吸収端から、入射エネルギーを校正した。試料の原子散乱因子の異常分散項を決定するため、NMC0のXAFSスペクトルを測定した。樹脂テープに塗布したNMC0粉末の Co K 端と Ni K 端のXAFSスペクトルを図1(a)と図1(b)にそれぞれ示す。XAFSスペクトルからは異常分散項虚部 f ’’ (E)の情報が得られる。その吸収端近傍において、Kramers-Kronigの分散関係に従って、異常分散項実部 f ´(E)は小さな値になる[5]。図1(a)と図1(b)のXAFS結果を参考にして、異常分散によって元素選択的な散乱能の変化が得られる条件を決めた。Coで 7.500 keV と 7.704 keV、Niで 8.250 keV と 8.324 keV のエネルギーを選択してX線回折測定した。参考のため、Ni、Mn、Coの3元素の孤立原子の原子散乱因子計算値の平均値と測定に用いたエネルギーの関係を図1(c)に示す。異常分散項実部 f ´(E)はIFEFFITのHEPHAESTUS [6]を用いて計算した。


図1. (a) NMC0のCo K 端近傍のXAFSスペクトル。試料の前のイオンチェンバーの入射強度 I0、透過強度 I1。 (b) NMC0のNi K 端近傍のXAFSスペクトル。(a)と(b)中の赤矢印はそれぞれ、X線回折測定したエネルギー 7.704 keV と 8.324 keV。(c)孤立原子を仮定した原子散乱因子と測定エネルギーの関係。Co、Ni、およびNi-Co-Mn 3元素(NMC)の平均値をそれぞれ実線で、実験で用いたエネルギーをNMC 3元素の平均値上にドットで示してある。

 

 粉末試料はX線回折用ガラス試料板に掘られた 25×25×0.2 mm3 の凹部に充填して、回折計の試料ステージ上で保持した。大気中でX線を粉末試料表面に照射して、θ-2θ 走査によってX線回折を測定した。入射X線と回折X線の減衰や空気散乱を極力低減させるため、試料前後に真空に封じた塩化ビニル製チューブを設置し、入射X線と回折X線を通した。検出器はNaIシンチレーション検出器を用いて、Al箔の吸収板を検出器前に設置して、検出器の線形性が保てる範囲で回折測定した。また、入射X線が試料で励起する蛍光X線を除去することは、シンチレーション検出器のエネルギー分解能では困難である。そのため、LiF 200アナライザー分光器を使用して、入射X線のエネルギーのみを検出できるようにした。各エネルギーにおいて、2θ のステップ間隔を 0.01º から 0.02º とし、ステップごとに 0.5秒積算し、低エネルギーの 7.500 keV の条件で 17.5º から 90.5º の範囲、高エネルギーの 8.324 keV の条件で 16.5º から 83.0º の範囲で回折が観測される角度範囲を断続的に θ-2θ 走査した。異常分散の影響が無視できるガラスも測定した。ガラスのハローパターンの強度と入射強度を用いて、各エネルギーの測定強度を規格化した。

 

結果および考察:

 カチオンミキシング評価の際よく用いられる[2] 層状岩塩構造の003回折と104回折の異常分散X線回折測定結果を図2に示す。横軸は 2θ からエネルギー依存しない波数 q に変換した。Co K 吸収端近傍 (7.500 keV、7.704 keV)の測定結果は Ni K 吸収端近傍(8.250 keV、8.324 keV)での測定結果に比べて、3試料すべてで回折強度が高い傾向を示した。測定強度の規格化法として不十分な可能性がある。以下、エネルギーが離れたCoとNiの K 吸収端近傍の測定結果同士の比較ではなく、Coの K 吸収端近傍 7.500 keV と 7.704 keV の2条件間、およびNiの K 吸収端近傍 8.250 keV と 8.324 keV の2条件間においては、相対的に強度比較ができると仮定した。


図2. 層状岩塩構造003回折の各試料のエネルギーごとのX線回折測定結果、(a) NMC0、(b) NMC440、(c) NMC661。104回折の各試料のエネルギーごとのX線回折測定結果、(d) NMC0、(e) NMC440、(f) NMC661

 

 図2より、NMC0 と NMC440、NMC661 では格子定数(表1)が異なるため、ピーク位置が異なっている。また、ピークの半値幅が広がっているため、充放電サイクル試験後の2試料は結晶性が低下していると推定される。回折計の装置関数を評価していないため参考値であるが、シェラーの式で算出される003回折の結晶子サイズは、NMC0 で 280 nm、NMC440 で 230 nm、NMC661 で 220 nm になる。003回折の強度はCoの K 吸収端近傍の2条件では、3試料とも大きな強度変化がみられなかった。一方、Ni異常分散の2条件では、NMC0 では強度差があるのに対し、サイクル試験後の NMC440 と NMC661 はわずかな強度差しか確認できなかった。104の回折強度についても、 003とおおよそ同じ傾向であった。この結果より、NMC0 の結晶構造は充放電サイクルが進むと、格子定数や結晶子サイズに加えて、Niの溶出による化学量論的変化やLiとNiのサイト間置換などの変化があると考えられる。Niに比べると、Coは充放電サイクル試験後も初期構造からの変化は少ないと考えらえる。

 層状岩塩構造の結晶構造モデルと NMC661 の透過電子顕微鏡(TEM)像を図3に示す。初期構造では観測されないLiの 3aサイト[1, 7]に、NMC661では遷移金属が置換している結果が得られている。この結果を参考にして、層状岩塩構造のLi の 3a サイトと遷移金属の 3b サイトが劣化にともないカチオンミキシングして、サイト間置換しているモデルを考える。Liと置き換わる遷移金属は、異常分散X線回折結果よりNiのみとした。3a サイトはLi欠損による占有率1以下も許し、3b サイト占有率は合計1となるようにして計算した。本課題で測定した結果は回折ピーク数が少ないため、リートベルト解析で安定した収束値が得られなかった。そのため、Cuの特性X線を用いて実験室のブラッグ-ブレンターノ型光学系で測定した結果をリートベルト解析[8]した。図4に実験室X線回折測定結果とフィッティング結果、表1にリートベルト解析により得られたパラメータを示す。Li元素の 3a サイト占有率はサイクル数0から440にかけて減少し、440と661は変化しない。Ni元素の 3b サイト占有率も同様に、サイクル数0から440にかけて減少し、440と661は変化しない。Ni元素のサイト占有率のこれらの挙動は、図2で示した NMC0 においてみられたNi異常分散の強度差が、NMC440 と NMC661 では観測できなかった結果を説明するものと考えられる。しかしながら、TEM結果から期待された充放電サイクル数の増加に従って、Ni元素の 3a サイト占有率が増加する傾向は得られなかった。また、3b サイトにおいては、Niの減少に伴い、Mnが増加する傾向が得られており、Mnの影響も無視できないと考えられる。


図3. (a) LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2 層状岩塩構造の単位格子モデル。(b) NMC661のHAADF-STEM (High-angle Annular Dark Field Scanning TEM)像。

 

表1. 実験室X線回折測定とリートベルト結果より得られたパラメータ



図4. 実験室X線回折測定結果とリートベルト解析結果、(a) NMC0、(b) NMC440、(c) NMC661。

 

 本課題で3元系正極材量 Li(Ni1/3Mn1/3Co1/3)O2 を試料に用いて、CoとNiの異常分散X線回折測定を検討した。初期状態で同じサイトを占有する遷移金属の結晶構造の変化が、元素選択的な回折強度の変化として観測されたと考えられる。充放電サイクル数の増加により、NiはカチオンミキシングしてLiとサイト間置換し、一方で、Coは動きにくいことが示唆された。また、リートベルト解析によるNiのサイト占有率の計算結果は定性的に異常分散X線回折で得られた強度の変化と一致した。

 

今後の課題:

 異常分散X線回折から結晶構造をより精密に解析するには、装置定数や試料の吸収量などの補正をして、回折強度の絶対値化することが有用と考えらえる。Ni、Co、Mnの3元素の異常分散X線回折を取得するのにBL46XUの実験セットアップは適している。Mn異常分散を用いれば、Mnの挙動を直接観察できる可能性がある。そのため、Mnの異常分散の測定も強度の絶対化とともに検討したい。

 

参考文献:

[1] F. Lin, et al., Nature Communications, 5, 3529 (2014).

[2] Y. Idemoto, et al., Electrochemistry, 74, 752 (2006).

[3] V. Ksenofontov, et al., Hyperfine Interact. 139, 107 (2002).

[4] T. Segi, et al., Hyperfine Interact. 237, 7 (2016).

[5] Y. Waseda, “Anomalous X-ray Scattering for Materials Characterization: Atomic-Scale Structure Determination”, Springer, 2002, Chapter4, P. 39.

[6] B. Ravel and M. Newville, J. Synchrotron Rad., 12, 537 (2005).

[7] T. Segi, et al., JPS Conf. Proc. 5, 011014 (2015).

[8] F. Izumi and K. Momma, Solid State Phenom., 130, 15 (2007).

 

ⒸJASRI

 

(Received: March 29, 2018; Early edition: August 24, 2018; Accepted: December 17, 2018; Published: January 25, 2019)