Volume7 No.1
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
圧力下における炭化イットリウムの合成と結晶構造
Synthesis and Crystal Structure Analysis of Yttrium Carbides under High Pressure
a(株)イムラ材料開発研究所, b岐阜大学
aIMURA Material Co., Ltd., bGifu University
- Abstract
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本課題では炭化イットリウムの一種の Y2C3 の圧力下における構造と物性の確認を目的としている。今回、レーザー加熱システムを用いた試料合成によりDiamond Anvil Cell(= DAC)の試料室内に Y2C3 と他の炭化イットリウム化合物を含む混相試料を合成し、Y2C3 と炭化イットリウムの結晶構造の加圧による影響を調べた。その検証の結果、Y2C3 の Pu2C3 型構造の圧力印加に対する安定性や他の炭化イットリウム化合物の構造変化の兆候を確認した。
Keywords: 炭化イットリウム、高圧下X線回折実験、結晶構造解析
背景と研究目的:
車載部品電動化による電気エネルギーの高効率運用が望まれている。そこで我々は超電導材料の応用利用をターゲットとし研究開発を進めている。応用利用に向けた課題の一つが「既存超電導体の Tc は低く、利用には寒剤や冷却装置等のコストと場所が常に必要」な点である。我々は既存超電導材料による応用製品化を進めるとともに、この問題の解決のため“より高い Tc を有す新超電導材料の開発”を行っている。
常温常圧下で気体の硫化水素は 200 GPa という超高圧下で Tc = 200 K の超電導を示す圧力誘起超電導体である[1]。ただし非常に高い圧力を発生させる必要があるため再現には熟練した技術が不可欠となる。そこで我々は同じBCS系超電導体を対象に、取り扱いが容易でより低圧で高い Tc を取り出せる超電導体の開発を試みている。その対象の一つとして着目したのが二元系炭化イットリウム(Y-C)化合物である。
二元系Y-C化合物は合成圧力・温度により多彩な結晶構造をとり、そのほとんどが低温で超電導を示す[2]。また超電導状態には軽元素: Cの関与が大きいことが示唆されている[3]。その一つである Y2C3 は、Pu2C3 型構造(正方晶)の結晶構造中に含まれるC-Cダイマー長が合成圧力(Ps = 2 GPa ~ 5 GPa)・温度(Ts = 1000°Ϲ ~ 1500°Ϲ)で変わり、電子状態と Tc が変化する。Y2C3 は P < 2 GPa までの静水圧による実験で dTc/dP = 0.2 K/GPa ~ 0.35 K/GPa の Tc 変化を示す[4]。したがって、Y2C3 はさらなる圧力効果で高い Tc を示す超電導体の候補と考えている。ただし、現在のところ P > 2 GPa の圧力下での結晶構造や物性については未解明である。そこで今回 Y2C3 を主なターゲット物質とし、圧力下における結晶構造・物性について検証を行うことを目的に実験を進めた。
実験:
原材料に単体のイットリウム(Y)と炭素(C)の粉末を用い、Y:C = 2:3で秤量・混合後、混合粉末をDACの試料室に充填し実験を行った(Fig. 1)。試料合成で用いた原材料のY粉末は、不活性ガス下でアンプルから出した後にフルイ掛け(~75 µm pass)することで粒径の細かいものを選別して合成に用いている。今回の実験で使用したビームラインはX線回折実験用の高圧構造物性ステーションであるBL10XUを使用した。また使用したX線波長は 0.414 Å である。
(a) 混合粉末充填後のDAC
(b) 試料室断面概略図
Fig. 1 実験に用いたDAC ((a) 試料充填後のDAC、(b) 試料室断面概略図).
試料の合成は、BL10XUに常設されている両面加熱式レーザー加熱システムを用いて行った。レーザー加熱を行う際の試料室は Ps ~ 5 GPa 程度に加圧した状態を保持した。また試料合成時はフラットパネル検出器を使用したX線回折像の測定により、試料室内の化合による変化を常時確認しながら行った。試料合成は、X線回折像にあらわれる所定の変化が終了したところでレーザー加熱をとめ完了とした。
試料を充填したDACはレーザー加熱による試料合成の後、低温・高圧実験用のクライオスタット及び加圧するためのガスメンブレンを取り付けX線回折測定を行った。また電気抵抗測定は、DACの試料室内へ試料とともにPt電極を4本取り付け、このPt電極による四端子法で測定を行った。
X線回折像の測定にはイメージングプレート検出器を使用した。圧力調整は冷凍機内に導入した高圧ヘリウムガスにてDACに取り付けたメンブレンを駆動することにより行い、ビームラインに設置されたラマン分光システムにてルビー蛍光とダイヤモンドアンビルのラマン散乱スペクトルを観測して圧力を計算した。構造変化の確認は主に低温の T = 7 K 付近で行っている。構造変化の確認に用いるデータはX線回折像より一次元化したX線回折図(I - 2θ データとして使用)を用いた。
結果および考察:
レーザー加熱を用いた試料合成の結果、今回の実験での目的試料である Y2C3 を含む混相試料を合成することができた。ただし、試料中に含まれる Y2C3 の割合は非常に少ない状態であることが判明した。合成した試料中には原材料のYとYCが多量に含まれており、またイットリウム酸塩化物である YOCl の析出がおきていることがわかった。Yの粒径がC粉末に対し大きかったため、粉末充填時の不均質やYとCの接触面積が十分に確保できなかったことが考えられる。またY表面の酸化を完全には防ぎきることができていなかったため、DACの試料室の絶縁材として用いた NaCl とY粒表面の酸化物が反応し YOCl の生成がおきたと考えられる。ただし、試料室の全体ではないものの部分的には Y2C3 が多く合成されている部分が存在していることがわかった(Fig. 2(a))。この試料を用い、加圧により Y2C3 がどのような影響を受けるかの検証を行った。また今後の Y2C3 の試料合成においても今回確認された相が不純物として混入することが想定されることから、これらの相の加圧による影響の確認も行った。
Fig. 2 合成した試料の粉末X線回折図 ((a) P = 5 GPa 程度時、(b) P = 10 GPa 程度時、(c) P = 20 GPa程度時).
試料室への印加圧力: P = 10 GPa 程度において、試料合成時の Ps = 5 GPa 程度のときと比較してX線回折図が変化していることが判明した(Fig. 2(b))。またYCと Y2C3 の回折ピーク強度の大小が反転することもわかった(Fig. 2(a)及びFig. 2(b)の挿入図)。Y2C3 は Pu2C3 型構造は、P = 10 GPa 程度でも維持されていると考えられる。さらに加圧し P = 20 GPa 程度となると、低圧下で確認されていたYC, YC2, Y2C3 に起因する回折ピークを確認することが困難となることが判明した(Fig. 2(c))。また 2θ= 7° ~ 10° の領域に非常に半値幅の大きいブロードな回折ピークがあらわれることもわかった。加圧によりあらわれたブロードな回折ピークに起因する相の構造は現在のところ特定できていない(unknown相)。Fig. 3に、2θ = 7° ~ 9° の領域に現れる回折ピークの圧力依存性を示す。Y2C3 に起因する回折ピークは加圧により高角側へ系統的にシフトしていく傾向がみられる(Fig. 4)。これは、印加圧力増大に伴い格子定数が減少するためと考えられる。一方で、YCは P = 10GPa 程度で Y2C3 より回折強度が低くなることから、試料中のYCの含有量が減少していることが考えられる。また、YCの回折ピークが存在していた回折角周辺に非常にブロードなピークが出現していることが確認できる。このブロードな回折ピークは加圧とともに強度が強くなり、P = 20 GPa 程度の加圧時に確認されたunknown相のブロードピークを形成しているように見える。P ≧ 10 GPa において、YCの回折強度ピークが減少するとともに、新たな相が出現・成長したことを考慮すると、一つの可能性としてunknown相はYCに起因した新たな相(構造相転移後の高圧相など)の可能性が考えられる。Y2C3 に関しては、unknown相の成長に伴い、Y2C3 に起因する回折ピークも確認しづらくなっていくことがわかった。Y2C3 は少なくとも P ~ 14 GPa までは Pu2C3 型構造を維持できると考えらえるが、それ以上の圧力では維持できず構造相転移をおこしている可能性も考えられる。
Fig. 3 合成した試料の粉末X線回折図の圧力依存性 (2θ = 7° ~ 9° の範囲の拡大図).
Fig. 4 Y2C3 に起因する回折ピークの回折角位置の圧力依存性.
今後の課題:
今回、DACの試料室内に Y2C3 を含む混相試料を合成することができた。ただし、Y2C3 の量が少量(電気抵抗評価ができる伝導パスが形成できるほど量がなかった)であったことと抵抗測定過程での電極(Pt)の断線もあり、加圧による物性を評価することはできなかった。今後、まずは Y2C3 の高温高圧相試料もしくは再度DACの試料室内で合成した Y2C3 試料(原材料にYとCを一度アーク溶解しその後粉末にしたものを用いて合成)を使用し、電気抵抗率測定による超電導性の変化の検証を進めたい。また今回出現したYCに関連すると考えられるunknown相は圧力誘起による超電導相である可能性もあると考えられる。このunknown相についても今後結晶構造の決定を含めた検証を進めることを検討する。
参考文献:
[1] A. P. Drozdov et al., Nature 525, 73 (2015).
[2] 例えばG.Amano et al., J. Phys. Soc. Jpn. 73, 530 (2004).
[3] D. J. Singh et al., Phys. Rev. B 70, 052504 (2004).
[4] T. Nakane et al., Physica C 426–431, 492 (2005).
ⒸJASRI
(Received: May 22, 2018; Early edition: October 30, 2018; Accepted: December 17, 2018; Published: January 25, 2019)