SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume6 No.2

高強度XFELによる内殻電離状態の生成とその応用
Generation of Core-hole Atoms with Intense XFEL Pulses and Its Application

DOI:10.18957/rr.6.2.399
2014B8009 / BL3

犬伏 雄一a,b, 井上 伊知郎b, 登野 健介a,b, 矢橋 牧名a,b

Yuichi Inubushia,b, Ichiro Inoueb, Kensuke Tonoa,b, Makina Yabashia,b

a(公財)高輝度光科学研究センター, b理化学研究所放射光科学総合研究センター

aJASRI, bRIKEN SPring-8 Center

Abstract

 本研究は、X線可飽和吸収現象を利用して、XFELの短パルス化を目指して実施された。実験では銅の薄膜を試料として用い、そのK吸収端と同じ光子エネルギーのXFELを、2段集光光学系を用いて試料に集光照射し、短パルス化の実証を試みた。可飽和吸収現象を起こすことには成功したが、透過スペクトルのスパイクには変化が見られず、短パルス化を実証するには至らなかった。


Keywords: 可飽和吸収、高強度XFEL、アト秒パルス


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背景と研究目的:

 現状のXFELのパルス幅は 10 fs 以下であり、光学レーザーと組み合わせたポンプ・プローブ実験によりフェムト秒の超高速現象の観測が広く行われている。XFELパルス幅が更に短くなり、アト秒領域へと到達すると、更に超高速の現象の観測が可能になる。例えば、物質の内殻電子に関するオージェ過程や発光による脱励起などの原子過程はフェムト秒~アト秒領域の時間スケールであり、これらの現象の直接観測が期待される。

 我々はこれまでにSACLAにおいて、X線の可飽和吸収を観測した[1]。その実験では、2段集光光学系によりXFELパルスを集光し[2]、厚さ 20 µm の鉄の薄膜に照射、その下流側においてシングルショットのスペクトロメーター[3]で透過スペクトルを計測した。その結果、K吸収端の高エネルギー側での透過率上昇、すなわち可飽和吸収が観測された。この可飽和吸収は、XFELパルスの時間的に前の部分が内殻電離状態の原子を多数生成しX線吸収効率を変化させ、後続部分の透過率が上昇している。透過したXFELパルスは入射XFELパルスの後ろの部分のみに該当するためパルス幅が入射XFELパルスより短くなっている。この現象はXFELの高速スイッチングとして利用できる可能性があり、XFELの短パルス化への応用が期待される。シミュレーションでは、1021 W/cm2 の強度があれば、アト秒領域への短パルス化が可能であることが示唆されている。本研究課題では、アト秒領域の超短パルスX線の実現に向けた実証実験として、1019 W/cm2 オーダーの高強度XFELによって引き起こされる可飽和吸収現象を利用してXFELパルスの短パルス化を試みた。本実験では試料として銅(Cu)の薄膜を用いた。最近、Cuを用いたXFEL励起X線レーザーの発振が達成されており、その過程において可飽和吸収は重要な役割を果たしているためである[4]。

 

実験:

 実験セットアップを図1に示す。実験はSACLA BL3のEH5にて行われた。CuのK吸収端は 8.98 keV であり、XFELの中心光子エネルギーをそのK吸収端に合わせた。XFELのエネルギー幅はおよそ 50 eV(半値全幅)であった。XFELパルスは2段集光光学系により横方向 120 nm、縦方向 180 nm 程度に集光され、Cu薄膜に照射された。XFELパルスの照射により試料は破壊されるため、パルス毎に新しい面にXFELが照射されるように試料スキャンを行った。そして、試料の下流側にシングルショット・スペクトロメーターを設置し、透過スペクトルの計測を行った。

図1. 実験セットアップ。CuのK吸収端に光子エネルギーを合わせたXFELを2段集光光学系により集光し、銅の薄膜(厚さ 20 µm)に照射した。その下流側で透過スペクトルを計測した。

現在のSASE方式のXFELでは、スペクトルは細かいスパイク構造を持つ。時間領域と周波数領域にはフーリエ変換の関係があるため、スペクトルのスパイク幅からXFELのパルス幅を導出することが可能である[3]。シングルショット・スペクトロメーターはXFEL光軸上に設置した分光結晶とMPCCDカメラから成り、適当な分光結晶を用いることによりスペクトルの分解能と観測領域を選択することが可能である。フーリエ限界を仮定すると、スパイク幅とパルス幅の積は 1.8 eV*fs となる(それぞれ半値全幅)。現状のパルス幅は 10 fs 以下であるのでそのスパイク幅は 180 meV 以上であり、そこから短パルス化するとスパイク幅が増大する。例えばアト秒領域に入ると 1.8 eV 以上のスパイク幅となる。本実験では通常のSASE-XFELのスパイクと短パルス化したスパイクの両方を観測するため、上述の条件を満たすためにスペクトル分解能 100 meV 程度、観測領域 10 eV 程度が必要であった。尚、実際には電子ビームのチャープの影響等でスパイク幅が太くなるので、単純なフーリエ変換ではなく、FELシミュレーションと組み合わせた解析を行い、パルス幅を導出する。

 CuのK吸収端である 8.98 keV の場合、シリコン(Si)(444)を分光結晶として用いると分解能 70 meV、観測領域 13 eV が得られるため実験に必要な条件を満たすことができる。実験では、まず、観測領域 100 eV、分解能 1 eV となるSi(111)を用いて、可飽和吸収が生じていることを確認し、次にSi(444)を用いて、スパイクの観測を行った。

 

結果および考察:

 Si(111)を用いた場合に得られたスペクトルから導出した透過率を図2に示す。XFELの強度を上げていくと、CuのK吸収端の高エネルギー側の透過率が高くなっており、可飽和吸収現象の観測に成功した。そこで、分光結晶をSi(444)に変更し、シングルショットスペクトルを取得した。スペクトロメーターの観測領域は 9 keV を観測領域の中心とした。しかし、シングルショットでスペクトルのスパイクは観測できたものの、そのスパイク幅は、XFEL強度変化やCu薄膜の有無について、図3に示すように、有意な差は見られなかった。図3は、集光強度 1×1010 W/cm2 の場合と 2×1019 W/cm2 の場合の高分解能シングルショットスペクトルを示したものである。FELシミュレーションによると、パルス幅の変化率に対してスパイク幅の変化率の方が小さい。さらに、XFELスペクトルにはパルス毎の変化もあるため、多少のパルス幅短縮が起きていたとしても、スパイク幅の変化が観測できていなかったと考えられる。多くの統計をとれば差異が見えてくる可能性もあるが、それでも現状の条件では大きなパルス幅短縮が起きていることは考えにくい。

   

図2.Si(111)を用いたスペクトロメーターで得られた透過率。XFEL強度が高くなるにつれて、K吸収端の高エネルギー側の透過率が上昇する可飽和吸収が観測された。

   

図3.Si(444)を用いた高分解能スペクトロメーターで得られた、Cu 20 µm を透過したXFELパルスのシングルショットスペクトル。(a)XFEL集光強度集光強度 1×1010 W/cm2、(b) 2×1019 W/cm2

 

今後の課題:

 本実験では、可飽和吸収現象は観測されたが、スペクトルのスパイク幅の有意な変化が見られなかった。劇的なパルス幅短縮があれば、明瞭なスパイク幅の変化が観測できると期待される。そのために、現状よりも高いXFEL集光強度の実現を目指している。

 

参考文献:

[1] H. Yoneda, et al., Nature Commun., 5, 5080 (2014).

[2] H. Mimura, et al., Nature Commun., 5, 3539 (2014).

[3] Y. Inubushi, et al., Phys. Rev. Lett., 109, 144801 (2012).

[4] H. Yoneda, et al., Nature, 524, 446 (2015).

 

ⒸJASRI

 

(Received: March 30, 2018; Accepted: July 3, 2018; Published: August 16, 2018)