SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume1 No.2

Section B : Industrial Application Report

皮膚角層細胞間脂質ラメラ構造の構造変化評価パラメータの確立と製剤成分の機能評価
Establishment of Structural Change Evaluation Parameters of Intercellular Lipid Lamellar Structure in Stratum Corneum and Evaluation of Components of Cosmetic/Pharmaceutical Formulation Using Those Parameters

DOI:10.18957/rr.1.2.52
2011B1831 / BL40B2

小幡 誉子a, 太田 昇b, 八木 直人b, 八田 一郎b, 髙山 幸三a

Yasuko Obataa, Noboru Ohtab, Naoto Yagib, Ichiro Hattab, Kozo Takayamaa

a星薬科大学, b(公財)高輝度光科学研究センター

aHoshi University, bSPring-8/JASRI

Abstract

 ヒト角層を用いてジメチルスルホキシドの細胞間脂質のラメラ構造への影響を検討したところ、細胞間脂質の充填構造を液晶化すると同時に角層細胞にも大きな影響を与える様子が観察された。したがって、外用剤に溶剤として繁用されるジメチルスルホキシドは、細胞間脂質および角層細胞の双方に働きかけて薬物の皮膚透過経路を拡大している可能性が示唆された。また、この挙動はすでに明らかになっているエタノールと類似していた。


キーワード: 角層細胞間脂質、ラメラ構造、ジメチルスルホキシド、経皮吸収型製剤、外用剤

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背景と研究目的:

 高齢化社会へと向かう時代背景のなかで、近年、「抗老化(アンチエイジング)」に対する関心が非常に高まっており、外見の「若さ」へとつながる皮膚の抗老化手法の研究が盛んである。

 なかでも、美白やしわ対策に特化した成分が次々と製品に加えられ、抗老化成分研究は飛躍的に進歩している。しかしながら、これらの成分は基本的に皮膚表面のみならずその下部の効果発現部位に到達できて初めて効能を発揮することが可能になる。このためには、これらの成分が皮膚の表面にある「角層」を透過することが必要不可欠な条件である。しかしながら、角層は異物侵入や体内水分の蒸散を防ぐための物理的バリアとして働いており、なかでも角層のバリア機能の中心は、細胞間脂質が形成するラメラ構造であることが知られている。このため、通常の状態では、美白剤や抗しわ剤の成分を外部から塗布するだけで皮膚内部に直接到達させることは難しい。そこで、製剤中に目的とする主成分を角層のバリア機能を損なうことなく、必要な個所に送り届けることを手助けする成分を配合すれば、より効果の優れた製剤開発が可能である。今回は、ジメチルスルホキシド(DMSO)に着目して詳細な解析を行った。

 

実験:

角層の剥離・処理:

 トリプシン処理により皮膚組織から剥離したヒト角層(BIOPREDIC International, Rennes, France)を洗浄・乾燥後、溶液セルに充填した。

X線回折測定:

 SPring-8 BL40B2において小角・広角X線回折測定を行った。波長0.83 nm(15 keV、5 × 1010 photons/sec)、試料から検出器までの約500 mmを真空引きし、300 mm × 300 mmのイメージングプレートを用い、露光時間は30秒として回折像を取得し解析を行った。カメラ長の較正にはベヘン酸銀(d = 58.38 nm)を使用した。

化合物の物理化学的特性値の算出:

 Chem Draw Ultra (Cambridge Soft, MA, USA)に構造式を記述することで得られた変数を用いた。

 

結果および考察:

 実験に用いたDMSO(図1)は、薬物の皮膚透過を促進することが広く知られている化合物であり、その作用機構は、製剤中での薬物溶解性の増大・皮膚表面への薬物分配性の増大とともに皮膚表面への直接作用も指摘されている。しかしながら、これまで角層中での具体的な作用について明らかにした報告はほとんどなかった。図2に、細胞間脂質の充填構造由来の回折が現れる広角領域について、それぞれの時間でのプロファイルからバックグラウンドであるDMSO自体のプロファイルを差し引いた曲線(ΔI1)を示した。S(=2sin(θ)/λ) = 2.4 nm-1 およびS(=2sin(θ)/λ) = 2.7 nm-1付近の脂質由来のピークは時間の経過に伴ってブロードになったことから、脂質の充填構造が乱れて一部液晶へと変化しているといえる。また、ベースラインが上方へと移行することから、角層細胞内へとDMSOが移行したことも考えられる。また、図3には適用後3分ごとに2時間まで合計40回の測定で得られたそれぞれにプロファイルから適用直後のプロファイルとの差分曲線(ΔI2)を示した。この変化から、角層細胞に対するDMSOの影響は非常に大きく、すでに明らかになっているエタノールと類似した挙動を示した[1]。DMSOとエタノールの物理化学的特性値のうち、疎水性に関する変数(水/n-オクタノール分配係数の対数値、Log Ko/w)を表1に示した。DMSO、エタノールともに負の値であり、これらの化合物は親水性であることがわかる。以上のことから、親水性で分子量の小さい化合物は、角層細胞への作用と細胞間脂質への影響の両側面を持つことが明らかになった。今回の実験により、DMSOは角層細胞に対して大きな影響を与えるとともに、脂質の充填構造を液晶へと導くことで皮膚表面の角層の強固な障壁機能を緩め、薬物の皮膚透過を促進する可能性が示唆された。

 

 

図1. DMSOの構造式

 

 

表1 化合物の分配係数の対数値(水/n-オクタノール)

 

 

図2. DMSO適用後のヒト角層広角X線回折プロファイルの経時変化

 

 

図3. DMSO適用後のヒト角層広角X線回折プロファイルの差分変化

   (時間の経過に従って差分曲線は下から上へと移行)

 

 

今後の課題:

 今回は液体を直接角層に接触させる方法で得られた結果を解析したが、この方法は実際に製剤適用に近い形態ではあるものの、角層細胞に現れる影響が大きいため、脂質の変化を詳細に追跡するには更なる工夫が必要である。2011A1460の課題におけるd-リモネンおよび2011A1678の課題におけるl-メントールで行った検討を応用して角層に蒸気を適用する方法により、細胞間脂質の構造変化に及ぼす親水性化合物の影響を詳細に検討することが可能になると期待される。

 

参考文献:

[1] I.Hatta, H.Nakazawa, Y.Obata, N.Ohta, K.Inoue and N.Yagi: Chem.Phys.Lipids., 163, 381-389 (2010).

 

©JASRI

 

(Received: April 6, 2012; Accepted: March 8, 2013; Published: June 28, 2013)