SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume1 No.2

Section B : Industrial Application Report

すれすれ入射X線回折によるガラス最表面の構造解析
Analysis of Structure on the Surface of Glass Material by Grazing Incidence X-ray Diffraction

DOI:10.18957/rr.1.2.55
2011B1947 / BL19B2

酒井 千尋, 湊 淳一

Chihiro Sakai, Junichi Minato

日本板硝子株式会社 研究開発部 分析・シミュレーション領域

Analysis & Simulation Research Group, Nippon Sheet Glass Co., Ltd.

Abstract

 SPring-8 BL19B2の多軸X線回折装置を用いて、X線の入射角度を10 keV(波長λ = 1.2398 A)のX線を試料表面にαi = 0.12°の低角度で入射して、ソーダ石灰組成の板ガラス(フロートガラス:組成は重量%で、SiO2 = 71.2, Al2O3 = 1.5, CaO = 9.0, MgO = 3.8, Na2O = 13.9)の溶融スズと接した面(ボトム面)と反対側の最表面(トップ面)で「すれすれ入射X線回折」を行った結果、恒温恒湿試験(60°C 湿度90%、15時間もしくは24時間浸漬)後に最表面に回折線に近い周期構造が検出されることを見い出した。この周期構造は、波数q(= 4πsinθ/λ、:散乱角) = 1.5 Å-1 付近に確認され、Hydrocalcite(CaCO3・6H2)が大気中のCO2 とガラス中のCa成分および雰囲気中のH2Oと反応して、ガラス表面で新たに結晶化したものと考えられる。これらの結晶量は、ガラス組成に関係しており、Al2O3濃度が低いガラスで析出量が多かった。

 以上の結果から、ソーダ石灰組成のガラスでは大気雰囲気との反応によって最表面部分での風化の進行過程を知ることができた。また、ガラスのAl2O3濃度を高くすることで大気雰囲気による風化の促進を抑制できることもわかった。これらの結果は、ガラスの製造技術の改善に対しては非常に大きな知見となる。


キーワード: ソーダ石灰ガラス、フロートガラス、風化、すれすれ入射X線回折

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背景と研究目的:

 ガラス表面の風化や変質の初期状態の評価は、主としてX線光電子分光分析(XPS)や二次イオン質量分析(SIMS)などの表面分析法によって化学的な情報を中心として評価されてきた[1]。一般的に、ソーダ石灰組成のガラスに対しては、Naなどのアルカリ成分が最表面から溶出して大気中のCO2成分との反応が起こる結果として炭酸カルシウム(CaCO3)などの結晶相が形成されて、「焼け」と呼ばれる風化層が形成されると言われている。しかしながら、この場合にガラスの表面構造や反応で析出した結晶相の変化を明確に把握した研究は現在までに存在しない。

 X線をサンプル表面に低角度で入射させて検出器をサンプル面内で走査する「すれすれ入射X線回折法」をガラス表面部分の解析技術として応用できれば、風化過程におけるガラス構造や析出相の変化を把握できる可能性が極めて高い。これらの測定技術によって、ガラス表面部分での反応関係や新たな結晶相の形成の状態を明確に把握できれば、ガラス製品の強度や耐久性の向上のための改善、あるいは風化抑制などの改善に寄与できるものと考えられる。

 以上の背景と目的のために、SPring-8 BL19B2の多軸X線回折装置を用いてソーダ石灰組成の板ガラス(フロートガラス)の最表面部分の結晶状態や構造変化を測定したので以下に報告する。

 

実験:

 ソーダ石灰組成の板ガラス(フロートガラス)で、Al2O3の含有量が1.40 wt.%(Glass1 SiO2 = 71.2, Al2O3= 1.5, CaO = 9.0, MgO = 3.8, Na2O = 13.9)、1.10 wt.%(Glass2)、0.47 wt.%(Glass3)に恒温恒湿試験(60°C 湿度90%、15時間もしくは24時間浸漬)を施して試料とした。

 SPring-8 BL19B2の多軸X線回折装置を用いた「すれすれ入射X線回折測定」では、Si(111)モノクロメーターとRhコート集光ミラーを用いて10 keV(λ = 1.2398 A)に単色化し、0.1 mm(V) × 6.0 mm(H)に成形したX線を用いてサンプル面内で検出器を水平に走査する方法で行われた。X線の入射角度αiはビームの平行性が極めて高いことや、X線の侵入深さをガラス最表面から数nmまでにするために0.12°に固定された。尚、本サンプルの10 keVのX線に対する全反射臨界角は0.20°付近で、2009A1772と2009B1786の課題で実施したガラス表面の有機単分子薄膜の測定条件と同じX線入射角度を選択した[2,3]

 測定散乱角度範囲 = 11〜37°を0.1°間隔で、積算時間60 secで測定した。試料からの散乱X線は開口4.0 mm(V) × 10.0 mm(H)に設定した受光スリットとガードスリットの間に分解能0.2°のソーラースリットを設置して検出した。

 

結果および考察:

 図1は、日本国内で生産されたソーダ石灰組成のフロートガラス(Glass1)の最表面近傍の恒温恒湿試験(60°C 湿度90%で24時間浸漬)後の「すれすれ入射X線回折」の測定結果を示した図である。同じ場所を2回測定(1回目Glass1-24hr-1、2回目Glass-1-24hr-2)して、平均値(Glass1-24hr-av1)と平滑化(Glass1-24hr-av2)を行った後の結果も比較して示した。また、図2には、今回のSPring-8での測定では実施できなかったが、実験室のX線回折装置を用いて測定された恒温恒湿試験前の「すれすれ入射X線回折」の測定結果である(この測定はCuKα 45 kV × 200 mA 入射slit:0.2 mm、受光slit1:20.0 mm、受光slit2:20.0 mm、ステップ幅:0.10°、計測時間:15 sec/step αi = 0.15°である)。図1と図2に示された結果から、恒温恒湿試験前では回折線を全く確認できなかったガラス表面において、q = 1.5 Å-1付近に明瞭な回折線を確認することができた。したがって、これらの結果から、恒温恒湿試験の実施によって、本来は結晶相が形成されていなかったガラス表面において、ガラスに含まれる成分と恒温恒湿試験における雰囲気との反応によって新たに結晶が成長したことが推定される。図1に示された回折線に対して、実験室において結晶相同定プログラム(MDI社のJADE6.0)を用いて検索したところ、最も良く一致する結晶相は、Monohydrocalcite(CaCO3・H2O)およびIkaite(CaCO3・6H2O)であることがわかった(ただし、今回確認されたq = 1.5 Å-1付近の回折線はCaCO3・6H2O である可能性が高い)。

 

 

図1. BL19B2で測定された恒温恒湿試験後(24時間浸漬)のフロートガラス(Glass1)の最表面近傍のX線回折の結果

 

 

図2. 実験室で測定された恒温恒湿試験前のフロートガラス最表面近傍のX線回折の結果

 

 

 図3には、図1と同じ試料を実験室のX線回折装置を用いて測定した結果(測定条件は図2と同じ)を比較のために示した。q = 1.5 Å-1付近にHydrocalciteの回折線を確認できるが、BL19B2の測定結果と比較して回折線の半値幅は広い(回折線強度を上げるためにスリットの角度分解能を上げることができない)。明らかに、BL19B2の方が実験室の測定結果と比べて回折線が明瞭に検出されていることがわかる。

 

 

図3. 実験室で測定された恒温恒湿試験後(2時間浸漬)のフロートガラス(Glass1)最表面近傍のX線回折の結果

 

 

 しかしながら、BL19B2での測定において、図1にも示されているが異なるガラスサンプルの測定では、同じ分析点での2回目の測定で(S/N比を上げるためにN = 2の測定で平均値を得ようとした)、S/N比が大きく低下して低角度側のバックグラウンドが上昇していることがわかった。60°C 湿度90%に15時間浸漬による恒温恒湿試験後のGlass1, 2, 3のX線回折測定結果を示した図4, 5, 6でも同様な変化が見られた。これらの結果から、最表面近傍の結晶状態や表面凹凸が1回目の測定におけるX線照射で試料が変化したことが想定される。

 図4,5,6より「すれすれ入射X線回折」の測定では、q = 1.5 Å-1付近の回折X線の強度は、同じ恒温恒湿試験の時間に対してGlass1(Al2O3=1.40 wt.%)<Glass2(Al2O3=1.10 wt.%)<Glass3(Al2O3=0.47 wt.%)の順で増加していることがわかった(図4、図5および図6を参照)。今回のBL19B2での測定では、q =2.25 Å-1付近にも強度が高く半値幅の狭い回折線が確認できた。これらの回折線は、図5と図6で示されるが、現段階では結晶相の帰属ができていない。実験室の測定において、このような回折線は確認されていないことから、コンタミネーションの可能性も想定され、今後さらに詳細に解析をすることも必要であると考える。

 

 

図4. Al2O3含有量のやや低いフロートガラス(Glass2)の恒温恒湿試験後(15時間浸漬)の最表面のX線回折の結果

 

 

図5. Al2O3含有量の最も低いフロートガラス(Glass3)の恒温恒湿試験後(15時間浸漬)の最表面近傍のX線回折の結果

 

 

図6. Al2O3含有量の最も高いフロートガラス(Glass1)の恒温恒湿試験後(15時間浸漬)の最表面近傍のX線回折の結果

 

 

今後の課題:

 今回の測定で、一般的なソーダ石灰組成のガラス表面での風化初期の変化(結晶相析出とガラス組成との関係)を見出すことができた。この結果は、従来の表面分析法による化学的な解析とは異なりガラスの組織的および構造的な変化も把握できる可能性を含んでいる。今後、ガラスのネットワーク構造の解析がガラス表面で可能となれば、ガラス産業において今までに実施例の無い新規の評価技術となり、ガラスの研究開発においても汎用的な分析手法となる可能性が高いと考える。

 

参考文献:

[1] R.M. Tichane: Glass Technology, 7, 26, (1966).

[2] 酒井千尋,湊淳一 平成21年度重点産業利用課題成果報告書(2009A)、pp.18、2009A1772、(2010).

[3] 酒井千尋,湊淳一 平成21年度重点産業利用課題成果報告書(2009B)、pp.13、2009B1786、(2010).

 

©JASRI

(Received: May 7, 2012; Accepted: March 8, 2013; Published: June 28, 2013)