SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume2 No.1

Section B : Industrial Application Report

ニッケル水素電池用水素吸蔵合金の結晶構造の解析
Crystal Structure Analysis of Hydrogen Absorbing Alloy for Nickel-Metal Hydride (Ni-MH) Battery

DOI:10.18957/rr.2.1.44
2012A1268 / BL02B2

安岡 茂和, 石田 潤, 甲斐 拓也

Shigekazu Yasuoka, Jun Ishida, Takuya Kai

FDKトワイセル株式会社

FDK TWICELL Co., Ltd.



Abstract

 A2B7型金属間化合物が主相である超格子水素吸蔵合金は、高いエネルギー密度や優れた自己放電を有しており、Ni-MH電池に使用されている。しかし結晶構造がAB2ユニットとAB5ユニットが積層した複雑な結晶構造を有しており、単相化しづらいことから結晶構造の同定が困難であった。今回、SPring-8の放射光X線を用いて測定し、リートベルト法で解析することにより、微小な相の比率や元素位置の同定を試みた。今回の測定結果では、Ndの一部をCeで置換した合金では、CeがAB2ユニットに存在しやすく、AB2相を収縮させ、水素吸蔵放出の可逆性が失われて電気化学容量の低下や劣化の促進を引き起こしたと考えられる。またNiの一部をAlで置換した合金では、AlがAB5ユニットに存在しやすく、AB5相を広げたため、より安定な水素吸蔵放出が可能になったと考えられる。


キーワード: ニッケル水素電池、水素吸蔵合金、粉末X線回折、リートベルト解析


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背景と研究目的:

 Ni-MH電池の負極材料として希土類元素(RE)-Ni系金属間化合物が広く用いられている。これまではAB5型金属間化合物が用いられてきたが、現在では、高いエネルギー密度や優れた自己放電特性を有するA2B7型金属間化合物が用いられ、我々は超格子水素吸蔵合金と名づけている[1]。A2B7型金属間化合物の結晶構造は、図1に示す通り、AB5型およびAB2型ユニットレイヤーの積層構造として記述され[2]、その特性は、AB5型およびAB2型ユニットの両方のメリットを有し、高い水素吸蔵量と可逆性を両立した優れた水素吸蔵特性が観察されている。

 A2B7型金属間化合物の構成元素は、希土類元素(RE)とMgからなるA成分とNiからなるB成分からなり、一部これらの元素を置換した構成元素で構成されている。超格子水素吸蔵合金は、主相がA2B7型(2H)であるが、図1に示すようにAB2型とAB5型のユニットの組み合わせた相は、複数、存在することが確認されており[2]、厳密には単相ではないことから、結晶構造解析が困難であった。

 今回、SPring-8での放射光X線回折測定とリートベルト解析を組み合わせることにより、微小な相の比率や元素位置の同定を試みた。超格子水素吸蔵合金で耐食性が大幅に向上することが確認されているNi部のAl置換[1]や、耐食性が大幅に低下することが報告されているREにCeを含んだ場合[2]の結晶構造の変化を調査し、結晶構造の変化が特性に引き起こす影響を考察した。


実験:

 測定する水素吸蔵合金は、金型鋳造法を用いて作製後、熱処理を行った。水素吸蔵合金を粉砕し、磨り潰して均質な粒径に整えた粉末を内径0.2~0.3 mmのガラスキャピラリーに封入して試料を調製した。SPring-8での測定は、BL02B2ビームラインに設置された大型Debye-Scherrerカメラでイメージングプレートを用いて測定した。X線の入射エネルギー:24.696 keV、X線波長:0.4985 Åの条件で測定した。露光時間は30分に固定した。

 元合金はNd0.9Mg0.1Ni3.5を使用し、Ndの一部をCeで置換した合金と、Niの一部をAlで置換した合金で解析を行い比較した。また結晶構造と水素吸蔵合金の特性との相関を確認するために水素吸蔵合金の電気化学容量を測定した。測定方法は、水素吸蔵合金1に対して導電材としてニッケル粉末3を混合したペレット式電極で対極として焼結式正極を用いて測定した[1]



図1.AB2型とAB5型のユニットが組み合わせ可能な結晶構造


結果及び考察:

 Nd0.9Mg0.1Ni3.5合金とNdの一部をCeで置換した合金とNiの一部をAlで置換した合金の放射光X線の回折ピークを図2に示す。またRIETAN-FP(F.Izumi and K.Momma 2007)を用いて、リートベルト法により解析した結果を表1に示す。



図2.放射光X線回折のプロファイル


表1.リートベルト法による解析結果


 図2に示す通り、元合金に対してCeやAlで置換しても新たなピークは確認できなかったことから、新たな結晶相の出現はないと考えられる。リートベルト法の解析では、相構成として図1で示した相が想定されるため、AB5相とAB2相の組み合わせとなる6相とAB5相の7相と仮定して相構成を算出し、主相のA2B7(2H)について、格子定数やAサイトの原子分率を計算した。尚、AB3(2H)構造は、3種類の合金とも0となったため、省略している。S値は、S = Rwp/Reにより定義されるgoodness-of-fit[4]RwpReは以下の式で定義される。

Rwp =(Σi wi (yi(obs)-yi(calc))2i wi(yi(obs))2)1/2Re = [(N-P)/Σwi(yi(obs)2)(1/2)


ここでwiは統計的重み、yi(obs)は観測強度、yi(calc)は理論回折強度、Nは全データ数、Pは精密化するパラメータの数である。一般的にS値は1に近いほど解析精度が高いとされ、今回の測定のS値は3.1 − 3.5とデータの絶対値の信頼は高くないが、元素を置換した時の結晶構造の変化を比較して考察する。

 CeやAlを置換した合金は、元合金に比べて主相のA2B7(2H)の比率が約3%低下しており、84%に留まった。元合金でも87%と相が均質化できていないことから収束値が3前後に留まっている原因のひとつであると考えられ、今後、熱処理等の検討が必要であると考えられる。

 各水素吸蔵合金の格子の変化を見ると、Ce置換でa軸長、c軸長とも収縮し、Al置換で逆に伸張しており、水素吸蔵量を測定するPCT(圧力組成等温)線でCe置換により平衡圧が上昇、Al置換で平衡圧が低下する結果とも一致している。各相のc軸長の変化は、CeはAB2相が収縮し、AB5相は、ほぼ変化なく、今回の原子分率の結果では、CeがAB2相にしか存在しないことから、Ceが優先的にAB2相に入り、AB2相を小さくしたと考えられる。逆にAlはAB2相、AB5相の両方で伸びているが、AB5相の伸びが大きいことから、AB5相に優先的に挿入されていると考えられる。

 これらの合金の電気化学容量を容量の1/2の充放電レートにて120%の充放電を50回繰り返した結果を表2に示す。Ni部へのAl置換により、可逆な水素の吸蔵放出が可能となり、電気化学容量が高く、充放電を繰り返しても劣化が小さくなった。Nd部へのCe置換により、可逆性が失われて、電気化学容量が小さく、劣化も大きくなっている結果となった。


表2.水素吸蔵合金の電気化学容量測定結果


 置換量が一点のため、一概には断定できないが、Alは主相の比率が小さく、AB5相の割合が多いにも関わらず劣化が小さい理由として、主相のa軸を伸張させ、AB5相のc軸を伸張させたことで水素吸蔵放出がスムーズになったと考える。逆にCeは、a軸とAB2相のc軸を収縮させたことによりAB2相の格子体積が小さくなったため、水素吸蔵放出が安定的に行われなかったと考えられる。今後、置換量を変えた合金やその他の元素についても結晶構造解析や電気化学特性を確認していくとともに、S値を下げるような均質化の検討を行っていく所存である。


今後の課題:

 測定試料の均質化による解析精度の向上。他元素組成での解析展開。


参考文献:

[1] S. Yasuoka et.al., J.Power.Sources. 156, 662 (2006).

[2] 早川 博 他、日本金属学会誌 61(1) , 170 (2005).

[3] 石田 潤 他、第48回電池討論会予稿集、48, 304 (2007).

[4] R. A. Young, “The Rietveld Method”, ed. Oxford University Press, Oxford(1993), pp.1-38.



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(Received: November 16, 2012; Early edition: March 25, 2014; Accepted: July 3, 2014; Published: July 10, 2014)