SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume2 No.1

Section B : Industrial Application Report

軟X線XAFSを用いたAl-Mg-Si系合金中に形成されるナノクラスタの局所構造解析
Analysis on Nanocluster Structure of Al-Mg-Si Alloy by XAFS Measurement

DOI:10.18957/rr.2.1.69
2012B1164 / BL27SU

山本 裕介a, 足立 大樹b

Yusuke Yamamotoa, Hiroki Adachib

a株式会社UACJ, b兵庫県立大学

aUACJ Corporation, bUniversity of Hyogo


Abstract

 Al-Mg-Si系合金では、溶体化処理後にクラスタ1が形成されると人工時効時の硬化特性に負の効果が生じ、クラスタ2が形成されると正の効果が生じる。これらナノクラスタの局所構造の違いを調べることを目的として、Mg,SiのXAFS測定を行い、MgのEXAFSスペクトルから計算した動径構造関数において、各時効条件の試料を比較した。その結果、クラスタ1はMg-Siクラスタであると考えられるのに対し、クラスタ2はSiクラスタであると考えられる。


キーワード: Al-Mg-Si系合金、ナノクラスタ、軟X線、XAFS


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背景と研究目的:

 現在、自動車用ボディーシート材料として主に鉄鋼材料が使用されているが、CO2排出量削減に伴う燃費向上の要求により、車体重量の軽量化を目的としてAl-Mg-Si系合金への置換が進んでいる。この合金は析出強化型合金であり、溶体化処理後、直ちに170°Cの時効を施すことにより、β”相の析出による硬化が最大となる。しかしながら、製造工程において溶体化処理後から170°Cで時効するまでの間に室温にさらされることによって、時効硬化量が大きく減少するという「二段時効の負の効果」が生じることが実用上の大きな問題となっている[1]。これは、室温保持時にクラスタ1が形成され、170°C時効時にβ”相が析出しづらくなるためであると考えられている。

 一方、溶体化処理後に直ちに70°Cの時効を施すと、前駆体としてクラスタ2が形成され、それが核生成サイトとなりβ”相が析出すると考えられている[2]。しかしながら、どの溶質元素から成るクラスタであるのか明確ではなく、クラスタ1,2の構造に至っては全く分かっていない。また、それらがβ”相の析出をそれぞれ、なぜ阻害もしくは促進するのかについても明らかになっていない。そこで当研究グループでは前回、クラスタ1,2の局所構造の違いを調べることを目的として、軟X線XAFS測定をBL27SUにて行った(課題番号:2012A1137)。しかしながら、統計精度の良いXAFSスペクトルが得られず、局所構造の解明には至らなかった。この原因として、アルミニウム合金は室温では原子振動が大きいためEXAFS振動が弱くなることが原因として考えられた。よって、本実験では冷却ステージの使用により改善し、クラスタ1,2とβ”相との局所構造解析の違い、及び時効に伴う変化を調べることを目的として軟X線XAFS測定を行った。


実験:

 5N-Al、99.5%Mg、99.0%Si地金を使用し、Al-0.55Mg-1.0Si(wt.%)を鋳造した。これを厚さ1 mmまで圧延した後、大気炉で550°C-10 minの溶体化処理を行い、水中に急冷した(as-Q材)。溶体化処理後、室温にて30日保持しクラスタ1を形成させた試料(RT材)、70°C-1 h時効によりクラスタ2を形成させた試料(70°C材)、170°C-20 min時効によりβ”相を析出させた試料(170°C材)を測定試料として用意した。これらの試料について液体窒素により冷却可能な冷却ステージを用いてSiとMg-K吸収端近傍におけるXAFS測定を蛍光法により行った。Si-K吸収端とMg-K吸収端のエネルギーはそれぞれ1.303 keVと1.838 keVである。


結果および考察:

 部分蛍光収量法により、励起光エネルギーと蛍光X線エネルギーの二次元蛍光X線スペクトルからMgの蛍光X線成分を切り出すことでMgのXAFSスペクトルを得ることができた。Fig.1に規格化したXAFSスペクトルを示す。



Fig.1.Mg K-edge XAFS spectra of as-Q, RT, 70°C, 170°C aged alloys.


 一方、Siの蛍光X線成分に別の強い散乱が重なってしまったため、Siの蛍光X線成分のみを切り出すことができず、解析可能なSiのXAFSスペクトルを得ることができなかった。この強い散乱は励起光エネルギーの変化によって観察されたエネルギーが変化したことから、特定の元素からの蛍光X線ではないと考えられる。また、室温で測定した試料ではこの散乱は全く観察されず、液体窒素で冷却した試料のみで観察されたことから、真空チャンバー内にわずかに残存していた水分子が液体窒素による冷却によって試料表面に吸着したことにより発生した散乱ではないかと予想される。Al,Mg,Si以外にOの蛍光X線成分が観察されたこともこの予想を裏付けている。

 Fig.2にMgのEXAFS χ(k)スペクトルを示す。また、χ(k)スペクトルのk=2〜6 Å-1の範囲をフーリエ変換することによって得られた動径構造関数をFig.3に示す。as-Q材と70°C材、及びRT材と170°C材の動径構造関数も非常に似通っており、これらの試料におけるMg原子周りの局所構造はそれぞれ似ていると予想される。as-Q材では添加Mg原子はfcc構造のAl合金中に溶質元素として存在し、周囲にはほとんどAl原子が配位していると考えられる。よって、fcc構造をモデルとして第一配位距離を求めたところ、Mg-Al配位距離は2.97 Åであった。また、動径構造関数が非常に似ている70°C材においても同様のモデルで第一配位距離を求めたところ、2.95 Åであった。as-Q材の第一配位距離とほぼ同程度であることから、70°C材においてもMg原子の周りにはほとんどAl原子が配位しており、70°C時効により形成されたクラスタ2はMgが参加したクラスタではない、つまりSiクラスタであると考えられる。

 170°C材で析出しているβ”相はfcc構造のAl格子から原子位置がわずかにシフトした構造であると報告されている[3]。よって、fcc構造モデルを基に第一配位距離を求めたところ、2.84 Åであった。また、170°C材と動径構造関数が似ているRT材においても同様の構造モデルで解析すると、第一配位距離は2.88 Åであった。原子半径はMgが最も大きく、Al,Siの順番に小さくなるため、as-Q材のMg-Al配位距離よりも小さいことからMg周りの一部にはAlではなくSiが配位していると考えられる。つまり、RT時効により形成されるクラスタ1はMg-Siクラスタであると考えられる。



Fig.2.EXAFS χ(k) spectra of as-Q, RT, 70°C, 170°C aged alloys.



Fig.3.Radial Structure Function of as-Q, RT, 70°C, 170°C aged alloys.


 部分蛍光収量法では励起光エネルギーと蛍光X線エネルギーの二次元蛍光X線スペクトルから該当する元素の蛍光X線成分を切り出すことでXAFSスペクトルが得られることが知られている。しかしながら、以下の理由により解析可能なSiのXAFSスペクトルを得ることができなかった。

 液体窒素を用いて冷却したas-Q試料と70°C試料では、Siの蛍光X線成分に別の強い散乱が重なってしまったため、Siの蛍光X線成分のみを切り出すことが不可能であった。この強い散乱は励起光エネルギーが高い時はSiの蛍光X線成分よりもやや高エネルギー側で観察されたが、励起光エネルギーが下がるにつれてこの強い散乱のエネルギーも減少し、Siの蛍光X線成分と重なりはじめ、Si-K吸収端近傍では完全に重なっていた。この散乱は励起光エネルギーの変化によって観察されるエネルギーが変化することから、特定の元素からの蛍光X線ではないと考えられる。

 また、液体窒素で冷却した試料のみで酸素の蛍光X線成分が観察された。室温で測定した試料ではこの散乱は全く見られず、液体窒素で冷却した試料のみで観察されること、また真空チャンバー中で測定していることから、測定中に酸化膜が試料表面に形成されたことは考えづらく、この散乱は液体窒素による冷却により真空チャンバー内にわずかに残っていた水分子が試料表面に吸着したことにより発生した散乱ではないかと予想される。よって、この散乱の影響を取り除くためには、液体窒素で冷却しつつ、ターボ分子ポンプを用いて真空チャンバー内の真空度を上げ、試料表面に水分子は吸着しないようにすることが必要であると考えられる。

 また、BL27SUではSi吸収端近傍の入射フラックスがMg吸収端近傍の入射フラックスよりも小さいため、観察されるSiの蛍光X線強度はMgの蛍光X線強度よりもかなり小さかった。解析可能な強いEXAFS振動強度を得るためには、MgのXAFSスペクトルを得る条件よりも測定時間を長くすることが必要であると考えられる。


今後の課題:

 今回、2種類のクラスタに違いがあり、それぞれSiクラスタとMg-Siクラスタであろうことが明らかにできたが、より詳細なクラスタの局所構造や、熱処理に伴う構造変化を追うためには、さらなる実験データの質の向上が必要である。そのためには、外乱因子である試料表面に吸着した水分子からの散乱の除去が必要であり、真空チャンバー内の真空度の向上、もしくは、蛍光X線検出器に水分子からの散乱が入らないような検出器と試料の配置を検討することが必要であると考えられる。


参考文献:

[1] 前口貴治, 山田健太郎, 里達夫:日本金属学会誌, 66, 127-130(2002).

[2] 山田健太郎, 里達夫, 神尾彰彦:軽金属, 51, 215-221(2001).

[3] C.D. Marioara, S.J. Andersen, J.Jansen and H.W. Zandbergen : Acta mater., 49, 321-328(2001).



ⒸJASRI


(Received: April 18, 2013; Early edition: April 25, 2014; Accepted: July 3, 2014; Published: July 10, 2014)