【背景・目的】
機能性高分子材料には、分子骨格中にイオウ原子を含むものが多く存在する。例えば、チオフェン・ポリチオン・Nafionなどが挙げられ、分子骨格にイオウ原子を導入することにより導電性など新しい機能を付与できるため、有機合成・燃料電池やリチウムイオンなどに応用研究が成されている。このようなポリマーの分子構造を理解するために、NMR・FT-IR・ラマン分光などの手法が考えられる。しかし33S-NMRの場合、33Sでラベルしたとしても四極子核相互作用が大きいため四極子相互作用の弱い無機材料に比べ非常にブロードなピークをあたえるので実用レベルには至っていない。FT-IRの場合、S-S結合の双極子モーメントの変化が少なく分子骨格中のイオウ原子濃度が低い場合は詳細な情報を得ることが困難である。ラマン分光は、分極率の変化を捉えているためS-S結合の情報を得ることができるが、可視光レーザーを用いるため有色材料(イオウを含む高分子材料には有色材料が多い)や蛍光を発する材料への適用が困難となる。そこで、このようなイオウ原子を含む高分子材料の解析が可能となれば、さらなる高機能性ポリマーの開発に役立てることができる。
前述を踏まえつつ、我々はS K-edgeにおけるXAFS法に着目した。その理由は、S K-edgeにおけるXANES領域のスペクトルは様々な化学種に対し変化が大きいことが知られているためである。さらに、S K-edge XAFSスペクトルが低真空・大気圧中で測定が可能となれば、様々な環境下での高分子骨格中のイオウ原子の構造の解析が可能となるが、近年の技術発展とともに測定が可能になりつつある。
本研究の目的は、まずは我々の身近な材料であるイオウ架橋ゴムを用い、S K-edge XAFS測定ができるか基礎検討を行うことを目的とした。また、電子収量法、SDD検出器を用いた蛍光法およびフォトダイオードによる透過法の3計測法の同時計測を行うことで、表面とバルクの情報の違いが検出できないか検討することを目的とした。
【実験】
実験はSPring-8 BL27SU Cブランチを用いて行った。各検出器の位置関係はFig.1に示す。電子収量測定を行うためには試料の導電性を確保する必要があり、逆に透過法で測定するにはある程度の厚みが必要となる。そのため、両者のトレードオフができる厚みとして数十um程度の厚みに加工したゴム試料を作成した。また、SDD検出器はFig.1に示すように配置して実験を行った。
【結果】
まず、電子収量法に関しては当然と考えられるが導電性のないゴム試料で測定することはできず、試料の極表面における情報を得ることができなかった。透過法では、ある程度のイオウ元素濃度を有する場合には測定が可能であることが分かった。次にSSDを用いた蛍光法を検討した。その結果、S-Kα蛍光X線と近い位置に弾性散乱に由来するピークが出現した(Fig.2)。これは、3手法同時計測および多数試料を配置するためにFig.1に示すような配置にしたが、X線の電場ベクトルに対しSDD検出器の位置に問題があった為である。次に、アンジュレータを操作し横偏向から縦偏向に変えたが、アンジュレータの特性上 このエネルギー領域のX線は得られず弾性散乱の影響をなくすことができなかった。そこで、S-Kαのピーク強度に対し弾性散乱ピーク強度が低い試料については分離が可能であったので、蛍光X線のS-Kαの領域にウインドウをかけることでS K-edge XAFS測定ができるか検討した。その結果、Fig.2に示すように十分測定できることが分かった。本ビームラインでは、ミラーおよびグレーティングにAuがコーティングされているため、Au L-edgeによりS K-edgeのX線強度が低下するので測定困難と考えていたが、十分にS K-edge XAFS測定が可能であることが分かった。
【今後】
高分子材料の場合、表面とバルク情報を分離して解析することは重要である。今回、導電性がなく電子収量法による測定ができなかったが、測定に影響のない元素で蒸着することにより測定は可能であると思われる。今後、試料作成を工夫し、次回は表面とバルクの構造情報の違いについて検討したいと考えている。 |