[実験課題名]
高分子・ソフトマター計測技術高度化に向けた試験的実験(第二回目)
[Title of Experiment]
The 2nd trial experiments to develop advanced experimental technique of X-ray scattering for polymers and soft matter
[実験責任者 / Project Leader]
佐々木 園 / Sasaki Sono (0006545)
[ビームライン / Beamline]
BL40B2
---
利用目的:
佐々木園(0006545)、増永啓康(0013361)、小川紘樹(0015960)、西野潤一(0004139)、八木直人(0001129)
(その他の共同実験者はグループ毎に下記に記載)
本課題は、BL40B2ビームラインにおける高分子・ソフトマターのための階層構造評価法の高度化に有用な知見を得ること目的として、学術研究者と企業 (14企業グループ) の協力を得て実施した。
具体的には、薄膜、繊維、フイルム、塊状、粉末状、溶液など様々な形状の高分子・ソフトマターを試料に用いて、小角X線散乱(SAXS)測定、微小角入射小角X線散乱(GISAXS)測定、そして、SAXS/広角X線散乱(WAXS)およびGISAXS/微小角入射広角X線散乱(GIWAXS)の同時測定を試験的に実施した。入射X線の波長は0.1nm、試料-検出器間距離(カメラ長)は1.0〜3.0m(SAXS)・約80mm(WAXS)・約2.0m(GISAXS)・約100mm(GIWAXS)、検出器はImaging Plateシステム(SAXS)・Imaging Intensifier +CCD検出器(SAXS, GISAXS)・Flat Panel検出器(WAXS, GIWAXS)を利用して、実験時間は試料周辺装置と検出器交換を含めて約6時間/グループの条件で、グループ毎に交代で測定した。各計測技術における高度化の着眼点を明らかにするために、現在本試験的実験の結果を2008A期のそれと合わせて総合的に分析している。以下に本課題の詳細を示す。
利用方法及び利用の結果および考察:
-------------------------------------------
実験[1]
福田一徳(0006085)、野間敬(0007329)/キヤノン株式会社
(1)実験目的と意義:
水中に分散させたカーボン系微粒子の分散状態を小角X線回折法により評価する。高強度の放射光を用いることで、経時変化に対し適用可能な評価法足りえるかの見積を行う。
(2)実験結果:
光路長を適度に調整することで、微粒子の粒径および相関長に由来すると考えられる2つのピークを持ったプロファイルが観測された。同様試料に対し光散乱法を適用したところ、多重散乱の影響が大きく評価できなかったため、小角X線散乱法は非常に有用な手段であると考えられる。
(3)考察:
今回の実験では検出にイメージングプレートを用いたが、数分程度の短時間露光で十分なS/N比を持ったデータを取得することができた。今後はフラットパネルセンサなども併用し、より経時変化に対応できるよう実験系を調整したい。
-------------------------------------------
実験[2]
鎌田洋平(0007353)/株式会社クラレ、勝部勝義(0008093)/株式会社クラレ、大倉守(0023439)/株式会社クラレ、石井孝浩(0014960)/株式会社クラレ、亀本康平(0022546)/北九州市立大学、橋田智史(0020294)/北九州市立大学/秋葉勇(0007693)/北九州市立大学、櫻井和朗(0005075)/北九州市立大学
(1)実験目的と意義:
熱可塑性エラストマー(トリブロックコポリマー型)フィルムシートの変形過程の構造解析を行い、力学物性と構造の相関を明らかにし材料設計の指針を得ることを目的に、本試験的実験では、ゴム部の構造の異なる2種類のポリマーフィルムシートについて延伸過程におけるWAXD・SAXS測定を試みた。
(2)実験結果:
以下の試料を用い延伸過程でのWAXD・SAXS同時測定を行った。
試料①:SEEPS/パラフィンオイルコンパウンドシート 50/50[wt%]
(スチレン-(エチレン-エチレン/プロピレン)-スチレンブロック共重合体、株式会社クラレ製セプトンS4033)
試料②:SEBS/パラフィンオイルコンパウンドシード 50/50[wt%]
(スチレン-(エチレン/ブチレン)-スチレンブロック共重合体、株式会社クラレ製セプトンS8004)
それぞれの試料について、5秒の間隔で4.5秒のWAXDの積算、1秒のSAXSの積算測定を行い、延伸過程での構造変化を評価した。放射光を利用することで、短時間の積算にもかかわらず解析に十分な強度のWAXD像、SAXS像を得ることが出来た。WAXD測定では、延伸過程において、ゴム部の配向に伴い生成する規則構造由来の回折ピークが得られた。SAXS測定では、延伸によるミクロ相分離構造の変化に伴うピークのシフトや、未延伸で観察された球由来の形状散乱ピークと考えているピークの異方的なピークシフトが観察された。
(3)考察:
WAXDの回折ピーク強度の変化から、試料①は試料②に比べ、延伸におけるゴム部の配向・規則構造形成が早いこと、またSAXSのピークシフトから、試料①は試料②に比べ、延伸方向におけるポリスチレン球間の間隔の変化が小さいことが分かった。またSAXSに現われた、球の形状散乱由来と考えているピークは、延伸に伴いピーク位置が延伸方向では低q側へ、垂直方向では高q側へ僅かにシフトしており、ポリスチレン球の形状が延伸により楕円状に変形していることを示唆しているものではないかと考えている。このシフトについては試料①が試料②よりも大きい傾向であった。
-------------------------------------------
実験[3]
川面哲司(0023200)、松田敬(0024050)/横浜ゴム株式会社、吉田 博久(0023917), 白石 貴志(0023918)/首都大学東京 院 都市環境科学研究科
(1) 実験目的と意義:
天然ゴムの架橋密度分布を散乱曲線から解析することを目的として、溶媒で膨潤天然ゴムの小角ならびに広角散乱測定を行った。
(2) 実験結果:
ベンゼンならびにシクロヘキサンで平衡膨潤した架橋密度の異なる4種類の天然ゴムNR1(4.91 x 10-5 mol/ml)、NR2(9.82 x 10-5 mol/ml)、NR3(1.36 x 10-4 mol/ml)、NR4(1.80 x 10-4 mol/ml)を試料とした。測定はBL40B2で小角カメラ長1,814 mm、広角カメラ長81 mmで行った。試料はあらかじめベンゼンを結晶化させた状態で試料台に設置し、融解する過程の散乱プロファイル変化を測定した。
Fig.4にNR1/benzene系、Fig.5にNR1/cyclohexane系の散乱曲線を示す。Fig.4に示すように、ベンゼンで膨潤した状態と一度ベンゼンを結晶化させてから融解した直後の散乱曲線は異なり、架橋によってできた不均一な構造がベンゼンの結晶化・融解によって変化すると考えられる。一方、Fig.5に示すようにシクロヘキサンが結晶化している場合と融解した後の散乱曲線はほとんど同じであった。架橋密度が低い場合には同様な散乱挙動が観察されたが、架橋密度が高くなると異なることが観察された。
(3)考察:
溶媒で平衡膨潤したNRの散乱曲線は、溶媒の結晶化-融解の課程で生じる体積変化によって影響を受けると考えられる。この影響は、架橋密度が高くなると観察されにくくなり、膨潤度が関係すると予想される。また、NRと相互作用の異なるベンゼンとシクロヘキサンでは、散乱曲線に対する影響が異なり、複数の溶媒による散乱曲線の解析から、架橋密度分布に関する検討が可能になると期待される。
-------------------------------------------
実験[4]
笹川 知由(0015276)/(株)三井化学分析センター、狩野 武志(0007359)/三井化学(株式会社)、花本 康弘(0015870)/(株)三井化学分析センター、江尻 ひとみ(0019752)/(株)三井化学分析センター、金谷 利治(0008153)/京都大学化学研究所、松葉 豪(0009859)/京都大学化学研究所、高原 淳(0007745)/九州大学先導物質科学研究所
(1)実験目的と意義:
高分子材料の延伸による構造変化は、延伸による成型過程や引張り時の特性を支配する重要な要因である。今回は、各種の高分子材料の延伸時の構造変化を測定する手法を獲得することを主な目的とした。
用いた材料は、ポリオレフィンエラストマー、ポリウレタン、ポリプロピレン、等である。
(2)実験結果:
延伸ステージを設置し、各種の材料を室温で延伸しながらSAXS/WAXDの同時測定を行った。検出器は、WAXDがフラットパネル検出器、SAXSはII+CCD検出器を用いた。データの詳細については現在解析中であるが、一例としてポリウレタン延伸時のSAXS/WAXDの変化の様子をFig.6に示した。
(3)考察:
SAXSおよびWAXDのデータから、延伸に伴いポリオレフィンの結晶やポリウレタンのハードセグメントが配向したり形状変化したりする事を示唆するデータが得られ、実験手法として有用であることが確認できた。
今回用いた延伸ステージは、室温で3倍延伸程度までならば十分使用可能であったが、より高倍率の延伸や加熱下での実験にはさらに工夫が必要であることが明らかになり、現在実験手法や装置の改良を検討中である。
-------------------------------------------
実験[5]
岡田 一幸(0003679)/株式会社東レリサーチセンター、中川 武志(0018329)/株式会社東レリサーチセンター、東大路 卓司(0023243)/東レ株式会社、
小林 定之(0023283)/東レ株式会社、金谷 利治(0008153)/京都大学化学研究所
(1)実験目的と意義:
PET繊維は、様々な用途で使用されている。繊維は、紡糸速度、延伸、熱処理などの条件により、強度や伸度、収縮挙動などが変わる。このため、製糸条件の異なる繊維について、構造形成過程を調べることは、製品を設計していく上で非常に重要となる。
そこで、PET繊維の昇温過程における結晶構造、長周期構造の変化を調べるため、DSC-WAXD-SAXS同時測定の検討を行った。前回の測定では、昇温中にフィルムが動くことで、DSC曲線のベースラインが乱れてしまった。そのため、今回は昇温中に繊維が収縮することができない、定長条件での測定を行った。
(2)実験結果:
測定試料はPET繊維で、定長条件での熱処理条件下における構造変化を調べるため、アルミ製のリングに繊維を巻き付けて、DSC用アルミパンの中に入れて測定した。DSCは室温付近(33℃)から融点近くの270℃まで測定し、昇温速度は10℃/minとした。WAXDとSAXS測定は波長0.1nmで、WAXDの検出器にFlat Panelを、SAXSにはII+CCDを用いた。積算時間はWAXD、SAXSとも6秒とした。
Fig.7にDSC曲線を示した。連続した乱れの少ないDSC曲線を得ることができた。Fig.8に子午線方向の小角散乱パターンの変化を示した。小角散乱像には子午線方向に層線状二点散乱が観察され、温度上昇に伴い、長周期が長くなる様子が観察された。
(3)考察:
今回、DSC-WAXD-SAXS同時測定を実施したが、試料がアルミパンの中で動かないように、定長条件での測定を行った。その結果、温度上昇により収縮の起こる試料においても、連続的なDSC曲線を得ることができた。しかし、X線の吸収を低減するため、アルミパンに穴を開けた状態で測定していたため、ベースラインの補正は困難であることがわかった。
今回の測定では、非常に多くのデータが取得されるため、二次元的な散乱像から、一次元の強度プロファイルを簡単に得るだけでなく、小角散乱の長周期構造によるピークを、効率的に解析する方法が必要であると感じた。
-------------------------------------------
実験[6]
高橋 功(0003142)/関西学院大学、佐藤春実(0017070)/関西学院大学、舟津良亮(0021957)/関西学院大学、子安 直樹(0023972)/関西学院大学
(1)実験目的と意義:
環境調和型材料として注目されているポリヒドロキシブタン酸(PHB)の加工性、物性向上のため、PHB共重合体の開発が行われているが、その結晶化機構に関する基礎的研究は行われていない。そこで本研究では側鎖の長さの異なる3-ヒドロキシヘキサン酸(3HHx)、3-ヒドロキシオクタン酸(HO)、および6-ヒドロキシヘキサン酸(6HHx)とのランダム共重合体に関して、SPring-8で小角-広角X線同時測定、赤外分光法(FT-IR)、および示差走査熱量測定(DSC)を用いて結晶構造の熱的挙動を検討し、これらのポリマーのメソ形成機構を詳細に調べる。それにより、実用化が期待される生分解性ポリエステル共重合体の側鎖の長さの違いが与えるメソ構造形成過程への影響や、結晶構造の安定性について調べる。
(2)実験結果:
Fig.9に用いた生分解性ポリエステル共重合体の分子構造を示す。共重合している側鎖の長さや主鎖の長さがそれぞれ異なっている。今回の実験ではポリヒドロキシブタン酸(PHB)と6-ヒドロキシヘキサン酸(6HHx)とのランダム共重合体(P(HB-co-6HHx)のSAXS/WAXD同時測定の温度変化実験を行った。温度範囲は室温から融点以上の温度までで、各測定はSAXSが3秒、WAXDが10秒積算で行った。
Fig.10に、SAXSの温度変化測定の結果とフーリエ変換によって得られた長周期Lpおよび、ラメラlaもしくはアモルファス厚lcの温度変化を示す。SAXSのピークトップのシフトから、温度の上昇(30℃から40℃)に伴い長周期、la、lcが共に大きくなることが分かる。
Fig.11には広角X線回折プロファイルの温度変化と、算出した格子定数の温度変化を示す。回折ピークは温度の上昇と共に小さくなり、140℃ではアモルファスによるハローのみが観測された。X線回折プロファイルから格子定数a,b,cの値を見積もった。
(3)考察:
P(HB-co-6HHx)において、ラメラ厚とアモルファス相のどちらも温度上昇に伴って値が増加したことから、高温で厚みが増加するのは、ラメラ内に存在する6HHxユニット部分が運動性を増したためと考えられるため、P(HB-co-6HHx)は6HHxユニットがHBラメラの中に存在する共結晶構造をとっている可能性がある。
格子定数a、b、cの値が温度と共に増加したのは、熱膨張と分子間相互作用の両方の因子があると考えられるため、熱膨張係数を考慮した解析が必要であると思われる。
P(HB-co-HO)は温度上昇に伴い、アモルファス領域の増加が見られるが、ラメラ厚には大きな変化は見られなかったのに対し、P(HB-co-6HHx)においてはラメラ厚とアモルファス相のどちらも温度上昇に伴って値が増加したことから、共結晶構造を形成しているモデルが考えられる。
-------------------------------------------
実験[7]
イソプレンゴム伸張結晶のWAXS/SAXS同時測定
大月正珠(0022583)、大谷智美(0024560)、中村智(0023142)、北村祐二(0023117)/(株)ブリヂストン
彦坂正道(0007421)、岡田聖香(0009475)/広島大学大学院 総合科学研究科
(1)実験目的と意義:
タイヤにはイソプレンゴムなど伸張結晶性を有するゴムが多く使われている。大変形時に結晶化する事で自己補強性が期待されるが、効果の程度やメカニズムには不明確な点も多い。従って、その基本的性質(例えば平衡融点)や結晶化度を精密に調べる事は、ゴム複合体の性能向上に於いて必須である。そこで、高輝度放射光施設に於けるゴムの高精度結晶構造解析の可能性について探るため、典型的なモデルゴムの伸張結晶測定を試みた。
(2)実験結果:
Fig.12に、充填材なしの天然ゴムモデル加硫物(試料A)を自然長の4.6倍に伸張した時の二次元WAXS像を示す(伸張方向は横向き)。5秒間の露光で主な反射を十分な強度で観察できた。Fig.13に赤道方向(画像では縦方向)の一次元プロファイルを示す。図に示したように、非晶(未伸張)試料のプロファイルを適当な倍率で差し引く事により、見かけの結晶化度を評価した。また、反射の半値幅から結晶サイズも見積もる事が出来た。同様の解析を、カーボンブラック充填モデルゴム(3.0倍伸張:試料B)に関しても行った。
見かけの結晶化度は試料Aで約18%、試料Bで約5%と大きく異なった。一方結晶サイズは両試料で差は見られなかった(200方向で約12nm、120方向で約6nm)。
(3)考察:
以上の結果から、結晶化度増加の機構は結晶子の成長ではなく、結晶子数の増加に支配されている事が考えられる。今後、SAXSプロファイルから結晶核のサイズ解析を行う事で、更に結晶化メカニズムの詳細解明が期待される。
また、今回5秒間という短時間露光で高品質な回折像が得られたので、SPring-8に於ける時分割測定・微小部測定が可能であるとの確信を得ることが出来た。
-------------------------------------------
実験[8]
妹尾政宣(0006158) 、和泉篤士(0023881)、阪下晋平(0024547)、岡田潤(0024558)/住友ベークライト株式会社、権藤聡(0024539)/住べテクノリサーチ株式会社、馬路哲(0024542)/住べリサーチ株式会社
(1) 実験目的と意義:
材料の複合化によりプラスチックの高機能化がなされている。特にナノコンポジット化することにより今までに得られなかった新規特性が付与できる可能性がある。一例に我々は樹脂にシリカナノ粒子を高充填で分散させることで高耐熱、低線膨張、かつ高透明なナノコンポジット材の開発に成功した。しかしながら、その透明性の発現機構についてはフィラー充填構造の存在を予想するのみで明確な実験による実証には成功していない。そこで本研究ではSAXS-WAXD同時測定によるX線構造解析により、透明ナノコンポジット内のナノ粒子の凝集分散構造を観察することを目的とした。
(2)実験結果:
Fig.14にコロイダルシリカ(45nm粒子径)含有率が33vol%の時のSAXSプロファイルを示す。小角領域(q(nm-1)=0.1)に粒子間の干渉に起因するSAXSプロファイルのピークが観察された。以前に兵庫県ビームライン(BL08B2)でコロイダルシリカの含有量を変化させてピークがシフトすることを観察しており、今回の試験的実験で得られたプロファイルと比較することによりq(nm-1)≧0.05の領域で再現性が確認された。一方、今回初めてSAXS-WAXD同時測定を行った。Fig.15にWAXD測定の結果を示す。シリカの含有量が0もしくは0.5vol%ではマトリックス樹脂に由来するアモルファスハローに近いプロファイルが得られたが、コロイダルシリカ33vol%含有ナノコンポジット材では他と異なる形状のプロファイルが得られた。
(3)考察:
再現性が得られたSAXSによる明確なピークを回折面として見積もるとおよそ60nmの粒子間距離が考えられ、その粒子間距離と光線透過率やヘイズなどの光学特性との間に密接な関係があることが期待される。今回の試験的実験でSAXS-WAXD同時測定の有用性が確認できたので今後はコロイダルシリカ含有量による粒子間距離の変化と透明性との相関について検討を進める。
-------------------------------------------
実験[9]
岸本浩通(0007299)、伏原和久(0009661)、金子房恵(0006733)/住友ゴム工業(株)
篠原佑也(0009185)/東京大学大学院 新領域創成科学研究科
(1)実験目的と意義:
高分子材料は架橋方法によって多種多様な力学特性を発現することが知られており、様々な製品に応用されている。しかし、架橋方法の違いによる架橋構造と力学特性の関係は未だ不明な点が多い。本実験では、高分子を金属架橋させた試料を用い、金属架橋反応におけるクラスター構造の形成および延伸下でのクラスター構造変化を調査するために、SAXS-引張試験との同時計測を行った。
(2)実験結果:
Fig.16に延伸前と延伸後(破断前)の二次元散乱像を円周平均して得た散乱曲線を示す。延伸前の散乱曲線は0.7 nm-1付近と1.7 nm-1付近に二つショルダーが見られた。1.7 nm-1のショルダーは延伸しても変化しないが、0.7 nm-1付近のショルダーは延伸と共にLow-q側にシフトする様子が見られた。
(3)考察:
散乱曲線に見られる二つのショルダーは、金属架橋によって形成された金属クラスターの大きさに対応したギニエのショルダーと考えられ、階層構造を形成していると考えられる。また、延伸によって0.7 nm-1付近のショルダーがLow-q側にシフトすることから、この階層の構造が力学特性と関係していると考えられるため、今後詳細な解析を進めていく。
-------------------------------------------
実験[10]
村瀬浩貴(0005459)・船城健一(0009180)・森本泰正(0015353)・原彰太(0024811)・谷口信志(0014440)/東洋紡績株式会社
寺山 友規(0017637)・山口 央基(0019445)・高原 淳(0007745)/九州大学
(1)実験目的と意義:
ナノメートルオーダーの規則構造を有したブロックコポリマー薄膜は、その工業的応用への可能性の高さから近年大変注目されている。工業的応用を実現するには、構造のサイズや配向、配列を制御することが求められる。この薄膜構造の情報を内部までかつ広範囲にわたって得られる手法が微小角入射小角X線散乱(GISAXS)手法である。
今回スチレンとメタクリル酸メチルのブロックコポリマーの薄膜を形成させ、アニール処理を施した。アニールの有無による膜構造の差異を観察することにより、構造制御の手法を検討する一助としたい。
(2)実験結果:
ジブロックコポリマーPS-b-PMMA (Mn: PS(21000)-PMMA(21000), Mw/Mn: 1.07)の5wt%トルエン溶液をシリコンウエハー上にスピンコートし、アニール処理を170℃、24時間真空乾燥にて実施した。
X線解析はBL40B2において、GISAXSによる解析を実施した。アニール後サンプル(入射角αi=0.16°)のSAXS像、並びにqz=0.12nm-1 におけるSAXS赤道線方向のプロファイルをFig.17 に示す。qy=0.22 nm-1 に非常に強いピークが、qy=0.66 nm-1 に弱いピークが、それぞれ観測された。
(3)考察:
qy=0.22 nm-1 のピークは強く、かつ面外方向に鋭く伸びており、垂直方向に約29nm周期の秩序を持った周期構造が予測される。Fig.18 には同試料のSPM観察像を示す。約30nm周期のラメラ模様が観測され、これはX線の結果と合致する。つまりSAXSでの鋭いピークは、試料面対しておおよそ垂直方向を向いて存在するラメラ状の周期構造であると推定される。一方qy=0.66 nm-1 の弱いピークは9.5nmの周期構造であるが、これがラメラの高次散乱であるのか、別の構造に由来するピークであるのかは、現在のところまだ不明である。
-------------------------------------------
実験[11]
宮崎 司(0013648)/日東電工株式会社、荻野 慈子(0006404)/日東電工株式会社、武田 雄希(0019620)/日東電工株式会社、下島 琢磨(0021636)/京都工芸繊維大学、木村 剛(0023319)/京都工芸繊維大学
(1)実験目的と意義:
Si基板上のポリフッ化ビニリデン(PVDF)薄膜のGISAXS/GIWAXS同時測定による高次配向構造評価を目的とした。
PVDFは圧電材料や焦電材料として、また最近では燃料電池電解質膜として広く検討されている。PVDFは主にα、β、γ晶という3つの結晶多形が存在する。たとえばβ晶は電気的性質が特異であるし、γ晶は耐熱性が高いといった特長がある。これらの結晶多形を作り分けかつ、配向性を制御することでさらなる高付加価値製品への応用が可能となる。そこで基板や成膜法を変えることでPVDF薄膜の結晶多形、配向性を制御することを検討している。
膜の結晶性、配向性はGIWAXS/GISAXSで詳細に解析できると期待している。そこで今回、予備実験としてSi基板上のPVDF薄膜のGISAXS/GIWAXS測定をおこなった。
(2)実験結果:
試料として膜厚0.2μmと2μmの2種類のPVDF薄膜を用意した。いずれもSiウエハ上にジメチルホルムアミドを溶剤にしてスピンコートにより成膜した。GIWAXS/GISAXS同時測定はBL40B2で実施した。波長は0.1nmを用い、カメラ長はGIWAXSが105.5mmでGISAXSが2005.0mmである。
Fig.19に2μm厚の薄膜の2次元GIWAXS像を、Fig.20に同じく2μm厚試料の2次元GISAXSの結果を示す。GIWAXSからは、各結晶面からの散乱に異方性が認められ、結晶が配向していることが示唆された。GISAXSからもラメラ構造の異方性が示唆された。in-plane方向の長周期を求めるため赤道方向の1次元プロファイルを抽出した。ラメラ周期に起因する散乱ピークが確認できた。このピーク値より長周期を求めると、14.2nmであった。しかしながら赤道方向から仰角方向に10degずれると、この長周期ピークは観察できなくなった。これより薄膜内でのラメラは、基板に対してedge-on成長していることが示唆された。
0.2μm厚の薄膜についてもGIWAXS、GISAXSとも結晶配向を示す散乱像が観察された。赤道方向の長周期は14.5nmで2μm厚試料の場合とほとんど変わらなかったが、edge-on成長はより明確に示された。予想どおりGISAXS/GIWAXS同時測定によりPVDF薄膜内の結晶配向が評価できることが明らかになった。
(3)考察:
PVDF薄膜については今回予備実験ということで、Siウエハ上の薄膜のみ評価した。しかしながら我々は基板を変えることで、膜内の結晶配向性や、結晶多形を変えることができることを見出している。これは基板表面の結晶性とPVDF結晶の間のエピタキシーなどが原因と考えている。今後例えばKBrやNaCl、マイカなど基板を変えて薄膜を作製し、結晶の配向性や結晶多形の評価をおこなう。特に基板上の薄膜について等温結晶化過程のその場観察により、膜/基板界面からエピタキシャル効果により、どのような結晶がどのように生成していくか詳細に調べていきたいと考えている。
-------------------------------------------
実験[12]
彦坂正道(0007421)、岡田聖香(0009475)/広大大学院総合科学,田頭克春(0024705)/サンアロマー株式会社、新井敏弘(0023145)、木村和弥(0023175)、加治亘章(0018289)、今瀬達也(0024685)、下平祥貴(0024246)、飯塚誠(0022558)/昭和電工株式会社
実験Ⅰ ポリプロピレンの解析
(1)実験目的と意義
ポリプロピレン(PP)は従来から低コスト、また特に最近は環境に優しい素材として、他の材料からの置き換えが進められている。自動車や電化製品向けの工業部材において、PPへの置き換えのためには表面構造を十分理解する必要がある。
工業部材の多くは原料を射出成形して得られ、また、原料に用いられるPPの多くは、インパクトコポリマーである。従って、インパクトコポリマーの射出成形品の表面構造を理解することは大変重要である。
(2)実験結果
サンプル
MFR = 30のインパクトコポリマー(サンアロマー製)を用い、射出成形にて光沢度測定用の2mm厚の平板(130mm×130mm)作製した。平板中央部を25mm×25mmに裁断し測定に使用した。光沢度測定面を反射面とした。
測定(室温にて実施)
ビームライン:BL40B2 (λ=0.1nm、PPの推定αc = 0.09°)
入射角度(°):0、0.05、0.1、0.2
検出器:CCD (GISAXS)、Flat Panel (GIWAXS)
測定時間:10秒 (GISAX)、5秒 (GIWAXS)
サンプル位置:入射ビームと射出方向が同じ場合、垂直な場合
今回のサンプルは推定表面粗さ(Root Mean Square average of height deviation)が約60nmであり、全反射面を正確に特定することが困難なことから、入射ビーム中心をサンプルエッジから20μm程内部へシフトした。
結果
Fig.21とFig.22に入射角αがαc前後における、入射ビームと射出方向が垂直な場合のGISAXSプロファイルを比較して示す。Fig.21に示される様に、α<αcにおいては、赤道上と子午線方向やや上部に、2組の散乱ピークが観察された。上部の散乱は弱く、散乱ピーク位置が赤道上の散乱に比較しやや広角であった。一方、Fig. 22の様に、α>αcでは、赤道上のみに散乱ピークが観察され、その強度が増大した。
(3)考察
α<αc で観察された散乱は、透過光による散乱(赤道上)と全反射による散乱(上部)に対応し、それぞれ入射ビームが照射する領域のバルクと表面から約4nmまでの構造を反映していると推定される。
これに対し、α>αc で観察された散乱は、透過光による散乱と通常の反射による散乱が重なっていると推定される。α>αcでの反射は、表面から約10μmまでの構造を代表すると推定され1)、その領域の構造は、入射ビームが照射する領域のバルクの構造と同等であると解釈される。
Fig.21の散乱ピークの中心位置から求めた長周期は、バルクで15.1nm、表面で12.8nmであった。またFig.22より、バルクは、表面から約10μmまでの領域(射出成形品ではスキン層)を代表すると推定される。
インパクトコポリマーの射出成形品の表面は、マトリックスのPPに覆われていることが知られおり、極表面でスキン相より長周期が短いことは、PPのラメラ厚が小さいと推定され、両者で結晶化条件が異なることを示唆している。
参考文献
1) T. Nishino, T. Matsumoto, and K. Nakamae, Polym. Eng. Sci., 40(2), 336(2000)
実験Ⅱ ポリウレタンの解析
(1)目的と意義
ポリウレタンのモノマー構成、成膜法の違いによるポリマーの高次構造発現の有無を確認する。
ポリウレタンのモノマー構成、成膜法による高次構造の違いを把握することにより、物性制御の基礎を明らかにする。
(2)実験結果
樹脂溶液を塗布後、溶媒除去により成膜したポリウレタンフィルムのGISAXSの結果から、数100Å程度の周期構造の存在が示唆された。(Fig.23)
GISAXSの放射光の入射角度を変えた結果から、上記の周期構造は、塗膜深さ方向で構造が異なることが示唆された。(Fig.23~Fig.25)
(3)考察
ポリウレタンのモノマー構成により、ソフトセグメントとハードセグメントによるミクロ相分離構造を形成している可能性がある。さらに、モノマー構成・その組成を変更することにより、検証が必要である。
フィルムの成膜過程では、成膜温度と溶媒揮発性のバランスにより、塗膜深さ方向で溶媒濃度が異なると推測される。その結果、塗膜深さ方向でのポリマーのモビリティーが異なり、周期構造の違いが発現すると推定される。さらに、成膜温度、溶媒種を変更することにより、検証が必要である。
実験Ⅲ ポリアミンの解析
(1)実験目的と意義
成膜条件により高分子の高次構造に与える影響を把握することにより、物性制御の基礎を明らかにする。
(2)実験結果
ポリアミンのSAXS測定を行った結果、成膜条件によって違いがある知見が得られた。ただし、さらに詳細な測定と解析を進めないと明確にできないものと考える。
(3)考察
解析理論が不十分なため現段階で構造を特定することはできない。今後データを蓄積して定量的な解析をしていく。
実験Ⅳ 黒鉛粉末の解析
(1)実験目的と意義
GISAXS/WAXDで黒鉛粉末材料の測定を行い、ピークが観察できるのかを確認する。
薄膜材料だけでなく、粉末試料をセル上に平滑に延ばすことによってGISAXS/WAXDのプロファイルを得ることが可能なのかを調べ、対応サンプルの適応範囲を知る。
(2)実験結果
ラボ用粉末XRD測定に用いるガラスセル上に、カーボンブラック粉末をなるべく平滑になるように延ばして測定したが、各X線入射角度におけるGISAXS/WAXDプロファイルには規則的な高次構造に由来するピークが全く観察されなかった。
(3)考察
粉末試料のGISAXS/WAXD測定は困難。表面の平滑が必要であり、製膜技術が必須と考えられる。
-------------------------------------------
実験[13]
角谷 和宣(0008249)、小林 貴幸(0022800)、藤江 正樹(0023956)/三菱レイヨン株式会社中央技術研究所、田代 孝二(0005503)/豊田工業大学
(1)実験目的と意義:
高分子材料に限らず物質の表面状態が材料の性能を左右することは多々あり、表面構造を把握することは材料開発において非常に重要である。この問題を解決する手段の一つとして、斜入射(Grazing incidence)X線散乱は非常に有効である。
今回DLC(diamond like carbon)とPETフィルムについて斜入射X線散乱測定をし、表面の結晶構造解析を行った。
(2)実験結果:
① DLC(diamond like carbon)
DLCはダイヤモンドに類似した炭素薄膜材料であり、ダイヤモンドとグラファイトの中間的な結晶構造を持つ。つまり炭素を主成分としながらも若干の水素を含み、ダイヤモンド結合(SP3結合)とグラファイト結合(SP2結合)の両方の結合が混在している構造をしている。
Si基板上に蒸着したDLCのGI-SAXSをFig.26に記す。X方向に米田ピークが現れ、そこに長周期ピークが確認できた。一次元プロファイルはFig.27のようになり、長周期は約20nmであった。またGI-WAXDでは明瞭な回折ピークは確認できなかった。
② PET
厚さ約200μmのPETフィルムをガラス基板上に接着した試料を用いてGI-WAXD、GI-SAXS測定を試みた。表面の平滑性が十分ではなかったため全反射は見られず、フィルム表面からのX線進入深さは正確に分からないが、明瞭な回折を得ることができた。GI-SAXSではFig.28のように、結晶ラメラ由来と思われる長周期が観測された。
(3)考察:
高分子材料に対する斜入射X線散乱測定が、思いのほか可能であることが分かった。一方で表面平滑性が非常に重要であり、全反射が観測できなかったときの表層構造解析は細心の注意が必要であることも分かった。
DLCについては全反射領域が確認でき、極表層の構造情報を得ることができた。GI-SAXSで長周期が確認された理由については現在考察中である。
-------------------------------------------
実験[14]
坂本直紀(0004179)/旭化成(株)、今泉公夫(0019351)/旭化成ケミカルズ(株)、山崎輝昌(0007647) /旭化成(株)、岡本茂(0005052)/名古屋工業大学、角幸治(0022962)/名古屋工業大学
(1)実験目的と意義:
高分子ブロック共重合体はミクロ相分離により多彩なパターンを形成することが知られている。今回、膜厚、キャスト後処理方法の異なるジブロック共重合体薄膜(シリコンウェハー上150~300nm厚)中のミクロ相分離構造をGI-SAXSにより捕らえることを試みた。こうした製膜条件の違いによる構造の違いはそれ程大きくないと思われ、局所観察である顕微鏡観測では有意差を捕らえるのが難しいが、広いエリアの統計平均が得られる散乱法ではこの差が捕らえられると期待される。
(2)実験結果:
BL40B2において、カメラ長1,967mm、真空下室温条件でII+CCDにより20秒露光でGI-SAXSパターンを得た。CCDバックグラウンド補正後のパターンからスペキュラー位置を中心として水平(シリコンウェハー面)方向±10°の範囲で扇状平均を取ることで面内方向の1次元SAXSプロフィールを得た。
測定を行った3試料すべてについてq=0.13nm-1付近に明確なピークが得られた。ドメイン周期:50nm程度のミクロ相分離構造が面内に存在していることが示唆される。但し、プロフィールの形状はすべて異なっており、後処理を行ったものは行っていないものに比べてピークがシャープであった。構造が整っていることを示している。
(3)考察:
後処理は構造安定化の方向に寄与すると考えていたが、予想通りの結果となった。但し、その変化はあまり大きなものではなかった。試料の温度をTg以上に上げていないためだと思われる。 |