概要) リチウム電池は、電気自動車や携帯機器用の主要電源として広く用いられ、その特性向上のために産官学が連携した研究開発が行われている。特に、不燃性固体電解質を用いた全固体電池は信頼性に優れており、車載用やエネルギー貯蔵用などの高電流、高電圧での動作が期待されている。しかし、電極と固体電解質との界面が反応律速であることが知られており、界面現象の理解が最重要課題となっている。我々は、エピタキシャル膜でモデル電極/固体電解質界面を作製し、放射光X線表面散乱回折で界面構造をその場観察する手法を確立してきた。これまでLiCoO2正極とLi3PO4固体電解質界面における結晶構造変化をその場観測し、液系と比較してより高い電位まで可逆的なリチウム脱挿入が進行することを明らかにした。本申請では、硫化物系全固体電池に研究を展開するべく、LiCoO2膜正極上に、緩衝層Li3PO4およびLi3PS4固体電解質を堆積させた薄膜電池に対して、in-situ X線回折測定を行い、充放電反応時におけるLiCoO2正極の結晶構造変化をその場観察した。
キーワード:全固体リチウムイオン電池,表面X線回折,界面構造
1.目的 全固体電池は100 °Cで1000サイクルに渡り安定に動作するなど,リチウムイオン電池を凌駕する電池特性を発現する.全固体電池反応は固体固体界面で進行するが,既存液系蓄電池と同様の電気化学理論に基づく解釈にとどまり,本質は明らかでない.本研究では,申請者が独自に構築してきたエピタキシャル膜/固体電解質膜モデル界面を基に,放射光X線表面散乱回折から電極界面構造のその場観察を実施し,固固界面ならではの電気化学現象を解明することが最終目標である.酸化物系薄膜電池に関して、既に自作真空セルを用いた充放電時(Li脱挿入反応時)の静的な結晶構造変化の観測に成功し,液系電池で不可逆転移が観測される高電位領域(> 4.5 V vs. Li/Li+)においても,正極側界面の結晶構造が極めて可逆的に変化することを見いだした.高電圧動作化による全固体電池のエネルギー密度向上が期待できることを示す成果である.一方、酸化物修飾層を導入した硫化物系薄膜電池の正極界面現象に関する研究例がまだ少なく、硫化物固体電解質/酸化物修飾層/正極との界面構造変化を放射光X線表面散乱回折で解析することが必要である。本申請では、Li3PO4固体電解質を修飾層として導入した硫化物薄膜電池を定電流で充放電しながら,X線回折測定を実施した.硫化物電解質を用いた場合の正極近傍の構造変化を捉え、酸化物電解質との構造変化を調べた.
2.方法 LiCoO2エピタキシャル薄膜電極をSrTiO3(100)単結晶基板上に、RFマグネトロンスパッタリング法で作製した。電極面内方向の導電性を確保するために、電極と基板の間に高い電気伝導性を有するSrRuO3薄膜をバッファ層として導入した。薄膜X線回折装置で、作製した薄膜を評価し、LiCoO2が基板の面直方向に104配向、面内方向に01-4配向し、その膜厚は30 nmであることを確認した。電極上に、修飾層である固体電解質Li3PO4、固体電解質Li3PS4、固体電解質Li3PO4、負極Liを堆積し、薄膜電池を得た。In-situ X線回折は、BL22XUに設置されたκ型多軸回折計およびNaIシンチレーションカウンター検出器を利用し、薄膜電池を取り付けたin-situ測定用真空対応セルを回折計に固定することで行った。X線のエネルギーは15 keVとした。電池作製時(as-fabricated)、充放電中の各電位でout-of-plane 003, 104, およびin-plane 01-4, -210反射を測定し、電極構造の変化を調べた。
3.結果及び考察 Fig. 1に電圧範囲が3.0 – 4.2 Vで充放電反応をさせたのち、基板面直<001>および面内<100>方向で測定したin-situ X線回折図形を示す。面直方向ではL = 1.95付近にLiCoO2 104反射が観測された。初回充電時に104反射は低角側に移動し、強度が減少した。リチウムイオンが格子から脱離することで、CoO6層間で酸素が静電反発し、c軸方向の面間隔が広がったこととに対応する。放電時には充電前のピーク位置と強度に戻ったことから、可逆的なリチウム脱挿入の進行が確認された。面内方向ではH = 1.95付近にLiCoO2 01-4反射が観測された。初回充電3.8 V時にはピーク強度が増大し、原子配列の変化が示唆された。4.2 Vまで充電した後、回折ピークは分裂しH = 1.94, 1.96付近に現れた。リチウム脱離に伴う格子対称性の低下に由来すると推察される。初回放電後には充電と同じピーク位置に戻るとともに、強度が増大した。この結果も可逆的なリチウム脱挿入の進行を支持する。以上より、硫化物電解質を用いた薄膜電池でin situ X線回折測定で構造変化をその場観察することに成功した。 2サイクル以降、6サイクル充電時にかけて、いずれの反射も可逆的にピーク位置が変化した。6サイクル放電時、放電曲線が変化し、放電後も元のピーク位置と強度に回復しなかった。同様のセルをArグローブボックス内で充放電させると、優れたサイクル特性を示すことから、in situ測定用真空セルを用いたことで電池が劣化したと考えられる。硫化物電解質膜を用いた場合には、酸化物固体電解質を用いた場合より高い真空度で実験する必要があることが示唆された。今後セル完了するとともに、動的過程における正極/硫化物電解質界面における結晶構造変化を明らかにする。 |