○利用目的 本課題では硬X線光電子分光測定により,次世代リチウムイオン電池材料として有望なシリコン負極と硫化物固体電解質Li3PS4の界面における電池動作下での化学結合状態の変化を実測した.電池の主な反応場である界面での反応機構や化学的な劣化機構を調べた. ○試料について 以下の構成の薄膜電池を作製した. Cu/Si/Li3PS4/Li1+x+yAlx(Ti,Ge)2-xSiyP3-yO12/Li3PO4/Li なお,以下ではLi1+x+yAlx(Ti,Ge)2-xSiyP3-yO12をLICGC基板と呼称する. ○実験方法,使用装置,実験測定条件 弊学にて次のように薄膜セルを作製した.LICGC基板(10x10 mm角)の片面に固体電解質としてパルスレーザー堆積法によりLi3PS4(LPS)を8x8 mm角で100 nm,作用極としてアークプラズマ堆積法によりSiを6x6 mm角で10 nm,集電体として抵抗加熱蒸着法によりCuを6x6 mm角で10 nm順番に製膜した.LICGC基板のもう一方の面には,RFスパッタリング法によりLi3PO4(LPO)を8x8 mm角で1 µm製膜し,対極としてLiを6x6 mm角で順番に製膜し,Cu/Si/LPS/LICGC/LPO/Li薄膜セルを作製した. 現地では,BL28XUに設置されているAr雰囲気グローブボックス内で測定用セルに試料を設置した.Si/LPS界面を測定するため,作用極側(Cu/Si/LPS)を上に向けて設置した.対極側(LPO/Li)はステージ上にAgテープを貼り,固定した.負極側端子からCu製ステージに板バネを介して導通を取った.板バネの固定はAgテープを用いた.作用極側について,電極の端6x1 mmの大きさでAgテープを貼り,正極側の端子から板バネをAgテープ上に固定した.試料ホルダーはグローブボックス内で大気非暴露搬送用のベッセルに移し,測定チャンバーに試料を搬送した.試料の設置,測定チャンバーへの搬入,測定,搬出,試料の取り外しを大気非暴露で実施した.HAXPES測定では開回路(Pristine)と充放電後ではWide scan(Kinetic Energy:5600-7942 eV)とSi1s(6090-6105 eV),P1s(5775-5795 eV),S1s(KE:5464-5472 eV),O1s(7380-7415 eV),C1s(7635-7665 eV),P2p(7807-7827 eV),S2p(7763-7780 eV),Si2p(7831-7848 eV),Cu3s(7808-7820 eV)Li1s(7875-7887 eV)軌道について測定した.充放電中はS1s,P1s,Si1s,S2p,Cu3s軌道について測定した. ○結果について Fig.1,2に各充放電状態でのSi1sとS1s軌道のスペクトルを示す. ・Pristine Si1sスペクトルから,1840 eVにSi-Si,1857.9 eV付近にSi-O,1844,.3 eVにSi-S結合に由来するピークを観測した.酸化物成分は合成時のチャンバー内の残留酸素と反応したためと考えられる.Si-SはLi3PS4上にシリコンを製膜する際に基板衝突時のエネルギーが駆動力となり反応したと考えられる.S1sから2470.4 eVに固体電解質LPS中のPS43−に由来するピークを,2472.3 eVにSi1sスペクトルで観測したSi-Sに由来するピークを観測した. ・初回放電後 放電時のS1sスペクトルについて,強度の減少やピークの分裂が観測された.まず,2472.3 eV付近にPS43−,2474.3 eV付近にSi-Sに由来するピークをそれぞれ観測した.ピーク位置がPristineよりもシフトしているのは放電によって約−2 V動いたためである.2470.8 eVはLi2Sに由来するピークと考えられ,低電位においてLPOが分解されていることを示唆している.一方で,Si1sスペクトルではシリコンの充放電時のリチウムとの合金化に由来するピークシフトが観測されなかった.これは低電位での固体電解質の分解によって生じた界面層が不動態のような役割を果たし,電子・イオンの導電を妨げたためだと考えられる. ・初回充電後 充電後のS1sスペクトルでは,充電によって電圧が変化することでピークがシフトした.さらに,Li2Sに由来するピーク強度が減少し,PS43−に由来するピーク強度が増加したことから,LPSの分解反応は可逆的であると考えられる.しかし,Li2Sのピークは完全に消失せず,PS43−のピーク強度もPristineより減少したことから,完全に可逆的ではないと考えられる.Si1sスペクトルの変化は観測されなかった. ・2サイクル目 2サイクル目も初回サイクルと同様の変化が起きた.S1sスペクトルにおいて,放電時のLi2S由来のピーク強度がPS43−由来のピークよりも大きくなり,分解が進行していると言える.Si1sスペクトルの変化はなく,シリコンの充放電反応が起きなかった.反応を妨げた要因として,製膜時に生じた界面層,電解質の分解によって生じたLi2Sが考えられる.粉体試料の電池では分解によるLi2Sが生成したとしても電池動作はしていたことから,製膜時のSi-Sの生成を抑制する必要があると考えられる. |