○利用目的 リチウムイオン電池用Si負極特性の向上のために,合成段階でLiと合金化させたLi-Si合金薄膜をAl2O3基板もしくはCu基板上に作製し,HAXPESによって結合状態を評価した.合成段階でのLi/Si比による結合状態の変化を実測し,初期状態が充放電特性に与える影響について考察した.さらに,充放電後の試料についても評価をすることでサイクル特性と結合状態の相関について調査した.
○試料について 初期状態試料:Li2.02Si/Al2O3,Li2.52Si/Al2O3,Li3.03Si/Al2O3,Li3.43Si/Al2O3,Li4.04Si/Al2O3 充放電後試料:Li1.52Si/Cu(1,10,50,100,200サイクル充電後,放電後)
○実験方法,使用装置,実験測定条件 実験室での試料準備について,Al2O3基板及びCu基板上の試料はアークプラズマ堆積法を用いて合成した.合成雰囲気は真空(3.7-5.7×10-5 Pa)とし,所望のLi/Si比率になるようにSiターゲットとLiターゲットのパルス数を設定した.なお,それぞれのパルス数の根拠は各ターゲット単独で成膜した試料の膜厚から1パルスあたりの質量数を算出した.充放電後試料については2032型コインセルを作製し,設定したサイクル数で充放電した後に専用の治具で解体し,炭酸ジメチル(DMC)で試料を洗浄した. 現地での測定について,試料はBL14B2に設置されているグローブボックス内で試料ホルダーに取り付けた.チャージアップ防止のためにカーボンテープで試料を固定し,ホルダーとの導通を取った.試料ホルダーはグローブボックス内で大気非暴露搬送用のベッセルに移し,測定チャンバーに試料を搬送した.試料の設置,測定チャンバーへの搬入,測定,搬出,試料の取り外しを大気非暴露で実施した.HAXPES測定ではWide scan(Kinetic Energy:5600-7942 eV)とSi1s(KE:6090-6105 eV),F1s(7240-7260 eV),O1s(7380-7415 eV),C1s(7635-7665 eV),Si2p(7831-7848 eV),Li1s(7875-7887 eV)軌道について測定した.充放電後の試料ではP1s(KE:5775-5795 eV)軌道も測定した.
○結果について ・初期状態試料 Fig.1にこれまでに測定したLi-Si合金(赤字)と今回測定したLi-Si合金(黒字)のSi2pスペクトルを示す.単体Siの試料に比べていずれの試料も低結合エネルギー側にピークシフトした.低結合エネルギー側へのピークシフは還元されたことを示している.Li合金化によってSiは還元されるため,合成段階でのLi合金化を確認した.さらに,各試料同士の比較をする.Li/Si比率によってピーク位置は連続的ではなく,段階的に変化していることがわかる.なお,ピークシフトの程度とLi/Si比率が対応しないのは,図中にも記載の通り,Li/Si比を決定するためのICP-MS分析の条件が異なることに起因すると考えられる.ピークシフトの段階的な変化4つでありはLi-Siの二元系の相図中の合金組成の数と対応する.以上から,充放電特性はこの4つの領域に分けられると考えられる.しかし,実際は同じピーク位置領域の異なるLi/Si組成の試料でも充放電特性は異なる.これはLi含有 酸化物成分の存在や混合状態などに起因すると考えられる.O1s,C1sスペクトルからこれらの成分が観測されている. ・充放電後試料 Fig.2に各サイクル後のSi2pスペクトルを示す.なお,参考として,過去に測定したSi単独で合成した試料のスペクトルも示す.充電後と放電後のスペクトルを比較するとピーク位置は異なっており,正常に充放電反応が進行していることがわかる.一方で10サイクル充電後と1サイクル充電を比較するといずれもLi脱合金化が起きたにも関わらずピーク位置が異なっていた.10サイクル充電後の方が低結合エネルギー側にピークが存在したことから,活物質中にLiが捕捉されていることがわかる.さらに,充放電を進めると不可逆反応によって生成するLi-Si-Oピークが観測された.充放電曲線の反応解析から長期サイクルではLi-Si-O成分が生成するピークは観測されなかった.したがって,電極活物質の剥離などによって表面に存在しているLi-Si-O成分の強度が相対的に大きくなり,Li-Si-Oピークが観測されたと考えられる.他の元素(O1s,C1s,F1sなど)のスペクトルからも長期サイクルにおいて不可逆反応によって生成する成分が高強度で観測された.したがって,長期サイクル時の容量低下は電極活物質の剥離によると考えられる. |