【緒言】アイソタクチックポリプロピレン(iPP)のシートの透明性は、分子量分布などの一次構造や温度などの成形条件により大きく変化する。例えば、押出成形時に、シート状に押し出された溶融樹脂を引取機の金属対向ロール(タッチロール方式)や金属ベルトで挟んでシート内部を急冷結晶化させるとともにシート表面を平滑化する成形加工技術は、シートの透明性を向上させる目的で広く使用されている。球晶等の構造単位の大きさを光の波長のオーダー以下に微細化することが透明化のカギ1)であり、核剤を含まないiPPに関して、メソ相を経由した結晶化工程により球晶の肥大化を抑えた研究2)がある。一方、核剤を含有するiPPの透明シート成形もまた産業界で古くから行われ、光の波長程度のオーダーの密度揺らぎや屈折率異方性(結晶配向)の揺らぎを有する高次構造が光を散乱し透明性に影響すると考えられる1)が、その詳細はわかっていない。本研究の目的は、タッチロール方式で成形した核剤を含有するiPPシートにおける結晶配向や結晶ラメラ厚のシートの厚さ方向の分布を解析することで、構造発現の要因となる結晶化の描像を明らかにし、透明性を改善することである。 【実験】iPP (Melt Flow Rate ; 4 g/10min、230℃)に溶融タイプの核剤マスターバッチをブレンドした材料を用い、樹脂温度230℃、ロール温度60℃に設定したタッチロール方式シート成形機を用いて厚さ400 μmのシートを作製した。ロータリーミクロトームを用いて、切片の法線がシートのMachine Direction (MD)に垂直なTransverse Direction (TD)と平行となる向きに15 μm厚の切片を切り出し、偏光顕微鏡(クロスニコル、鋭敏色板挿入)写真を撮影した。同様の向きに切り出した25 μm厚の切片に対し、X線マイクロビーム(波長;1 Å、ビーム径;約8 μm)をTDと平行な向きに入射し、切片を7 μmずつシートのNormal Direction (ND)に動かしながらSAXS(検出器;Pilatus、カメラ長;約1.7 m、露光時間10 s)及びWAXD(検出器;Sophias、カメラ長;約8 cm、露光時間10s)測定を行った。得られたSAXS/WAXD強度の2次元プロファイルからバックグラウンドを除去した後、円環積分を行い、SAXS強度(ISAXS)及びWAXD強度(IWAXD)を得た。また、Fig. 2 (a) に示すWAXD 強度の2次元プロファイル中に赤枠で示すα晶040反射について方位角(φazimuth)方向で積分してIWAXD, 040を得た。Fig. 2 (c)に示すISAXS v.s. q(qは散乱ベクトル)で観察されたラメラ構造に由来する反射ピークの位置qpeakから長周期Lpeak(=2π/qpeak)を求めた。 【結果・考察】Fig. 1 (a)にiPPシート(透明性の指標ヘーズ値;3.1%)断面の偏光顕微鏡写真を示す。光学顕微鏡の分解能では明瞭な高次構造単位は観察されなかったが、低次のReterdationがシートの厚さ方向に変化しており、結晶配向が不均一であることを示していた。偏光顕微鏡写真中のA~Eの箇所のIWAXD v.s. 2θをFig. 2 (b)に示す。シートの厚さ方向全体にわたりα晶主体の反射が観察された。IWAXD, 040 v.s. φazimuthのシートの厚さ方向の分布をFig. 1 (c)に示す。シートのNDに対応するφazimuth=0°は、検出器に対する試料の取付方向の関係で、Fig. 2 (a)の水平方向に対して15°傾いている。c軸やa*軸配向の方向や強さがシートの厚さ方向で不均一であり、配向の向きがMDと一致しない領域が存在するとともに、シート内部の中心付近で不連続に変化していた。Lpeakのシートの厚さ方向の分布をFig. 1 (b)に示す。シート表面近傍に比べシート内部のLpeakが大きい傾向が見られ、シートを抱きつかせて巻き取るキャストロール側の表面に近い領域で極大を示した。 【結論】タッチロール方式で成形した核剤入りiPPシートの厚さ方向において、結晶配向と長周期に分布が存在することがわかった。今後は上記構造分布が得られるシート成形時の結晶化過程を明らかにするとともに、さまざまに透明性が異なるシートの構造分布を相互に比較することで透明性の要因を明らかにしていく。 参考文献 1) R. S. Stein and R. Prud’homme, J. Polym. Sci. B, Polym. Lett., 9, 595 (1971). 2) A. Funaki et al., Polym. Eng. Sci., 51, 6, 1068 (2011). |