利用目的 X線吸収分光(XAS)測定は試料の化学状態や局所構造について元素選択的にかつ試料の状態を問わず調べることができるため、学術分野だけでなく産業分野における材料・開発にも広く用いられている手法である。現在ではSPring-8やPFをはじめとする各放射光施設で複数のXAS測定専用ビームライン(BL)が整備されている。このためユーザーは必要に応じて放射光施設やBLを選択あるいは横断的に利用しながら研究開発を進めている。XAS測定を適切に行うためには、各放射光施設で測定できる元素(エネルギー範囲)、エネルギー分解能、測りたい試料のXAS測定に要する時間(各施設やBLのPhoton fluxに関連する知見)といった各施設の特徴を把握する必要がある。しかし、現状ではこのような各施設の特徴に関して実験データに基づいた比較・検討例がないために、放射光スタッフ側はユーザーの要望に応じて最適な実験施設や測定条件の提案することが困難である。特に、産業界ユーザーは施設横断的な利用が一般的であり、放射光利用の利便性を向上させるためには、実験データに基づく施設横断的な知見を共有することが重要となる。このような背景のもと、光ビームプラットフォーム事業の一環としてSPring-8 (SP8), Photon Factory (PF), SAGA-LS (SAGA), あいちSRの4施設で硬X線-XAS測定のラウンドロビン(RR)実験を実施している。 2017年度からはユーザーからの質問が多い項目である、低濃度試料の検出下限や測定に必要な時間の定量的検討を各施設で行っている。これらの実験から、同程度の測定条件(ICR・蓄積時間)に対して、SPring-8とPFのXASスペクトルを定性的に比べると、得られるXASスペクトルはS/N比が大きく異なっていることが分かった。この結果を用いてEXAFS振動を抽出したところ、PFではk = 10.5 Å-1付近までEXAFS振動が抽出できているのに対しSP8ではk = 10 Å-1以上ではEXAFS振動が適切に抽出できなかった。これらのS/N比の違いの要因を明らかにするために、各施設におけるラウンドロビン実験時のPhoton fluxを見積もって比較したところ、SP8 BL14B2とPF BL-9Aではほぼ同等の1.0×1011 photons/sという値が得られた。このときPFとSP8では同じ検出器(19素子Ge検出器)を用いているが、蛍光XAS測定時の設定方法は各施設で異なる。例えばPFではフィルターとソーラスリットを用いて測定するのが一般的な設定でありS/Bの点からはPFのほうが有利となる。したがって、低濃度の試料をBL14B2で測定した際に確認されたXAFSスペクトルのS/N劣化の要因が、単にPhoton fluxや蛍光X線の取り込み角だけではないことが考えられる。
試料名、実験方法、使用装置・実験測定条件 先行実験(2017B1920)におけるスペクトルのS/Nの悪化(当該課題の報告書参照)の原因が、弾性散乱を除去していないこと(S/Bの悪化)に起因するのか、それ以外に要因があるかの検討を行なった。 蛍光XAS測定には、BL14B2に設置されている半導体検出器(19素子Ge-SSD)を使用した。蛍光XAS測定は室温・大気圧で実施した。試料は、10, 100 ppmを目標にBNで希釈したCuOを用いた。この試料は、「蛍光X線吸収分光のラウンドロビン測定による低濃度試料の検出限界の検討」(2017B1920)で使用した標準試料と同じものである。フィルターの有無・光学的厚み(μt=3および6)の条件を変更して測定した。フィルターを使用した場合は、フィルターからの蛍光線を低減させるためにソーラスリットを使用した。今回の実験では、KEK-PFから焦点距離の短いソーラスリットを持ち込み、フィルターと併用することで弾性散乱を効果的に除去した条件で蛍光測定を行なった。
測定内容、結果の概要 図1に、得られたXASスペクトルから得られた、XAS振動スペクトルを示す。図から明らかなようにフィルターの使用の有無で、得られたXAS振動のS/Nの改善が見られた。 今回の結果に加えて、今後各施設で得られる結果を比較することで、各施設の検出濃度の限界に関する情報をまとめる予定である。 |