[緒言] アイソタクチックポリプロピレン(iPP)のDSC測定においては、昇温速度が10 K/min以下の場合に高温側にピークやショルダーが現れる。meltから20 K/minの冷却速度で結晶化したiPPサンプルを20 K/minで昇温した場合の融解曲線は、ほぼシングルピーク(融解ピーク温度Tm = 165℃)であるのに対し、5 K/minで昇温した場合は、明確なダブルピーク(Tm = 161℃、168℃)を示した1)。このメカニズム解明のため、5 K/minと20 K/minにおける結晶構造変化について、時分割WAXDにより観察した1)。その結果、DSCの融解曲線が明確なダブルピークとなる5 K/minでの昇温時にはα2晶固有の反射が出現した。この反射はα1晶にも共通な反射よりも高温まで残存することが観察された。 本検討の目的は、結晶構造変化が生じなかった20 K/minで昇温した場合を含め、結晶構造の観察結果と結晶化度や結晶ラメラ厚の観察結果とを比較検討し、両者の関連を解明することである。 [実験] iPP(Mw = 298,000、Mw/Mn = 7.1、mmmm = 97.2 %)のシート(厚み:0.3 mm)をDSCパン中で230℃で5 min融解後、20 K/minで30℃まで冷却して結晶化したものをサンプルとした。 昇温時の時分割WAXD/SAXS観察は、BL03XU (FSBL)の第2ハッチにおいて、加熱ステージ(LINKAM社、THMS 600)に、DSCパンから取り出したサンプルをカプトン膜に包んでセットして行った。X線(波長:0.1 nm、ビームサイズ:100μm×120μm)をシート表面に垂直(Through)方向に入射した。カメラ長(WAXD:254 mm、SAXS:1850 mm)、露光時間(WAXD:2 s、SAXS:0.1 s)で測定した。今回の測定では、放射光がサンプルに及ぼす影響を考慮して、昇温速度が異なる場合にトータルの照射時間が同じ180 sになる様に測定間隔を調整した。Flat Panel Display(WAXD)とCCD(SAXS)で検出された2次元散乱パターンを円環積分して得られたX線散乱強度(IWAXDとISXXS)の散乱角度2θ依存性を解析に用いた。結晶化度χcの指標は、2θ= 7.9°~15.1°の角度範囲のIWAXDプロファイルより、以下の(1)式(Hermans-Weidinger 法2)を基にした簡便法)を用いて算出した。 χcの指標(%) = (S110 + S040 + S130 + S111 + S-131, 041)/Sall × 100 (1) ここで、S110、S040、S130、S111、S-131, 041は、それぞれ110、040、130、111、-131および041の面反射の積分強度である。Sallは、バックグラウンドを除いた上記2θ範囲の全散乱の積分強度である。 [結果・考察] Fig.1に異なる昇温速度で昇温した場合のWAXDプロファイルの温度変化を示した。5 K/minの場合、今回はα2晶の同定3)に通常使用する19.5°付近の-161と-231の面反射は明確でなかった。しかしながら、140℃でα1晶とα2晶に共通な241と171の高角度の面反射が出現し、147℃になるとこの面反射が消失する代わりにα2晶由来の二つの面反射(071、161および-251)が出現した。20 K/minで昇温した場合は、上記の面反射は観察されなかった。また、χcの指標も5 K/minで昇温した場合の方がより高温まで高い値が維持された。Fig.2に異なる昇温速度で昇温した場合に140℃で観察したSAXSプロファイルを比較して示した。5 K/minで昇温した場合の方が、20 K/minの場合に比較して、低角度領域の中心散漫散乱の強度が増加した。 中心散漫散乱の構造的要因は、位置相関の無い散乱体の存在である。プロファイルは散乱体の大きさや形状に依存する4)。今回5 K/minで昇温した場合に観察された散漫散乱は、昇温中の再組織化により局所的に生じた結晶に起因すると考えられる。再組織化により生じたα2晶は、より高温で融解することから、より大きなラメラ厚を有すると考えられる。 [結論] DSCの融解プロファイルがタブルピークを示す5 K/minで昇温した場合の再組織化は、-161と-231の面反射が明確でないため、過去に報告された熱処理によるα2晶への融解再組織化5)と同一であると断定は出来ない。しかしながら、ラメラ厚が小さく乱れのあるα1晶からより規則的でラメラ厚の大きい結晶への再組織化が局所的に生じ、DSCの高融点成分となっていると考えられる。これに対して、20 K/minで昇温した場合は、上記の様な局所的な再組織化が生じないまま、融解に至ると思われる。 参考文献 1) SPring-8利用課題実験報告書(2016A7207) 2) Weidinger A, Hermans PH., Macromol Chem Phys 50, 98 (1961) 3) M.Hikosaka and T.Seto,Polymer Journal,5(2),111(1973) 4) A.Guinier著,「X線結晶学の理論と実際」、理学電機(株)、546頁(1967) 5) 佐藤ら,高分子学会予稿集(CD?ROM) 巻:59(2010) 号:1 Disk1 頁:ROMBUNNO.3PC041 |