[緒言] 通常の成形方法で得られた結晶性高分子は非平衡で準安定状態であり、昇温や熱処理により、より安定な状態に変化する。加熱処理による構造変化を把握することは、高温での物性評価の信頼性や材料の性能の向上につながるので、重要な研究課題である。 汎用高分子であるアイソタクチックポリプロピレン(iPP)においても、DSCの多重融解プロファイルの広範囲に亘る昇温速度に対する依存性の解析1)や、熱処理によるα1型結晶からより安定なα2型結晶への転換の観察2)等の報告がある。iPPのα1型結晶では結晶格子内で隣接するポリプロピレン鎖の上向きと下向きの方位がランダムであるが、α2型結晶では規則的な充填構造をとる。α2型結晶の存在は、広角X線回折(WAXD)における-231と-161反射により確認することができる3)。α2型結晶の割合の簡易的な指標は、α2型結晶に特有な上記反射の強度I(α2)と、α2型結晶に特有な071と161反射および同じ場所に観察されるα1型とα2型結晶に共通な-241と221反射を合わせた強度I(α1+α2)との比I(α2)/I(α1+α2)によって算出される4)。本検討の目的は、昇温速度によりDSCの融解プロファイルが大きく変化した場合におけるα1型からα2型結晶への結晶構造変化について、時分割WAXDにより観察することである。 [実験] iPP(Mw:298,000、Mw/Mn:7.1、mmmm(立体規則性の指標):97.2%)のシート(厚み:0.3mm)をDSCパン中で230℃で5min融解後、20℃/minで30℃まで冷却して結晶化したものをサンプルとして用いた。Fig. 1に示す様に、サンプルを20℃/minで昇温した場合の融解曲線は、ほぼシングルピークであるのに対し、5℃/minで昇温した場合は、明確なダブルピークを示した。 昇温時の時分割WAXD観察は、BL03XU (FSBL)の第2ハッチにおいて、LINKAM THMS 600に、DSCパンから取り出したサンプルをカプトン膜に包んでセットして行った。X線(波長:0.1 nm、ビームサイズ:100μm×120μm)をシートに対しシート表面に垂直(Through)方向に入射した。カメラ長180mm、露光時間1secで測定した。Flat Panel Displayで検出された2次元散乱パターンを円環積分して得られたX線散乱強度の2θ依存性を解析に用いた。 [結果・考察] Fig.2に異なる昇温速度で昇温した場合に140℃で観察したWAXDプロファイルを比較して示した。20℃/minで昇温した場合は、α1型結晶の反射が残存し、α2型結晶固有の反射が観察されなかった。これに対し、5℃/minで昇温した場合は、α1型結晶の反射が非常に弱くなる一方、α2型結晶固有の反射が出現した。α2型結晶固有の反射は、α1型結晶由来の反射が検出限界以下となった後も観察された。 [結論] 融解プロファイルがタブルピークを示す5℃/minで昇温した場合には、α1型結晶からα2型結晶への融解再結晶化が生じていると考えられる。今後、結晶構造変化が生じなかった20℃/minで昇温した場合を含め、結晶構造の観察結果と結晶化度や結晶の厚みの観察結果とを比較検討し、両者の関連を解明する。 参考文献 1) A. Toda et.al, Journal of Thermal Analysis and Calorimetry, 113(3), 1231 (2013) 2) 佐藤ら,高分子学会予稿集(CD−ROM) 巻:59(2010) 号:1 Disk1 頁:ROMBUNNO.3PC041 3) M.Hikosaka and T.Seto,Polymer Journal,5(2),111(1973) 4) 特開2011-195830 |