【緒言】 1907年に人類が初めて発明したプラスチックであるフェノール樹脂は、フェノールがメチレンを介して三次元に架橋したネットワーク構造を有し、強度、弾性率、耐熱性、絶縁性などに優れる熱硬化性樹脂として現在も様々な産業分野(例えば、自動車部品、電子材料、建築材料など)において広く利用されている。 前記物性の中でも特に弾性率や強度については樹脂のネットワーク構造が影響を与えていると考えられ、架橋ネットワークの不均一性と機械特性の相関把握のための研究が1930年代より活発に行われている。その長い研究史において、SEM, TEM, AFMによる断面観察、NMRによる分子鎖のダイナミクス解析、ゲル化理論の熱硬化性樹脂への応用など、様々な手法が検討されているが、SEMやAFMによる破断面解析が現在も主要であり、それらは内部構造を観察するために、試料破壊して得た断面を観察するものである。これらの破壊的手法による研究で導かれた高次構造に関する仮説は、フェノール樹脂は高架橋密度の粒子状ミクロゲルと低架橋密度のマトリックスという不均一構造で構成され、樹脂破断はミクロゲル間界面の架橋が疎な領域で生じるというものである。しかしながら、これらの不均一性を明確に説明できる結果は未だに得られていない。我々はこれまでにDLS, SANS, SEM, NMR, MDなど様々な手法を用いてフェノール樹脂ネットワーク構造の不均一性の解明に取り組んできた[1-5]。今回、2012および2013年度のSAXS実験において確立した不均一性の解析手法を、一般的なフェノール樹脂成形材料で用いる原材料系に応用し、架橋反応進行に伴うネットワーク構造形成過程の散乱関数変化についての解析を試みた。 【実験】 成形用材料として、フェノール樹脂オリゴマーであるノボラック樹脂(住友ベークライト製, PR-51470)および硬化剤であるヘキサメチレンテトラミンの1/0.12(wt/wt)混合粉末を直径100mmφの円盤状金型を用いて100 ℃、60 kPaで5 h圧縮加熱成形し、小型粉砕機を用いて粉砕したものを成形用材料PR12とした。ここで、PR12の硬化剤量は官能基等量である。この成形用材料を用い、圧縮加熱成形(5 h, 60 kPa)および粉砕の工程を110, 115, 120, 125, 130℃の順番に繰り返した。各温度で得られた粉末を大量のメタノール中で攪拌、遠心分離、メタノール不溶部を回収する操作を3回繰り返し、ゲル成分をメタノール膨潤状態で回収した。SAXS測定はBL03XUビームライン第二ハッチでカメラ距離1.1 m(大気下, X線波長λ=0.100nm)および3.5 m(真空下, λ=0.150nm)で実施、メタノール平衡膨潤状態の散乱関数を取得した(検出器:Rigaku R-AXIS VII++, 試料セル:石英ガラスキャピラリー(Hilgenberg製Mark-Tube, 直径2mmφ))。セルを真空下に設置するため、セル開口部はウレタン系接着剤により封止した。また、広角側(i.e., q=2~20nm-1)の散乱データは実験室SAXS装置(Rigaku NANOViewer)を用いカメラ距離7cm(λ=0.154nm)で取得した。
【結果】 110℃成形品のメタノール平衡膨潤状態のSAXSをFigure 1に示す。これまでのSAXS実験結果(課題番号:2012A7211, 2012B7262, 2013A7212, 2013B7260)より、フェノール樹脂のゲル化反応に伴う散乱関数はOrnstein–Zernike (OZ)式(I(q) ~ 1/(1+ξ2q2))で示される準希薄溶液中のポリマー鎖の振る舞いおよびDebye-Bueche (DB)式(I(q) ~ 1/(1+Ξ2q2)2)による架橋不均一性を示す項の和によりフィッティング可能であることが明らかとなっている。今回、過去検討よりも幅広いq領域を観測していることを考慮し、(a)ゲル微粒子表面のPorod散乱(I(q)~q-4)、(b)DB、(c)OZ、(d)q = 17 nm-1付近にピークを有するガウス関数型の短距離相関(アモルファスハロー)、(e)メタノールによる散乱、を加えた理論散乱関数を用いた結果、SAXSがフィッティング可能であった(Figure 2)。更に、各温度で得られた成形品のSAXSについても同様にこの理論関数によりフィッティング可能であった。今後、フィッティングパラメータ変化の関する解析を行う予定である。更に、フィッティングの妥当性検証のためSANSによる相補解析や1HパルスNMRによるスピン-スピン緩和時間解析などでの検証を行う予定である。
【参考文献】 [1]A. Izumi, T. Takeuchi, T. Nakao, M. Shibayama, Polymer, 2011, 52, 4355-4361. [2]A. Izumi, T. Nakao, M. Shibayama, J. Polym. Sci., Part A: Polym. Chem., 2011, 49, 4941-4947. [3]A. Izumi, T. Nakao, M. Shibayama, Soft Matter, 2012, 8, 5283-5292. [4]A. Izumi, T. Nakao, H. Iwase, M. Shibayama, Soft Matter, 2012, 8, 8438-8445. [5]A. Izumi, T. Nakao, H. Iwase, M. Shibayama, Soft Matter, 2013, 9, 4188-4 |