【緒言】 磁石は代表的な機能性材料であり、磁気記録やモーターおよび発電機などに応用されている。安価で大量に用いるフェライト磁石に対し、1984年に佐川眞人博士によって発見されたネオジム磁石[1]は、発見から現在まで史上最強の磁石であり、磁石応用製品の小型化に貢献してきた。ネオジム磁石の主な用途は、かつてハードディスクのボイスコイルモーター(VCM)であったが、最近ではハイブリッド(HEV)自動車の駆動モーター用途での需要が急増している。この自動車用途では、VCM用途と異なり高温(~200℃)環境に曝されるため、保磁力が室温での値の約1/4にまで減少した状態で使用することになる。この減少に対応するために、対Nd比で最大約40%のDyを添加して室温での保磁力を約3倍に増加することで耐熱性を向上させた磁石が用いられている。しかし、Dyが将来の安定確保に不安のある希少元素であるため、Dyを用いない高保磁力のネオジム磁石の開発が求められている。一方、物性的にネオジム磁石に期待される保磁力の上限はNd2Fe14Bの異方性磁界値(約7 T)であるが、市販されている焼結磁石の保磁力は理想値の約20%にも満たない1.2 T程度であるから、Dyを添加せずとも別の何らかの方法で改善できる可能性がある。すなわち、保磁力を理想値に近づけるような建設的な材料設計、および、保磁力を劣化する原因となるウィークポイントを克服する両面からの研究が重要である。ネオジム磁石の保磁力が表面で低下して、磁気的に結合したバルクの保磁力に影響することもウィークポイントの一つである。表面研磨によって表面保磁力が低下した試料について、研磨面へのNdコートと熱処理により保磁力を回復させた先行研究[2]がある。そこで、本課題ではネオジム磁石の保磁力性能のウィークポイントの一つである表面保磁力を制御する技術の開発を目的として、表面敏感性の高い軟X線MCDを用いたネオジム磁石表面の磁気特性解明と、Nd金属の蒸着による保磁力回復の試行を行った。
【実験】 本研究で用いたネオジム焼結磁石試料は、未着磁のNd13.7Fe80.3Cu0.07B6異方性焼結磁石である。焼結後の最適化熱処理(540℃で1時間)を施したインゴットから、容易磁化軸が長手方向となる棒状(約2×2×10 mm3)の試料片を切り出し、軟X線MCD試料として用いた。試料は破断機構付の試料キャリアに固定し、ロードロックを経て、電磁石軟X線MCD装置の測定チャンバー内(P < 3×10-7 Pa)内で破断した。破断直後にH=1.9 T の磁場を容易磁化軸方向に印加し、Fe L2,3-吸収端、および、Nd M4,5-吸収端にてMCDスペクトルと元素別ヒステリシス曲線の測定を行った。また、その後、破断面へのNd蒸着は同装置の試料準備チャンバー内で、RFマグネトロンスパッタリング法により行った。このとき用いたNdターゲットは 、純度99.9%、直径1インチ、厚さ2mmであり、Arガス圧力は約7 Pa、RF出力は15 Wとした。また、水晶振動子による膜厚モニターの校正を行う目的で、窒化シリコンメンブレン上に一定時間のNd蒸着を行い、軟X線の透過吸収測定によって、蒸着量を定量評価した。また、蒸着後の熱処理は測定チャンバー内で高温MCD測定用試料ホルダーにて最高400℃までの温度で行った。なお、本課題では蒸着による表面保磁力の検討後にパルス強磁場軟X線MCD測定を計画していたが、配分シフト数を考慮して蒸着効果の試行までを実施した。
【結果】 試料準備チャンバーにおいて、NdをSi3Nxメンブレン上に10分間、および、20分間蒸着した試料における軟X線透過率のエネルギー依存性をFig. 1aに示す。1000 eV付近で透過率が著しく低下する領域は、Nd M4,5吸収端に相当する。また、Fig. 1aには、各Nd膜厚に対して計算で求めた透過率曲線を破線で示した[3]。ここで、蒸着レートを求めるには、Fig. 1aに示した実験と計算で得られた各透過率を比較すれば良い。Fig. 1bに、実験と計算による800 eVにおける透過率を比較し、蒸着レートを求めた結果を示す。Fig. 1bより、スパッタリング条件における蒸着レートを4.5 nm/min. と決定した。Fig.2に破断直後にFe L3吸収端で測定した元素選択磁気ヒステリシス(ESMH: Element-Specific Magnetic hysteresis)曲線を示す(黒丸)。ESMHから求めた保磁力は約0.8 Tであり、バルクでの保磁力0.9 Tと比較して有意な低下が見られる。これを回復させる目的で、Fig.1bで見積もったNdの蒸着レートを用いて、破断面に2 nmのNdを蒸着した。この段階でESMHを測定したが、保磁力に変化は見られなかった(赤丸)。そこで、約1時間かけて試料を300℃に昇温し、約30分の保持後、約2時間かけて室温まで冷却し、ESMHを測定した(青丸)。しかし、本課題ではNd蒸着と300℃までの熱処理では保磁力を増大させることが出来なかった。また、加速電圧1 kVに設定したArガスイオンスパッタガンにより破断面をミリングすることで保磁力が更に低下したが、その後のNd蒸着と300℃、さらに、400℃でアニールを行ったが、保磁力増大効果は得られていない。 以上のとおり、Nd-Fe-B焼結磁石の破断面に対し、Nd蒸着と最高400℃までの温度で熱処理を行ったものの、保磁力の増大には至っていない。この要因として、熱処理温度が400℃では低すぎたことが考えられる。今後は、700℃までの熱処理を試料準備チャンバー内で可能となるように改造を加えた上で、破断面の保磁力制御に再挑戦したい。
【謝辞】 本課題は文部科学省元素戦略(拠点形成型)プロジェクト「元素戦略磁性材料研究拠点」(Elements Strategy Initiative Center for Magnetic Materials; ESICMM))の一部として実施されました。また、Nd-Fe-B焼結磁石試料は日立金属株式会社殿よりご提供いただきました。
【参考文献】 [1] M. Sagawa, S. Fujimura, N. Togawa, H. Yamamoto, and Y. Matsuura, J. Appl. Phys. 55, 2083 (1984). [2] S. Hirosawa, K. Tokuhara, and M. Sagawa, Jpn. J. Appl. Phys. 26, L1359 (1987). [3] B.L. Henke, E.M. Gullikson, and J.C. Davis. X-ray interactions: photoabsorption, scattering, transmission, and reflection at E=50-30000 eV, Z=1-92, Atomic Data and Nuclear Data Tables Vol. 54 (no.2), 181-342 (July 1993). |