化学反応を穏和な条件で高効率に触媒するタンパク質の 「機能する天然構造」の解析は、構造に基づく機能の理解やイノベーション創出への 構造モデルの提供の観点から、基礎科学と科学技術革新による社会貢献の両面で必要性を増している。触媒反応の理解には、サブÅレベルの構造に基づく議論が必要であるが、これまでのX線結晶構造は、クライオ結晶構造解析の結果であっても、放射線損傷の影響を含む可能性を否定できない。本研究課題では、放射線損傷の影響の無い回折像を撮影する為、放射線損傷の進行にかかる時間に比べ格段に発光時間が短いSACLAの大強度フェムト秒X線パルスを活用した測定技術の開発を行い、生体エネルギー変換に関わる金属含有膜タンパク質の無損傷X線結晶構造解析を目指す。今期の実験では、ラン藻由来光化学系Ⅱとチロクロム酸化酵素について実験を行った。
(1)ラン藻由来光化学系Ⅱ ラン藻由来光化学系Ⅱの結晶からSACLA/BL3/EH3にて回折強度を測定した。測定温度は100K。事前のX線パルス照射の影響を避けるため、結晶内のパルスの通過経路の間隔が50μmになるように結晶を1パルス照射毎に並進させた。また、照射毎に結晶を0.2°回転させ解析に十分な領域の回折点の強度を記録した。X線の波長は1.24Åを用いた。回折写真の撮影にあたり、パルス照射による結晶の割れ等を抑え、結晶の大きさを有効に活用する目的で、結晶をビームの集光点からずらして据え付けた。この回折写真から得られた2Å分解能の回折強度データ(Rmerge 0.295、Rpim 0.145、充足度 96%)を使い、活性中心の電子密度図を計算した。無損傷構造解析の為のデータ測定技術は、全く新しい測定方法であるため、得られた活性中心の構造の検証を再現性を含め、丁寧に行う必要があり、次回以降の測定でこの検証の為のデータを測定する。
(2)チロクロム酸化酵素 X線照射による放射線損傷が起こる前に回折写真を撮影できる SACLAの回折実験では、放射線損傷を抑制する目的で結晶を冷却する必要が無く、非凍結結晶を使った動的構造解析が出来る可能性がある。我々が開発している大型結晶からSACLAの大強度フェムト秒X線パルスを使い回折写真を撮影する技術は、高分解能構造解析に適した方法であるが、測定効率の制約により、同じ結晶から複数の回折写真を撮影するため放射線損傷の伝播に注意しなければならない。そこで、10℃未満に冷却した凍結していないチトクロム酸化酵素結晶をビームの焦点位置に設置し、結晶を50μm並進しつつ数秒間隔でフルフラックスのX線パルス照射を行い、連続して回折写真が撮影できるかを調べた。X線の波長は1.24Åであった。連続して記録した回折写真に記録された回折点の分解能に変化は見られなかった。このことから、 数秒間隔の照射の場合、50μmのビームの通過経路間隔は、 結晶の並進対象を大きく乱す放射線損傷をさける上で有効であることが判った。これにより、これ迄に開発してきた測定方法で、非凍結結晶の回折強度データを収集出来る可能性が示された。 |