課題情報
課題番号 2013A1012
実験課題名 軟X線MCDによる焼結Nd-Fe-B磁石の粒界磁性解析
実験責任者 0003885 廣澤 哲 ((独)物質・材料研究機構)
ビームライン BL25SU
タイトル
軟X線MCDによる焼結Nd-Fe-B磁石の粒界磁性解析
著者
 
主著者 0003885 Hirosawa Satoshi (独)物質・材料研究機構
共著者 0011347 Yasui Akira (公財)高輝度光科学研究センター
共著者 0020677 Kotani Yoshinori (公財)高輝度光科学研究センター
共著者 0000851 Ueno Wakana (公財)高輝度光科学研究センター
共著者 0009976 Tsuji Naruki (公財)高輝度光科学研究センター
共著者 0003439 Nakamura Tetsuya (公財)高輝度光科学研究センター
共著者 0002340 Narumi Yasuo 東北大学
共著者 0020368 Fukagawa Tomoki 日立金属(株)
共著者 0022490 Nishiuchi Takeshi 日立金属(株)
本文
【緒言】
Nd-Fe-B系永久磁石は、近年、ハイブリッド自動車(HEV)の駆動モーターや風力発電機などの材料として重要性を増しており、更なる高性能化を目指した研究が盛んに行われている。特に、HEVに用いられる耐熱高性能永久磁石(原子組成代表値 (Nd10Dy4) Fe80B6)と同等以上の性能をもつ磁石を、希少元素であるDyを用いずに創製する技術の開発は喫緊の課題である。それに対し、Nd-Fe-B焼結磁石の合金組織の微細化や主相(Nd2Fe14B単結晶)間に存在する粒界物質の制御を軸とした組織制御の確立が課題解決の有力な方法であると考えられている。
粒界物質は数種以上で構成されており、粒界相の種類・分布と保磁力の間には密接な相関があると考えられている。したがって、様々な条件下で作製した試料に対し、磁石組織中にある粒界相の磁性を直接観察し、粒界磁性と保磁力の相関を理解することが重要である。我々は、これまで、試料を破断した際の破断面が粒界相となる粒界破断が支配的であることを利用し、破断面に露出した二粒子粒界相の磁性を軟X線磁気円二色性(MCD)分光により観察してきた[1,2]。BL25SUにおけるこれまでの実験でSepehri-Aminらが粒界物質組成を解析して導いた「二粒子粒界相と同一組成のモデル薄膜試料が強磁性である」[3]という結果と矛盾しない結果をXMCD測定から得ている。
今期は、1. HEV用途で重要な200 ℃付近の高温下での、最適化熱処理(アニール)の有無による粒界磁性および保磁力の温度依存性の違いを明らかにするために、室温から400 ℃までの高温下XMCD測定を行い、また、2. 粒界相の異方性磁界を調べるために、パルスMCD装置を利用した高磁場下XMCD測定(~40 T)を行った。本利用報告書では、特に1の高温下XMCD測定の結果について報告する。
【実験】
 測定試料はCu 0.1mass%を添加したNd-Fe-B焼結磁石のアニール有、無の2種類である。実験はBL25SUに設置されている電磁石XMCD装置を用いて行った。超高真空チャンバー (P=1.2×10-7 Pa)内で破断した後、容易磁化軸方向に-1.9 Tから+1.9 Tの磁場を印加し、XMCD測定を行った。セラミックヒーターを用いて、試料を最高400 ℃まで温度変化させた。測定には全電子収量法を用い、1Hz円偏光スイッチングにより、各温度にてFe L2,3 (hn=690-770 eV)と Nd M4,5 (hn=960-1030 eV)における X線吸収スペクトル(XAS)およびXMCDスペクトルを得た。
【結果】
Fig.1は、Nd-Fe-B焼結磁石アニール試料の室温(30 ℃)と400 ℃での(a) Fe L2,3、(b) Nd M4,5吸収端におけるXASスペクトルおよびXMCDスペクトルである。印加磁場は±1.9 Tである。Fe L2、L3 XASピークには、酸化物の生成を表す肩構造が認められないことから、Feはすべての温度領域おいて酸化していないことがわかる。Nd M4,5 XASスペクトルおよびXMCDスペクトルの形状はNd3+イオンの計算でおおよそ説明できるが、磁気モーメントの大きさなどの定量的議論には、結晶場効果やFe-Nd間の交換相互作用による分子場が必要であり、現在、それらの効果を取り入れたクラスターモデル計算を用いて解析中である。
Fig.2は、磁場+1.9 T印加時におけるFe L3 XMCD強度の温度依存性を示した図である。Fe L3 XMCD強度は昇温とともに小さくなり、約290 ℃で変曲点を持つことが分かる。バルクのNd-Fe-B磁石のCurie温度Tc(bulk) が315 ℃であることから、これは軟X線照射領域でのCurie温度の平均値に相当する。
Sepehri-Aminらの3次元アトムプローブ法から得られた、アニール済み焼結磁石の二粒子粒界相の厚さは約3 nmであることから[3]、破断により表面に露出した二粒子粒界相の厚さは平均して約1.5 nmと推測される。一方、全電子収量法による軟X線MCD測定では測定領域の深さが約2.5 nmであることから、軟X線MCD測定では、粒界相と主相からのXMCD信号の和を観測していることになる。したがって、今回の結果は、1. 粒界相のCurie温度は主相のものより低い、2. 主相界面のCurie温度は内部に比べ低い、の2通りの可能性を示唆する。これらについては現在検討中であり、今後明らかにする。

【謝辞】
本課題は文部科学省元素戦略(拠点形成型)プロジェクト「元素戦略磁性材料研究拠点」(Elements Strategy Initiative Center for Magnetic Materials; ESICMM))の一部として実施されました。

【参考文献】
[1] 広沢 哲、深川 智機、西内 武司、中村 哲也, SPring-8産業利用報告書2010B
[2] 広沢 哲、中村哲也、深川 智機、西内 武司、鳴海康雄、野尻浩之, SPring-8産業利用報告書2011A
[3] H. Sepehri-Amin, T. Ohkubo, T. Shima and K. Hono: Acta Mater. 60 (2012) 819.
画像ファイル添付
Fig. 1: Nd-Fe-B焼結磁石(Cu 0.1mass%添加)アニール試料の30℃と400℃での(a) Fe L2,3-、(b) Nd M4,5-吸収端におけるXASスペクトルおよびXMCDスペクトル。 Fig. 2: Nd-Fe-B焼結磁石(Cu 0.1mass%添加)アニール試料のFe L3 XMCD強度の温度依存性。