シンバルの音楽性の高い音響効果は特殊な合金と複雑かつ不均質な残留歪の存在が影響することが経験的に知られていた。そこでシンバルの音響効果の定量的な解明のため有限要素法による振動モード解析に必要な不均質な残留歪分布の情報を得るため、へら絞り、ハンマリング、音溝加工の塑性加工により生起するランダムな残留応力/歪分布の定量的解明を目的とした。 本実験では大阪合金工業所の素材を用いて小出シンバルで製作された、ヘラ絞り加工直後, ハンマリング加工後およびその比較材としてハンマリング加工して室温に3ヶ月保持したシンバルとさらに音溝加工を施したシンバルの4種類のシンバルを実験に供した。 歪測定にはビームラインBL28B2の高エネルギー白色X線を使用した。シンバルは16インチ径(約400mmφ)厚み約2mmの笠形をしており、ゴニオへはビームがシンバル笠部分の平面と垂直に交わるよう縦方向に保持具で固定した。シンバル笠部分平面の内側(カップリング部近傍)、中央部分、外縁の3ケ所での計測を行った。Ge製半導体検出器を垂直、水平方向にそれぞれ1台ずつ設置し、一度に2位方向のひずみ計測を行った。 一つのシンバル毎に(Xs, Ys)の異なる147点の座標位置でエネルギーマッピングを行い、回折ピーク毎の相の同定と格子面間隔を求めた。本報告では垂直方向に設置した検出器からの値、つまりシンバルの周方向の残留歪について比較的広範囲に観測されたβ相(420)面間隔から求めた格子定数a(β)の変化をもとに考察を行った。 図1左図にへら絞り加工後のシンバル外縁部(Xs=-32 ~-28mm)おける深さ方向の格子定数変化である。y=-1.2mmは裏表面、y=1.2mmは表表面に相当し、裏から表に向かうに従い格子定数は増加することが観察された。これはへら加工により裏側が大きな圧縮応力をうけ、表側に向かうに従い圧縮状態が減少することを示している。なおy=0はシンバルの厚みの中央に相当する。ここで半径方向の位置がXs=-32 ~-28mmに変化しても格子定数はほぼ同じであった。このことは深さが同じであれば圧縮残留応力が同じであったことを示している。一方図1右図はハンマリング加工後の結果を示している。裏から表に向けての格子定数変化はへら絞り加工の場合と同じ傾向にあった、半径方向の位置がXs=-26 ~-30mmに変化すると格子定数は位置Xsにより変化することが明らかとなった。これは深さyが同じであっても圧縮残留応力は位置Xsによって異なることを示している。 図2にシンバルの肉厚中央(y=0)におけるβ相の格子定数の変化が示されている。シンバルの任意の中心から半径方向に1mmずつずらした位置での格子定数の変化から残留歪の変動を評価することができる。へら絞り材では周方向の歪の変動は小さいが、へら絞り+ハンマー材では圧縮歪が大きくなり、変動も大きくなる。3ヵ月保持材では全体に残留歪は小さくなるが、変動は増幅される。 すなわち本実験によりシンバルの内部残留歪の測定に世界ではじめて成功し、製作工程により残留歪が生起・変化する過程を明らかにすることができた。今後の高品質シンバルの製造の科学的な根拠を得ることができた。 |