【緒言】 磁石材料における元素戦略プロジェクトの目的は「希少元素を用いない高性能永久磁石」を創製することである。1982年に佐川眞人博士によって発見されたNd-Fe-B系永久磁石は、その発見から30年が経った現在においても世界最強の磁石であり、近年はハイブリッド自動車(HEV)の駆動モーターや風力発電機の材料として重要性を増している。また、用途毎にNd-Fe-B磁石に必要な特性も異なる。特に、近年需要が増しているHEVの駆動モーター用途では、Nd-Fe-B磁石が約200 ℃の高温に曝されるため、高温においても実用的な保磁力を維持するためにDyを添加することでIntrinsicな効果としてNd2Fe14B結晶相(主相)の一軸磁気異方性を増加させた磁石が用いられている。しかし、Dyは地殻存在比が小さいことに加えて資源偏在の問題があり、安定調達に対する不安が大きいため、Dyを用いずにこれと同等の保磁力性能を得ることが喫緊の技術課題となっている。Dyに依存せずにNd-Fe-B焼結磁石の保磁力を向上させるアプローチとして、磁石の組織制御が注目されている。Nd-Fe-B焼結磁石では、Nd2Fe14B結晶相(主相)が全体積の約90 %以上を占め、副相であるNdやNd酸化物が主相結晶粒間を埋める組織を形成している。これらの副相は、主に、3つ以上の主相結晶粒で囲まれた領域(粒界三重点)に存在する。一方、隣接する主相結晶粒の界面には、厚さ数nmの二粒子粒界相が存在することが知られている[1]。以上のNd-Fe-B焼結磁石組織において、保磁力を増大させる材料開発の主な指針としては、逆磁区の伝搬を抑制する役割を担う二粒子粒界相の非磁性化の他、主相結晶粒表面における磁気異方性の低下を最小限に留める粒界三重点の理想的な副相構成を得ることにある。そのためには粒界三重点近傍の組織生成に関する熱力学的および反応速度論的な理解が必要であり、それらの構築のための基礎データとして、磁石組織中の副相の種類と分布、および、体積分率の温度依存性に関する定量的な知見が必須である。副相の種類と分布については、これまで透過型電子顕微鏡(TEM)[2]や反射電子(BSE)顕微鏡[1]など、薄片化した試料や研磨面に対する二次元的な観察により解析されてきたが、副相の体積分率についての解析方法は未だ確立されておらず、そのために、磁石製造プロセスのより高度な設計に必要な熱力学的および反応速度論的情報に乏しい状況にある。そこで本研究は、Nd-Fe-B焼結磁石における粒界相物質の体積分率やその生成過程を放射光X線回折測定により明らかにすることを目的としている。特に本課題では、保磁力増大効果のある微量Cu添加が副相変化に及ぼす影響に着目し、焼結後に熱処理、および、着磁していないas-sinteredの試料を用い、昇温過程のin-situX線回折実験を行った。
【実験】 in-situ高温X線回折実験には、元素戦略プロジェクト・磁性材料研究拠点研究にて開発したX線回折用試料加熱装置を用いた。測定はデバイ・シェラー法により、25 keVの入射X線を用いて行った。試料は、c軸配向のNd13.7Fe80.3B6 (0.07 at% - Cu)異方性焼結磁石(as-sintered) であり、焼結体インゴットから適量を切り出し、棒状(約0.2×0.2×10 mm3)に加工した。さらに、この棒状試料片を石英ガラスキャピラリー(内径0.3 mm)中に真空封入しX線回折測定に用いた。試料の配向性によるデバイリングの不均一性を緩和するために、測定中はガラスキャピラリーの長手方向を回転軸として、毎分約40回転で試料回転を持続した。したがって、棒状試料の加工に際し、配向性の影響を緩和するために長手方向と配向軸(c軸)が互いに直交するように切り出した。ガラスキャピラリーに封入した試料を回折装置のゴニオヘッドにマウントした上で、試料がヒーター中央に位置するように試料加熱機構を設置した。まず、室温でX線回折測定を行った後、200℃、400℃…と、200℃間隔で、段階的に試料を加熱していき、最高800℃までの各温度で測定を行った。このとき、昇温は約40 ℃/minで行い、目的の温度に保持した状態で5 分間のX線回折測定を行った。回折X線はイメージングプレートにより検出し、二次元像として読み取り後に一次元の回折パターンを得た。
【結果】 図1に室温のデータに対するリートベルト解析結果を示す。室温では、Nd結晶相であるNd (P63/mmc)や、Nd酸化物相としてNdO (Fm-3m)、Nd2O3 (P63/mmc)が検出された。また、主相とは異なるNd-Fe-B系金属間化合物であるNd5Fe18B18 (Nd1.11Fe4B4)も観測された。NdO、Nd2O3、Nd5Fe18B18の体積比率は、800℃までの昇温過程において、ほとんど変化しなかった。これに対し、Nd (P63/mmc)は大きな変化を示す。400℃で体積比率が減り始め、600℃で消失することが観測された。Nd (P63/mmc)の体積比率が400℃で減少しているが、これは一部のNd (P63/mmc)がNd(Fm-3m)に相転移するためである。この二つのNd相は、600℃を超えた温度では観測されていないことから、微量添加されたCuとの共晶反応により共に液相になると考えられる。このNdの多彩な構造変化は、最適化熱処理温度近傍で起きていることから保磁力増大機構に多大な影響を及ぼしていることが示唆される。一方、本研究で使用している主相がc軸に配向した試料を用いると、結晶方位の配向分布が未知のためリートベルト解析を高精度で行うことできない問題がある。これに対処する方法として、今後、無配向の試料を用いてin-situ観測を行うことにより、アニール過程による体積分率変化を明らかすることを計画している。
【謝辞】本課題は文部科学省元素戦略(拠点形成型)プロジェクト「元素戦略磁性材料研究拠点」(Elements Strategy Initiative Center for Magnetic Materials; ESICMM))の一部として実施された。
【参考文献】 [1] F. Vial et al., J. Magn. Magn. Matter. 242, 1329 (2002). [2] Y. Shinba et al., J. Appl. Phys. 97, 053504 (2005). |