本研究課題は,X線自由電子レーザー重点戦略研究課題「無損傷・動的結晶構造解析による生体エネルギー変換過程の可視化」の一部として実施した.重点戦略課題の目的は,高効率の太陽電池や燃料電池,そして新しい作用機序の抗菌剤の開発の情報源として期待される酵素タンパク質である光化学系Ⅱ,チトクロム酸化酵素,一酸化窒素還元酵素の「機能する天然構造」の解析と,その解析に必要な「放射線損傷の無い」構造を決定できる新しいタンパク質X線結晶構造解析法の開発と確立を行う事である. 2012A期より我々がSACLAで開発を進めている,凍結結晶を使った「1結晶多回照射法」で,チトクロム酸化酵素を構造解析し,SPring-8での構造解析に比べ圧倒的に放射線損傷が少なくなったと考えられる構造を得た.この結果を受け次に行う事は,一枚の回折写真から各々の回折点の回折強度を見積もる方法を検討する事である.一枚の回折写真からの回折強度の見積もりは次のような点で必要である.チトクロム酸化酵素で使った「1結晶多回照射法」は,一つの大きな結晶を0.1°ステップで回転させながら,照射毎に異なる位置にXFELを照射して回折写真を記録する事で,回折強度の計算が可能になっている.またXFELを光源とする結晶構造解析では最も少ない回折写真撮影で構造解析が可能であるという高い効率性を実現している.XFELの一回照射で回折点の数が減少する範囲を決める実験に基づいて決定している照射点の間隔は,第三世代放射光で研究された放射線損傷のメカニズム論的にも十分な間隔であるが,未知の光源であるXFELを同じ結晶に複数回照射する事から無損傷性を確認する必要がある.SACLAで得られる最も放射線損傷が少ない回折強度イメージは一つの結晶に1回だけXFELを照射して得られる.この回折写真からの回折強度データとの比較が,「1結晶多回照射法」の無損傷性の確認に繋がる.また,「1結晶多回照射法」では,一つの回折点を複数の回折写真でサンプリングするため,結晶を回転するステップ幅をあまり大きくする事が出来ない.XFELを光源とする結晶構造解析では最も少ない回折写真撮影で構造解析が可能であるが,1000枚を超える回折写真の撮影には放射光X線を使った実験に比べ遥かに多数の結晶が必要になる.一枚の回折写真に記録された回折写真から回折強度が計算できれば,格段に撮影する回折写真の枚数が少なくなり,必要な結晶の数も減らす事が出来る. 2012B期から継続している「1結晶1回照射法」でのチトクロム酸化酵素の回折強度測定を継続し,2013A期の実験で最低限度の範囲の回折写真を測定した.各々の結晶での測定では,始めにゴニオメータヘッドにに取り付けた結晶の外形からΩ軸の回転の原点を定める.次に一つ前の結晶の測定のΩの値に0.1°角度を増やした値にΩ軸を回転させXFELを照射し回折写真を記録する.以後はこの繰り返しである.各々の測定でのΩの値は前後するが,全体として必要な逆空間の回折写真を測定できる.測定で使用した回折計は,重点戦略課題の中で我々が開発している回折計を使用した.測定の温度は100 K,X線のエネルギーは10 keVであった.現在,「1結晶1回照射法」を処理するためのコンセプトの検証をSPring-8で撮影した振動写真と静止写真を用いて行っている.回折点とエワルド球の相対関係,回折点の逆空間での広がりの間の関係が,検出器の領域毎で異なっている事が判ってきている.この関係を数式化し各々の回折写真に記録された回折点の部分度を見積もる事で回折強度を計算できるようになると考えている.SPring-8の回折写真を使った関係式の構築を急ぎ,これを今回撮影した回折写真に適応し,回折強度の評価を行う. 光化学系IIは凍結結晶を使った「1結晶多回照射法」で回折写真撮影を行った.チトクロム酸化酵素の結晶より結晶のモザイク幅が広い光化学系IIは,照射毎の結晶の回転角度が大きくでき,0.2°とした.803枚の回折写真から2.5 Å分解能の回折強度データを収集した.充足率 99%,多重度 4.8,Rmerge 0.385,Rpim 0.186であった.この回折強度データを使った精密化計算で現在のところ,R/Rfree 0.242/0.279のモデルを得ている.次回以降のビームタイムでも回折写真撮影を行い,回折写真の選別を行うとともに,幾つかの新しい測定方法を試し,分解能の一層の向上を測る. |