【緒言】 ネオジム磁石は現在利用可能な最高性能の磁石としてハイブリッド自動車等に搭載される高トルクモーターやエアコンコンプレッサの高効率モーター、風力発電機等の大型電力機器への需要増大が見込まれ、環境負荷低減技術のかなめのひとつと位置付けられている。これらの用途では高温環境や高い減磁界に耐える必要性から高保磁力化のためDy添加の手法が用いられるが、Dy は原材料を当面中国からの輸入に頼らざるを得ない上に中国国内での需要急増も見込まれるため、国内での磁石製品の生産が困難になるリスクが高まっている。そこで、現状のネオジム磁石の性能を維持したまま可能な限りDyを削減あるいは全廃した製品を開発することが急務となっている。 焼結ネオジム磁石では、粒径2~5μmの強磁性Nd2Fe14B結晶相(以下、主相結晶相)と粒界相による合金組織が形成されているが、主相結晶粒子間の粒界部分には厚さ数nmの極めて薄くNdが濃化した粒界物質が存在し、その存在が保磁力発現と深くかかわっていることが古くから知られている。この粒界物質は長らく粒界三重点に存在するNdに富んだ相と同一視され、常磁性であり、主相粒子間を磁気的に隔離していると考えられてきたが、最近、Sepehri-Aminらが、アトムプローブによる粒界組成分析とモデル薄膜の磁気評価によって、GB相が従来信じられてきた常磁性ではなく強磁性である、と報告している[1]。したがって、この粒界物質の磁性を制御し非磁性化することができれば、その結晶粒子同士を磁気的に孤立させることで磁石の基本性能(保磁力)が向上し、結果的にDy使用量の低減が可能となると考えられる [2]。その意味で、粒界物質の磁性を直接的に明らかにすること、および、材料開発に資する技術として、その計測手法を確立することが、Dyフリー磁石の実現を加速するために重要である。 そこで、我々はモデル試料に依らず、磁石組織中のGB相を放射光軟X線によって直接観察し、GB相の磁性を明らかにすること、さらに、GB相の磁性と保磁力の相関を見いだすことを目的として研究を行っている。これまで、試料を破断した際の破断面が粒界面になる粒界破断が支配的である性質を利用し、破断面に露出したGB相の磁性を軟X線MCDにより観察してきた[3, 4]。破断面は結晶粒表面を覆うようにフィルム状に分布している「二粒子間粒界物質(以下、GB相)」と、結晶粒の尾根の部分や3つ以上の結晶粒が集まる場所に分布する金属NdやNd酸化物などの「三重点粒界相」に分類される。現在のX線ビーム系ではこれらの物質を分離せず同時に測定しているが、これまでのXMCD測定で、検出深さが約2 ~ 3 nmとなる全電子収量(TEY)法によって測定を行い、GB相が強磁性を有することを解析的に導くことに成功している。しかし、TEY法の検出深さはGB相の厚みと同程度か少し大きいので、より表面敏感に手法を用いて更なる確認を行うことが必要である。そこで、本課題ではTEYと比較してより表面敏感なオージェ電子収量(AEY)法により、二粒子粒界相の磁性を解析することを目的とした。AEY法の検出深さは約1nm であり、TEY法(2~3nm)と比較して、より表面敏感であるため、本目的に適している。本実験では、AEY法とTEY法の同時計測を行い、表面敏感性の違いから破断面を覆う粒界相の磁性について議論した。
【実験】 添加元素としてCuを0.1%添加したネオジム焼結磁石 (Nd-Fe-B-Cu) のバルク試料を用いた。試料は直径約5μmの磁性結晶粒の集合体 (焼結体) である。バルクでの保磁力は約1.0 Tであり、破断表面の保磁力はバルク値から約25%低下した0.75 Tであることが、既に軟X線MCDの実験から分かっている[2, 3]。実験はBL25SUに設置されているパルス強磁場XMCD装置を用いて行った。試料は超高真空チャンバー(P<10-7Pa)内で破断後に、容易磁化方向に10 Tのパルス磁場を印加し、残留磁化状態でXMCD測定を行った。オージェ電子の検出にはマイクロチャンネルプレート(MCP)を用い、MCPには二次電子に対するリターディング電界を付与するために500(V)のバイアス電圧を印加した。測定はTEYとAEYの同時計測モードで行い、1Hz偏光スイッチングにより、Fe L2,3- と Nd M4,5-吸収端について室温で測定を行った。
【結果】 Fig.1aは、Fe L2,3-吸収端におけるTEYおよびAEYモードでの吸収曲線、また、Fig.1bはXMCDである。Fig.1aでは、吸収端前後の吸収強度の差が1となるように規格化してあり、Fig.1bのXMCDについてもFig.1aの規格化で得た規格化定数を用いて規格化した。Fig.1aでは、TEY法によるL3吸収ピーク強度と比較して、AEYによるL3吸収ピーク強度が減少していることが分かる。この共鳴吸収強度の差異は、X線吸収分光における一般的な解釈として、Feの3dホール濃度がAEYで約18%減少していることに相当する。しかし、実験的にはAEY法における計数の飽和現象に依る可能性があり、現時点ではその原因の特定には至っていない。Fig.1a, 1bの結果に対し、磁気光学総和則を適用すると、Feの磁気モーメントは、TEY法に対して1.79μB、AEY法に対して1.84μBと見積もられる。ここで、Feの3d電子数n3d=6.45 (文献[5])と円偏光度Pc=0.96を用いた。AEYにおけるFeの磁気モーメントが、TEYの場合と比較して約3%大きい結果となっているが、XMCDに対する磁気光学総和則解析の適用における誤差範囲と考えられる。本解析結果により、検出深さが約1nmとされるAEYによって得られたFeの磁気モーメント値から、破断面に付着する粒界相は強磁性であることが推定された。 Fig.1cは、Nd M4,5-吸収端におけるTEYおよびAEYモードでの吸収曲線、また、Fig.1dはXMCDである。Ndの磁気モーメントについては、今後、理論計算を利用して推定していく必要がある。一方、Nd M5-吸収端におけるXMCDスペクトルの構造は、TEYとAEYの場合で互いに異なっており、特にAEYの場合のスペクトル形状は孤立原子計算によるNd XMCDスペクトルと明らかな差異があることを確認済である。酸化等の可能性も含め、破断面におけるNdの磁気状態が内部とは異なる可能性があるが、単一試料に対する一度の測定で判定せず、今後の実験で精査していく予定である。
【謝辞】本課題は文部科学省元素戦略(拠点形成型)プロジェクト「元素戦略磁性材料研究拠点」(Elements Strategy Initiative Center for Magnetic Materials; ESICMM))の一部として実施された。
【参考文献】 [1] H. Sepehri-Amin, T. Ohkubo, T. Shima and K. Hono: Acta Mater. 60 (2012) 819. [2] 宝野和博、広沢哲、まぐね7 (2012) 1. [3] 広沢 哲、深川 智樹、西内 武司、中村 哲也, SPring-8産業利用報告書2010B [4] 広沢 哲、中村哲也、深川 智樹、西内 武司、鳴海康雄、野尻浩之, SPring-8産業利用報告書2011A [5] L. Nordström, J. Phys.: Condens. Matter 5, 7859 (1993). |