利用目的 高効率触媒の開発や酵素タンパク質の働きを調節する医薬品の開発等の、グリーンイノベーションやライフイノベーションの創出が第4期科学技術基本計画に掲げられている。光化学系Ⅱ(PSII) 、チトクロム酸化酵素、一酸化窒素還元酵素は、高効率の太陽電池や燃料電池、そして新しい作用機序の抗菌剤開発の情報源として、「機能する天然構造」の精密構造解析が期待される酵素タンパク質である。従来のタンパク質X線結晶構造解析には、X線照射による試料の放射線損傷の問題があり、得られる高分解能精密構造は、必ずしも天然状態の構造とは限らない。従って、得られた高分解能精密構造が、生体内で機能する天然構造であるのか、放射線損傷の影響で天然構造から変化した非天然構造であるのかを区別できないという問題がある。このため、酵素が触媒する反応の機構を解明し、イノベーションの創出に結びつけるためには、無損傷タンパク質X線結晶構造解析法の開発・確立が必要である。本研究課題では、無損傷タンパク質X線結晶構造解析法の技術開発と、PSII、チトクロム酸化酵素、一酸化窒素還元酵素の「機能する天然構造」の解明を目的とする。
実験方法等 回折実験を行う装置として、SPring-8のタンパク質X線結晶構造解析ビームラインで使われている標準的な回折計をビームラインBL3の実験ハッチEH3に設置した。 二通りの回折像の測定方法を用いた。X線パルスの照射毎に一つの結晶上での照射位置を変え、新しい場所から回折像を記録する「1結晶多数回照射法」と、X線パルスの照射毎に新しい結晶に交換する「1結晶一回照射法」である。1結晶多数回照射法の利点は、各々の回折点のロッキングカーブをサンプリングするので回折像から構造因子を計算することが容易な点と必要な結晶の数が比較的少ないという点である。1結晶一回照射法は、非常に多数の結晶を準備する必要があるものの、望みうる最も放射線損傷の無い回折像が得られる利点がある。PSIIは1結晶多数回照射法、チトクロム酸化酵素は1結晶一回照射法で測定を行った。 結果の概要 チトクロム酸化酵素は、1結晶一回照射法により、10月のビームタイムと2月のビームタイムから併せて4シフト程度を使い、1000個を超える結晶から回折像を収集した。1パルスの発光時間が数十フェムト秒であるため、すべての回折点は部分反射として回折強度が記録されている。今期に測定した一連の回折像を使い、回折点の部分度とその回折強度から完全反射強度を求める回折像の処理方法の検討を行っている。 結晶交換にかかる作業工程を1結晶一回照射法に即して改良した。結晶交換が頻発する1結晶一回照射法では、結晶交換時間の短縮が効率的な回折像測定に不可欠である。SPring-8では、非効率な人手による結晶取り扱い作業のoff site化や実験ハッチの開閉回数の抑制を通し、結晶交換ロボットが測定の効率化に寄与している。具体的な測定の流れは、(1)off siteで結晶のマウンターへの装填、(2)On siteでマウンターの結晶交換ロボットへの取り付け、(3)マウンターから回折計への結晶の取り付けと測定、(4)ゴニオメータヘッドからマウンターへの結晶の回収である。一度X線パルスを照射した結晶を再利用しない1結晶一回照射法の実験手法では、(4)ゴニオメータヘッドからマウンターへの結晶の回収が不必要である。結晶交換ロボットは、再利用可能な状態で結晶を回収する目的で、ロボットアームの霜の除去や液体窒素による冷却等の行程が発生する。そこで、結晶回収に関わる機構を新しく回折計に実装した。 PSⅡは、1結晶多数回照射法で、結晶56個から2232枚の静止回折写真を記録した。2012A期に比べ、回折の分解能の向上が見られた。回折像処理に若干の問題があった。処理手順の検討を進めている。 |