【利用目的】 熱可塑性エラストマーSIS(Styrene-Isoprene-Styrene)は、エラストマーであるI(イソプレン)ポリマー鎖の両端にガラス転移温度の高いS(スチレン)鎖を有する対称トリブロックポリマーである。高温ではSが溶融し流動するが、室温ではSがガラス化し物理架橋点となり、エラストマーの性質を発現する。また、対称SISに関しては多くの研究がなされている[1,2]。これまで、主なSISの用途は粘着剤であり、フィルム材料として利用することが難しかったが、片方のスチレンブロックが長い非対称SIS’との混合物としたところ、高スチレン領域でも大きなスチレンドメインと従来の小さなスチレンドメインを有するハイブリッドなミクロ相分離構造となり、フィルム用素材として利用できるようになった。このSIS/SIS’の混合物をQuintacⓇシリーズとして上市したところ、頑丈さと柔軟性を併せ持つ生体適合性の良いおむつ用フィルム素材として採用された[3]。 そこで本研究では、USAXS, SAXSを用いて従来の対称SISと非対称SIS’を混合したSIS/SIS’の構造解析を行い、ミクロドメイン構造の変化が引っ張り時の応力に与える影響を明らかにすることを目的とした。
【実験方法】 用いた試料は、スチレン含有量の異なる対称SIS_Aと対称SIS_B(それぞれ、スチレン含有量は18%と44%、以下SIS_AとSIS_Bと表記)と、スチレン含有量48%は一定とし、非対称性を変化させたSIS/SIS’_1とSIS/SIS’_2の計4種類である。各試料は170℃で約5分間プレスし、厚さ0.5mmのフィルムとし、Spring8のBL19B2ビームラインでUSAXSおよびSAXS測定を行った。USAXSのカメラ長は41.9m、SAXSのカメラ長は3.1mに設定した。X線エネルギーは18keVとし、ピクセル検出器PILATUSを用いて常温で散乱データを得た。延伸測定はリンカム社製延伸ステージを使用した。
【結果の概要】 各試料のUSAXS, SAXSプロファイルをFig.1に示す。構造配列の規則性から生じる格子散乱ピーク、透過電子顕微鏡(TEM)観察より、対称SISのスチレン含有量を増加させることで、球状からラメラ状へのミクロ相分離構造の変化を確認した(SIS_A、SIS_B)。一方、SIS/SIS’ではスチレン含有量が多いにもかかわらず、球状のミクロ相分離構造が確認された(SIS/SIS’_1、SIS/SIS’_2)。球状ドメインに由来する高次ピーク(SIS_A、SIS/SIS’_1、SIS/SIS’_2)は不明瞭であるが、これは球状ドメインの配列の乱れが影響したと考えている。また、SIS/SIS’は対称SISに比べて一次ピークが小角側(Low-q側)にシフトしており、非対称SIS’のS’鎖(鎖長S’>鎖長S)が長いとそのシフト量はさら多くなる(SIS/SIS’_2)。USAXSを用いることで、このLow-q側へのシフトを明確にすることができた。社内におけるTEM観察やシミュレーション結果も合わせると、このSIS/SIS’の一次ピークは、S’スチレン鎖の相分離により生成する大きな球状ドメインに由来すると考えられる。 Fig.2に各試料の200%まで伸長した場合の応力-ひずみ曲線を示す。SIS_Aはヒステリシス・ロスが小さいものの最大応力は4つの試料の中で0.9MPaと最も小さく、一方、SIS_Bは急激に応力が増大し、最大応力は4.3MPaと最大となるが、引き戻しで応力は著しく低下している。SIS_Bが特徴的な応力を示すのは、対称SISでスチレン含有量を48%まで増加させるとミクロ相分離構造はラメラ構造となり、Sドメインが連続して固くなるのが原因と考えられる。なお、SIS_Bの応力が急激に増加した後に変動するのは、試料にネッキングが生じたからである。しかし、同じスチレン含有量でありながらSIS/SIS’の二つの試料ではSIS_A, Bの最大応力の中間の値となり、ヒステリシス・ロスも観察される一般的なエラストマー材料としての挙動を示す。 以上より、SIS/SIS’はS’の相分離による大きな球状S’ドメインが形成されることで、スチレン含有量を増加させてもスチレン連続相の形成が妨げられ、フィルムとしての強度とエラストマーとしての柔軟性を兼ね備える生体適合性のよい優れた材料としての物性を発現することがわかった。このような構造解析を継続することで、顧客のニーズに合わせた熱可塑性エラストマー材料の設計・改良・レシピの提案が可能となるものと考える。さらには、エラスティックフィルム用途以外にもホットメルト接着剤や天然ゴムの代替材料としての展開に向けた新規材料開発にも結びつき、少量でも十分な機能を発現することができれば省資源化にも貢献することができる。
【参考文献】 [1] 櫻井伸一、日本ゴム協会誌、84 (1), 21 (2011). [2] T.Aoyagi et al. J. Chem. Phys. 117, 8153 (2002). [3] 佐貫英明、プラスチックス、63 (11), 30 (2012). |