利用目的
近年の環境問題への取り組みとして自動車走行時にCO2排出量削減に貢献できる転がり抵抗の低い低燃費タイヤの開発は重要である。一方で、転がり抵抗と相反する性能である路面に対するタイヤのグリップ力を両立させることは必要不可欠である。これらのタイヤ特性は、トレッド部材に用いられているゴム組成物中で補強剤として使用されるシリカやカーボンブラックの凝集構造や分散状態が密接に相関すると考えられている。そして、ゴム中でこれら補強剤の分散性を改善する目的で開発されたのが、重合体末端に官能基を導入した溶液重合スチレンブタジエンゴム(SSBR)である。
我々はこれまで、末端の官能基構造がシリカの分散状態に影響を及ぼすことを、SPring-8のBL19B2における小角散乱実験から明らかにしてきた。しかし、BL19B2で観測可能な散乱ベクトルqの範囲(0.004 nm-1 < q < 2 nm-1)で得られる情報は限られ、補強剤の1次粒子(数nm)~高次凝集体(数μm)までの各階層構造を詳細に考察するのは困難であった。
そこで今回、異なる光学系が設置された2種類のビームライン、BL08B2とBL24XUで小角散乱測定を実施し、数nmから数μm領域にある補強剤の1次粒子から高次凝集構造に関する情報を得ることを目的とした。そして、2種類の光学系での測定から得られた実験データを解析することで、重合体末端の官能基種が補強剤の各階層構造に及ぼす効果を明らかにして、低燃費タイヤ用ゴム材料の分子設計に反映させる。
実験方法
3種類の溶液重合SBRを一般的なアニオン重合により合成した。合成した溶液重合SBRは、重合体の終末端に官能基をもたない未変性SSBR(SSBR[i])と末端に官能基を導入するために重合終了後に異なるアルコキシシラン系化合物をそれぞれ反応させて合成した末端変性SBR、SSBR[ii]およ SSBR[iii]である。これらSSBRに,フィラーとしてのシリカあるいはカーボンブラック,および硫黄などのゴム配合薬品を配合し,バンバリー型ミキサーで混練り後にプレス加硫を行うことでシート状の測定試料を作製した.小角散乱測定はBL08B2、およびBL24XUで実施し、BL08B2ではX線エネルギー:8 keV、カメラ長:6.2 m、15.8 mの条件で測定することで散乱ベクトル範囲0.007 nm-1 < q < 0.9 nm-1のデータを、BL24XUではX線エネルギー:10 keVおよびBonse-Hart型光学系の条件にて散乱ベクトル範囲0.0009 nm-1 < q < 0.22 nm-1のデータを得た。
結果と考察
SSBR[i]、[ii]および[iii]から作製したシリカ系モデル配合試料の小角散乱測定結果をFig.1に示す.散乱ベクトルq > 0.2 nm-1の領域、すなわちシリカの1次粒子構造はSSBR種に依存しないが、q < 0.2 nm-1のシリカの1次凝集体領域では,SSBR種でショルダーの観測位置が大きく異なっており、末端構造の違いでシリカの分散状態や凝集構造が異なることがわかった。さらに凝集体の分散粒径は、SBR[i] > SBR[ii] > SBR[iii]の順で細かくなっていることが確認された。そして、SSBR[iii]が最もシリカ分散能に優れていることが明らかとなった。BL24XUのBonse-Hart型光学系で得られた小角X線散乱の結果では、特にq < 0.004 nm-1の領域、すなわちシリカの高次凝集構造の該当する領域の散乱曲線の傾きがSSBR末端に導入した官能基種によって異なっていた。この傾きの違いは、SSBR種によってシリカの3次元ネットワーク構造(マスフラクタル構造)が異なっていることを示唆しており、これまで観測できなかった高次凝集構造に関する有力な情報を得ることができた。
次に、SSBR[i]およびSSBR[iii]から作製したカーボンブラック系モデル配合試料の測定結果をFig.2に示す。カーボンブラック系でもq > 0.1nm-1以下の1次凝集体領域では、SSBR末端の官能基有無で凝集体の分散粒径が異なり、SSBR[i] > SSBR[iii]の順で細かくなっていた。この結果から、SSBR[iii]はシリカおよびカーボンブラックの両補強剤とも微分散化できることを明らかにした。また、q < 0.004 nm-1の領域ではカーボンブラック系ではシリカ系と異なり、散乱曲線の傾きがSBR種に依存しておらず、マスフラクタル構造に大きな変化がないことが示唆された。
今後、得られた補強剤の階層構造と配合物の物性との相関について詳細に解析を進め、低燃費タイヤ用ゴム材料の開発に活用することで、自動車の走行時のガソリン消費量を減らし、CO2量削減や省資源化に貢献する。 |